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39国を想う、その心が同じなら。

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―――翌日。



王宮の東の庭園へと足を運んだ私をエスコートするように歩くのは、魔術師のローブをきちんと着こなしたグレン。



いつもは無造作に放って置かれるローブだが、今日はきちんと主に纏われ、心なしか輝いているように見えるのは、気のせいか…。







「「お待ちしておりましたわ。フリア様。」」

導かれ、足を踏み入れたその場所は、庭園の中心だとは思えない程とても煌びやかだった。



向かって右手には、レモンイエローの髪に茶色の瞳を持つ令嬢。
ジェラルド様の話を聞く限り、こちらがバルデム伯爵令嬢のリカルダ嬢であろう。

そして、左には黒髪に薄金の瞳を持つ令嬢。
テオ様によると、こちらはブリス侯爵令嬢のルイーザ嬢ということになる。

さり気なく周囲を見渡すも、給仕らしき人はおろか、お付きの従者さえも見当たらない。
テーブルの上には、お茶会よろしく飲み物と軽食や菓子が所狭しと並べられているのだが…。



「フリア様、失礼ですが、そちらの従者は下がらせていただけるかしら?」
「フリア様のみと、お話をと思っていますので。ご安心ください。わたし達の従者も既に下がらせております。」
「――グレン」
「―――――……わかった。」

ダメ元で、グレンに呼びかけてみると、案外すんなり引き下がった。


この場所に、あの二人以外居ない事は明白であるし、お茶会でなにか怪しい動きが確実にわかるからだろうが…。





「――では、そちらの席におかけになって。」
「本日は、お招きいただき、ありがとうございます。」

示された席へと向かい、形通りの挨拶を。




席に着くとすぐに、リカルダ嬢がポットから紅茶を注ぎ、一息に飲み干す。そして、おなじポットから同じカップに紅茶を注ぎ、こちらへと差しだしてくる。

「お気遣い、痛み入ります。」
「――別に。貴女の為ではありませぬわ。わたくしが開いた会で、お客人になにかあっては示しがつきませぬもの。」

「さっそくですが、フリア様。明後日の討伐に参加なさるとか。」
「えぇ、陛下からも正式に許可を頂きましたので。」

リカルダ嬢から渡された紅茶で喉を潤すと、隣のルイーザ嬢が問いかけてくる。




「ですが、フリア様では危険を伴うのでは?ユリエル様の足手纏いにだけは、ならないでいただきたいものです。」
「えぇ、肝に銘じますわ。ですが、ご心配には及びませんので。」

私の返答に納得が出来ないようで、ルイーザ嬢は薄い金色の瞳を細める。

金色は魔力の証。
近衛騎士団を仕切る家の血を引くルイーザ嬢は魔術を使用出来るのだろう。



「――ですが…フリア様は体力に不安が残ると聞き及んでおりますわよ。討伐の際、休憩を欲しても、誰も手を差し伸べてはくれませんのよ。疲れ果てて、殿下の手を煩わすような事が無いように、していただきたいものですわね。」
「えぇ、それも、肝に銘じましょう。ですが、“奈落の谷”に溢れる瘴気は、私の糧となりますので。尽きる事の無い瘴気を以て、ただひたすらに魔獣を滅ぼすのが私の役目ですので。」





私が目を細めると、二人は互いに視線を交わし、頷いた。




「「――では、我々も、討伐に同行致します。」」
「――え…。」

――貴女たちの方こそ、危険なのでは…。



出掛かった言葉を飲み込む。
きっと、冗談で言っているのだ。
私がどういう反応をするのかを、窺っているのだろう。




「わたくしは、家族の誰よりも剣術に長けておりますの。ですので、わたくしも国の為に戦いますわ。」
「わたしの方こそ、魔術を操る事において、右に出る者は居ないと断言できるもの。フリア様よりも、多くの魔獣を倒し、この国に貢献いたしましょう。」



自信に満ちた表情で、そう宣言する二人。



――ジェラルド様は、この両家は相容れないと仰っていたけれど…
――案外、息が合うのかもしれない……

などと、現実逃避に走ってみても、結果は何も変わることなく…












――討伐当日の王宮にて。

「では、行きますわよ!」
「必ず、わたしが功績を!」
「――お二人とも、くれぐれも、無理をなさりませんよう、お願いいたしますね…。」

男装の麗人よろしく、近衛騎士の鎧を身に纏い、レモンイエローの髪を高い位置で一つに縛り上げたリカルダ嬢と、近衛魔術師のローブに身を包み、杖のような物を手にしたルイーザ嬢が、集合場所に現れた。


――あぁ、そういえば、今日の朝方、ジェラルド様とテオ様が、とてつもなく疲れた表情で屋敷を訪れて、“国を牛耳る二大貴族には、そりゃぁ、勝てませんよ…”と、溢していた。

つまり、これは…。

国を担う大貴族の意向を、国王陛下など、その他重役の皆様が、退けることが出来なかった、ということか…。





思わす、溜息が出掛かる。

――ここは、貴女たちの遊び場じゃないのに…。




チラリと、殿下の方を窺うと、通常ならば穏やかな表情をしているはずだが…。
さすがに、口元が引き攣っている。


もしかしたら、つい今し方、事の次第を聞いたのではないだろうか。



そうでない事を願いたい。
殿下の心と、今日の討伐での無事の為に。














「これより、討伐を開始します。皆様、くれぐれも、無理をしないよう。」

王宮の魔術師の転移魔術で、あっという間に“奈落の谷”の縁へと送られる。

“奈落の谷”からかなり距離がある場所に、魔物を阻む結界がある。

これは、現在の国王陛下と王太子殿下で張っているもので、神力を用いているため魔獣は決して外には出てこれない仕組みになっているのだとか。



それでも、結界の向こう側――“奈落の谷”から溢れる魔獣が消えるわけでは無いので、定期的に討伐する必要が生じるのだという。





王太子殿下のかけ声で、討伐隊が結界の向こう側へと足を進める。



敵の侵入に気付いた魔獣達は、けたたましく咆哮しながら、目標めがけて走り出す。




「貴様の爪など、わたくしには届きませんわ!!」
「わたしの術を味わいなさい!!」

従者に守られながらではあるが、あの二人はそれなりに魔獣と戦っているようだ。


騎士は、地上の魔獣を。
魔術師は魔術が届く範囲の魔獣を、それぞれ倒していく。






「―――――………、はぁ。」

次々に向かってくる魔獣を、鞭を振るって裂いていく。




剣を扱えない私が唯一使用出来る物理的な武器。




まだ幼かったときに、“常夜の森”で使用していたものを久方ぶりに手にしてみたが、案外すんなり使えて安心する。




本来ならば、魔力で魔獣を爆散させたほうが、手っ取り早いのだが…。




今回の討伐に、あの二人が付いてきたのは大誤算だった。


王太子殿下と討伐隊は、日々訓練しているし、既に魔獣討伐も幾度となく行っている。
それゆえ、もし、想定外の事態が起こったときでも、王太子殿下が隊員を抑える事ができる。


しかし、あの二人と、その従者達はそうもいかない。

想定外の事態が起きたとき、暴走するのはあの陣営で間違いは無いだろう。




王太子殿下でも、抑えることが出来ない事を懸念して、私はなるべく“今のまま”戦う事を願われている。




谷から遠い場所は、月神の加護により、瘴気が人体に影響を及ぼさない程度に払われているが、谷に近付くにつれて、加護は薄れ、瘴気が濃くなってくる。


故に、討伐隊もあの二人の陣営も、谷から離れた結界の近くで活動している。




逆に、私はその戦いを視界の端に捉えながら、“奈落の谷”の真上に陣取り、湧き出る魔獣を駆逐している。



言うまでも無いが、谷に近付くにつれて、魔獣は強く、凶暴である。

月神の加護の中に入った魔獣はもう殆ど、魔獣とは呼べない程度に魔力を削がれているのだ。

それでも、結界の外向こうの世界を目指すその姿は、哀れみを誘う。





――そうまでして、欲する“生”とは、なんだろう…。





ふと、思い出す。
初代がどうして、こちらの世界を護ろうとしたのか。

「―――違うな…。護りたいのは、“こちらの世界”ではなく“故郷あちらの世界”のほう、か…。」





“大切なもの達が、また、還ってこられるように…”

そう、手記に記されていた。





“生”を渇望し、封じを抜けたモノたちは、こちらの世界でひとを襲う。

こちらの世界の者を、手に掛けてしまえば、二度とあちらには還れない。




それを、彼――初代の主が悲しんだのだとか。

敵であるはずのその主に感化された初代は、主の願いを叶えるために、こちらに顕現したのだという。




「――まったくもって、ニンゲンクサイ。」



初代の手記に記されたその主は、年端もいかぬ少女だったそうだが…



―――初代の趣味を疑いたい。




そして、その手記を読まされたとき、まさにその年齢だった私は、ある意味恐怖に震えたものだ。









「ちょっと!フリア様!貴女、真面目に戦いなさいな!」
「バイアーノの討伐というのは、その程度なの!?」
「っ!?な!」

物思いに耽りながら、向かってくる魔獣を作業のように裂いていると、突然地上から叫ばれ、視線を向ける。

そこには、“奈落の谷”の縁ギリギリに立ち、こちらに向かって仁王立ちする二人の令嬢の姿が。





咄嗟に周囲を確認すると、二人を瘴気から守ろうとし、守護の術を放ったであろう魔術師の従者数人が地に伏していた。

「――なんてことをっ!」

倒れる従者に気付くこと無く、その場に留まる二人。

瘴気は人を蝕むのだ。

あの倒れている者達はもちろん、二人の命が危ない。




「二人とも、結界の側に戻ってください!!」
「ユリエル様!」
「ご心配には及びませんわ。わたくしたちは―――!!」

こちらに気付いた王太子殿下が、最速で駆けてくる。
放った加護は、倒れた従者を包み安全を確保する。

殿下に続き、こちらに走ってくる者が居るので、あの人達が回収してくれるだろう。


そして、二人に加護放ち、戻るように呼びかける。
それを受けて、二人は勇んで返答をするが…。

その言葉が最後まで続かなかった。
放った加護も、届かない。


――二人の身体は、“奈落の谷”から伸びてきた黒くて禍々しい腕に捉えられ、引きずり降ろされた。



「フリアっ!!」
「―――っ!!」

思わず、舌打ち。
そして、魔力を解放する。

捕らわれた二人を己の魔力で包みながら、谷の底へと身を躍らせる。

―――ひとを、手に掛けさせるわけにはいかないのよ!




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