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67ご想像に、おまかせします。
しおりを挟むゆっくりと脈打つ、彼女の鼓動に耳を傾けながら、瞳を閉じる。
ふわふわと夢見心地な心境のまま、口を開く。
「ねぇ、フリア。」
「なぁに?」
「――オズボーン国で、何があったの?」
「っ、」
鼓動が、不自然に跳ねる。
間近で息を詰めたのがすぐにわかる。
しかし、それも一瞬で。
すぐに、落ち着いた声で言葉が降ってくる。
「“魔獣を消滅させる方法”を、聞いてきたのよ。」
「――“向こう”と“こちら”の世界を、完全に隔絶するってこと?」
「えぇ、そう、なるわね。」
頷く気配が伝わる。
――それは、つまり、どういう事なのか。
「――フリアは、消えない、よね……?」
「――それは…。やってみなければ、わからない、けれど…」
再び、鼓動が跳ねる。
肩口に埋めた己の耳は、的確に彼女の動揺を捉える。
きっと、彼女は今、困ったような笑みを浮かべているのだろう。
「……でも、ね…。――もし、本当に、“魔獣の脅威が無くなれば”……。とても、喜ばしいことだと、思うのよ。誰も、危険に曝されることが無い、安全な世が訪れるはずよ。」
「――でも、どんなに“安全な世の中”だとしても、…フリアが、居なくなるのは、嫌、だからね…?」
「――ありがとう。心配してくれて。」
――フリアは、どう思っているの。
――ねぇ、フリアは、“ここに居たい?”
きっと、こんなことを言ったら、彼女は困るだろう。
使命を果たす為ならば、己が身さえ、差し出す勢いの彼女のことだ。
答えはきっと決まっていて、既に覚悟も出来ているのだろう。
―――色々と、覚悟が足りないのは、己の方だ。
「フリアは、さ、王太子殿下のこと、どう、思っているの?」
「物腰柔らかで、とても素晴らしい御方だと、思うわよ。」
話題を変えようと口にした問いに、当たり障りの無い返答。
「――もうちょっと、なんか、無いの…?一緒に居たい、とか、気を向けて欲しい、とか…。――まぁ、今、この状況で、俺がなにか言えた義理も無いけど。」
明らかに、妃候補に対して、失礼極まりない距離である。
それを自覚しているが、この、互いの表情が見えない体勢はなかなか本音を吐露しやすいのではないかと感じている。
「――まぁ、そうねぇ…。一応、妃候補と名がついているけれど…。正直に言うと、全く興味が無いわ。本当に、ここに来た当初と全く変わらず、王太子殿下に何か特別な想いを持つことが無いわね。――ここに住まわせてもらっている私が、言っていいことでは無いかもしれないけれど、ね。」
苦笑交じりに彼女は話す。
その言葉に、遠慮や謙遜は感じられない。
本当に、心から、“王太子殿下に興味が無い”のだと思わせられる言動。
――今なら…
――今、この時なら…
「――ね、フリア。――もし、…もしも、…。」
「――ん?」
「――“ユリエル様”じゃなくて、“俺”が、フリアがここに残ることを望んだら…フリアは……」
――ここに、居てくれる…?
体を離し、彼女と向き合うかたちになる。
彼女の表情は驚きに染まっていて、視線が交わると徐々に苦笑とも取れる笑みを浮かべて首を傾げる。
「――グレンに会いに、たまに訪れるのは、いいかもしれないわね。」
「――ここに留まってはくれないの?」
「だって、私には…しなければならないことが、あるから。――でも、そうね…。領地が完全に落ち着いたら、“奈落の谷”付近に土地を買って、家を建てて、魔獣を倒しながら……グレンの、近くに居るのも……いいかもしれない、わね。」
眉を寄せながら、臥せる視線は、どこか遠くを見ているようで。
――決して来る事の無い未来を思い、儚んでいるようで。
――躊躇いも無く、この手を伸ばせたら。
――己を己として、見てくれる彼女と共に、歩めたら。
――現人神の仮の姿としてではなく、一人の人間として、認識してくれる、彼女と共に、生きていけたら…
「――あのね、フリア…俺、まだ、フリアに言っていない事が、あって…」
――ぽすん、と再び、フリアの肩口に額を預ける。
それでも受け止めてくれる彼女の纏う空気は、とても穏やかで、優しくて。
「――いつも、言わなきゃと、思うんだけど…。――なかなか、勇気が出なくて…」
「――うん。」
「――フリアが、遠くに行ってしまうのが、怖くて…。でも、伝えなきゃ、いけない事で…」
「――うん。」
「――フリアが、“殿下”を好きになって、“殿下”も、フリアを好きになって、ずっと、傍に居てくれたら、いいのに、って思うのに、…それが、凄く、嫌で…」
「―――ぅ、ん?」
「――“殿下とフリア”が結ばれないと、傍には居られない、のに…。でも…フリアには、俺だけ、見ていて欲しくて…」
「――――ぅ…ん…?」
「どんなに、頑張っても、主導権は、“向こう”が握ってて…。…今、だけ…特別が、許されて、いて…。でも、もう、それも、あと、半年も、無くて……。――あと、数ヶ月もしたら…俺は、俺じゃ、無くなってしまう…。――全部、返さなくちゃ、いけなくて…でも…」
「――グレンは、グレン…でしょう……?」
「――そう、言ってくれるのは、フリアだけで…。フリアが“俺を呼んでくれる”限り、俺は俺でいられる、けど……“殿下”が選ぶのは、きっとフリアじゃ、ない。」
「――まぁ、殿下にも、好みというものが、あるでしょうから、ね。」
――そう言えば、グレンが非番で私が暇を持て余しているとき、テオ様やジェラルド様が、“息抜き”として王宮内を案内してくれたりしたけれど…。
――そのとき、結構な高確率で殿下はアメーリエ嬢と共に見かけた気がする。
――殿下は、見事に狩られている。
自分の心に正直で、真っ直ぐなアメーリエ嬢。
夜会の後、この屋敷に訪れて、“殿下を手に入れる!”と息巻いていたのが、今では遠い昔のようだ。
思った事を口にし、行動力のある彼女は、どこか憎めないし、見ていて潔い。
きっと、策略や陰謀、愛憎なんかが入り乱れているであろうこの王宮という場所で、あの真っ直ぐさは、なによりも輝いて見えたに違いない。
それに、現人神の生は途方も無く永いのだ。
共に過ごす者が、唯々諾々と己に付き従うだけでは、つまらないだろう。
共に意見を交わし、時にぶつかり合い、腹を割って話せる間柄で無ければ、とても耐えられないのだろう。
――殿下は、いい目をもっている。
令嬢としては、些か難ありではあるが、それは追々、周りがフォローしてくれるだろう。
――しかし、どうしてこんなにも、グレンは殿下のことを気にかけるのだろう。
――“もし、彼が…。グレンが、王宮から出ることが出来ないとしたら…
――フリア様は、ここに留まって頂けますか?”
唐突に、テオ様の言葉が脳裏を過ぎる。
――もしかすると、グレンは、本当に殿下の影武者なのかもしれない。
暗闇では判断がつかないくらい背格好が似ているし、髪の色など、魔術で染めてしまえばわからない。
体格が似ているのも相まって、確かに声も似ているような気もする。
そう考えると、“今は、自由にさせてもらっている。”という言葉にも納得がいく。
妃候補を複数人集めるのも、もしかすると王太子殿下と影武者の伴侶を決めるためだったりするのではないだろうか。
――と、なると…
差し詰め、殿下の妃として一人選別し、影武者の伴侶として、側室というかたちで王宮に留め置くということか。
それに、何の意味があるかはわからないが、昔から続く決まり事のようなものなのだろう。
――殿下の側室、か…。
魔獣の脅威が去ったら、バイアーノに何の価値も無くなる。
そうなったら、きっと、王宮に居るグレンに会いに来ることすら出来なくなるかもしれない。
――それならいっそ、今のうちに…
そこまで考えて、止める。
――不確定の未来を想像するべきでは無いわ。
――今、やるべき事を、こなさなければ。
掌に触れる温もりを感じながら、思う。
――きっと、そう遠くない未来に、私は貴方の元を去るのだろう。
――だから、今だけは、このままで…。
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