上 下
51 / 53

新玉ねぎのとろっと煮

しおりを挟む
「千鶴ちゃん、これなら抜いても大丈夫よ」

「よーし!ママ、見ててね!」

「うん、難しかったら手伝うから。頑張れ!」

 私が指差した玉ねぎを、小学校の体操服姿で気合いを入れた千鶴ちゃんが張り切って掴みました。

 その隣では、お母さんが見守っています。

「ハルさん、こっちはどうですか?」

 しゃがんでいる私の後ろの玉ねぎを指差して、栗原まどかさんが言いました。

「えぇ、大丈夫ですよ。葉が倒れているでしょう?ちょうど収穫時期だと、河田さんが教えてくださいました」

「おぉ、河田さん!まだ畑頑張ってるんだ。おじいちゃん負けてられないなぁ。よーし!千鶴ちゃん、頑張ろうね!」

「うん!」

 ジャージの袖を捲ってまどかさんも玉ねぎを掴みます。

「うーーーーんんんん!!???ぬ、抜けなっ・・・うおあっ!」

 まどかさんは力一杯抜いた勢いで、尻餅をついてしまいました。

「んーーーっ!!むーーーっっっ!」

「よし、ママも手伝おうか」

 下野さんが立ち上がり近寄ると、千鶴ちゃんは頭を横に振りました。

「いいっ!ちぃ・・・がっ!やるーーーぅ!きゃっ!・・・おわー!抜けたーっっ!」

 土が顔に跳ね返ってもお構いなしの様子で、玉ねぎを掲げて叫びました。

「千鶴すごい!頑張ったねぇ!」

 下野さんも嬉しそうに拍手をしています。

 ふふっ、朝から賑やかですね。

 今日は下野さん親子をお招きし、たまたま通りかかったまどかさんに声を掛けて、裏の畑の玉ねぎを収穫しているんですよ。

 今日はこの玉ねぎを使って、お料理をしましょうね。


「あ、お疲れ様でーす。ハルさん、ご飯炊けましたよ。あと、これ。良い感じですよ。美味しそう」

「わー!可愛い!黄色いのもトマト?」

 食堂に戻った千鶴ちゃんが、葉子さんが持っているミニトマトのマリネを漬けた袋を覗いてはしゃいでいます。

「そうだよーっ。カラフルで可愛いでしょ?美味しいから、楽しみにしててね」

「あ、こら千鶴。ちゃんと席で待ってないと駄目よ。ほらおいで」

 キッチンに入ろうとする千鶴ちゃんを、下野さんがテーブル席へと座らせます。

 ミニトマトは、先日から漬けダレに浸してあるので、良い具合に味が染みていると思います。

 鰹だしと、お酢とお醤油。お塩も加えた和風のマリネです。

 弾けるトマトの爽やかな酸味と、鰹だしのさっぱりとした和風マリネは、暑くなってきた日々の食卓に、涼をもたらしてくれますよ。

 赤色や黄色いトマトを使うと、見た目も可愛らしくて華やかになりますね。

 玉ねぎは、食べやすいように四つ割に隠し包丁を入れておきました。

 皮を剥いた玉ねぎは、ツルツルとしていて艶があり真っ白。

 お鍋で鶏もも肉を炒め、そこにお出汁とお醤油、少しだけ生姜を入れて、玉ねぎを丸ごと煮ていきます。

 暫く煮てお出汁が染みて色付いて来る頃には、柔らかくとろっとしてきます。

 柔らかくなったら、スープに片栗粉でとろみをつけて完成。

 絹さやなんかも添えたら、彩りもあって綺麗です。

 玉ねぎの丸ごと煮は、とろみを付けておけば冷やして食べても美味しいかと思いますよ。

「んー、何回焼いてもタラコって良い匂い。これくらいで大丈夫かな?」

「えぇ、バッチリですよ。おにぎりにしますから、葉子さんはお味噌汁を装ってくださいますか?」

「はーい!」

 ピンクに色が変わり、ほんのり焦げ目がついたタラコを網から下ろします。

 ぷっくりとしたタラコは、皮がぱんぱんで身が沢山詰まっています。

 焼きタラコが好きな下野さん親子の分です。

 まどかさんには、私が焼いた鮭をほぐしておにぎりに入れます。
 
 炙ったパリッとした海苔をそっとあてて。

 煮干しと昆布で出汁をとったお味噌汁をお盆に乗せて。

 玉ねぎのとろっと煮と、トマトのマリネ。

 本日のおにぎり定食完成です。

「わぁっ、玉ねぎとろとろ!千鶴ちゃん、美味しそうだねぇ」

「うん!ちぃの採った玉ねぎかなぁ?ママも食べよ」

 いただきますと元気な声が食堂に広がり、少し早めの、楽しい昼食が始まりました。

「タラコのおにぎりだぁ。おいしっ」

 ほっぺを膨らませて頬張る千鶴ちゃんは、嬉しそうに足をパタつかせています。

「ふふっ、喜んでもらえて嬉しいわ。葉子さんが焼いたのよ。上手でしょう?」

「うん!ねー、ママっ」

「そうね、本当に美味しい。ここで食べるおにぎりって、何だか特別な味がします。静かでシンプルなお店の雰囲気も素敵だし、ハルさんも葉子さんも、とても優しいですし」

 それを聞いた葉子さんは、照れたように笑いました。

 まどかさんは、玉ねぎの煮物が大変気に入ったようで、あっという間にぺろりと食べてくださいました。

「ハルさん、このトマトも凄く美味しい!見た目もコロコロして可愛いし、洋風とは違った馴染みのある味がして。これならおじいちゃん達も喜びそう。お土産とか出来ます?」

「えぇ、沢山作ってあるので構いませんよ」

 私が答えると、下野さんも持って帰りたいとの事で、残っているトマトの和風マリネをタッパーに移しておくことにしました。


「あー、良い風」

 まどかさんが、お味噌汁のお椀を口にあてたまま、ふわりと髪を揺らす風を感じています。

「本当ですねぇ・・・あ、ほら千鶴。飛行機雲があるわよ」

「ほんとだぁ!飛行機も見えた、ほらあそこ」

「あ、見えた見えた。こんな風にゆっくり景色を楽しみながら食事をする機会って、なかなか無いから良いねぇ」

 ゆったりと流れる雲に混じって、まっすぐ引かれた飛行機雲。

 青葉がお日様に照らされてキラキラと輝いています。

「あら、ぽんすけどうしたの?」

 店先で日向ぼっこをしていたぽんすけが、キッチンに居た私のところへと駆け寄ってきました。

「こんにちは。あら、もしかしてお食事は終わったのかしら?後でお昼ごはんに寄らせて貰っても大丈夫?」

 店の前にやって来たのは、橘さんご夫婦でした。

 下野さんやまどかさんの食器を下げていた葉子さんを見て、少し心配そうに仰りました。

「大丈夫ですよ。準備しておきますね」

「良かった。田んぼで仕事が終わったら来るわね。すぐ済むから、お願いね」

「えぇ、お待ちしております」

 ご夫婦は笑顔でゆっくりと会釈をしてから、田んぼの方へと歩いていかれました。


「ご飯、美味しかったねー!玉ねぎ、美味しかったぁ」

 食事を終えた千鶴ちゃんの元へ、ぽんすけが寄っていきました。

「お外で遊ぼっか!おばちゃん、良い?」

「私は構いませんよ。お母様は、お時間は大丈夫ですか?」

「あ、はい。じゃあ千鶴、ママも行くわ。ほら、帽子かぶって」

 そうしてお二人は、ぽんすけを連れて店を出ていきました。

「私もそろそろおじいちゃんの家に行きますね。ごちそうさまでした」

「はい、お土産のトマトのマリネ。保冷剤も1つ入れておきましたから」

「ありがとうございます!ふたりとも喜びます」

 まどかさんはお代をテーブルに置いて、頭を下げてから帰って行きました。


 この食堂を始めてから2年が経とうとしています。

 四季を楽しみ、自然の恩恵を受けられるこの生活は、毎日が楽しくて幸せで仕方ありません。

 その時々の旬の食材を、お客様に楽しんで頂けるように。

 ゆったりとしたこの食堂の雰囲気のなか、日頃の疲れを癒していただけたらと思っております。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

つばめ荘「おばちゃん亭」

如月つばさ
ライト文芸
海のある夕凪町の古民家に1人引っ越した、花村さち子。手芸が趣味の45歳独身。 何処からともなくふらりとやって来た女性、津田雅美。50歳。 田舎暮らしの下見の為にやって来て、そのまま居着いた、食べ歩き好きな八坂まり。49歳。 独身おばちゃん3人の、ちょっぴりおかしなスローライフ物語。

夕陽が浜の海辺

如月つばさ
ライト文芸
両親と旅行の帰り、交通事故で命を落とした12歳の菅原 雫(すがわら しずく)は、死の間際に現れた亡き祖父の魂に、想い出の海をもう1度見たいという夢を叶えてもらうことに。 20歳の姿の雫が、祖父の遺した穏やかな海辺に建つ民宿・夕焼けの家で過ごす1年間の日常物語。

つれづれなるおやつ

蒼真まこ
ライト文芸
食べると少しだけ元気になる、日常のおやつはありますか? おやつに癒やされたり、励まされたりする人々の時に切なく、時にほっこりする。そんなおやつの短編集です。 おやつをお供に気楽に楽しんでいただければ嬉しいです。 短編集としてゆるく更新していきたいと思っています。 ヒューマンドラマ系が多くなります。ファンタジー要素は出さない予定です。 各短編の紹介 「だましあいコンビニスイーツ」 甘いものが大好きな春香は日々の疲れをコンビニのスイーツで癒していた。ところがお気に入りのコンビニで会社の上司にそっくりなおじさんと出会って……。スイーツがもたらす不思議な縁の物語。 「兄とソフトクリーム」 泣きじゃくる幼い私をなぐさめるため、お兄ちゃんは私にソフトクリームを食べさせてくれた。ところがその兄と別れることになってしまい……。兄と妹を繋ぐ、甘くて切ない物語。 「甘辛みたらしだんご」 俺が好きなみたらしだんご、彼女の大好物のみたらしだんごとなんか違うぞ? ご当地グルメを絡めた恋人たちの物語。 ※この物語に登場する店名や商品名等は架空のものであり、実在のものとは関係ございません。 ※表紙はフリー画像を使わせていただきました。 ※エブリスタにも掲載しております。

猫のランチョンマット

七瀬美織
ライト文芸
 主人公が、個性的な上級生たちや身勝手な大人たちに振り回されながら、世界を広げて成長していく、猫と日常のお話です。榊原彩奈は私立八木橋高校の一年生。家庭の事情で猫と一人暮らし。本人は、平穏な日々を過ごしてるつもりなのだけど……。

マキノのカフェで、ヒトヤスミ ~Café Le Repos~

Repos
ライト文芸
田舎の古民家を改装し、カフェを開いたマキノの奮闘記。 やさしい旦那様と綴る幸せな結婚生活。 試行錯誤しながら少しずつ充実していくお店。 カフェスタッフ達の喜怒哀楽の出来事。 自分自身も迷ったり戸惑ったりいろんなことがあるけれど、 ごはんをおいしく食べることが幸せの原点だとマキノは信じています。 お店の名前は 『Cafe Le Repos』 “Repos”るぽ とは フランス語で『ひとやすみ』という意味。 ここに訪れた人が、ホッと一息ついて、小さな元気の芽が出るように。 それがマキノの願いなのです。 - - - - - - - - - - - - このお話は、『Café Le Repos ~マキノのカフェ開業奮闘記~』の続きのお話です。 <なろうに投稿したものを、こちらでリライトしています。>

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

金色の庭を越えて。

碧野葉菜
青春
大物政治家の娘、才色兼備な岸本あゆら。その輝かしい青春時代は、有名外科医の息子、帝清志郎のショッキングな場面に遭遇したことで砕け散る。 人生の岐路に立たされたあゆらに味方をしたのは、極道の息子、野間口志鬼だった。 親友の無念を晴らすため捜査に乗り出す二人だが、清志郎の背景には恐るべき闇の壁があった——。 軽薄そうに見え一途で逞しい志鬼と、気が強いが品性溢れる優しいあゆら。二人は身分の差を越え強く惹かれ合うが… 親が与える子への影響、思春期の歪み。 汚れた大人に挑む、少年少女の青春サスペンスラブストーリー。

ガラスの世代

大西啓太
ライト文芸
日常生活の中で思うがままに書いた詩集。ギタリストがギターのリフやギターソロのフレーズやメロディを思いつくように。

処理中です...