上 下
4 / 19

9月の嵐の日に

しおりを挟む
「よし。出来た」

リネンの優しい手触りの生地のエプロン。

胸元に、コーヒーカップやコーヒー豆、クロワッサン等を刺繍した。

ナチュラルなベージュの布地にぴったりの雰囲気で、中々可愛らしく出来たと思う。

「天気、一気に崩れてきたなぁ」

数時間前はまだ太陽が出ていたので、縁側に座って縫い物をしていたが、今ではどんよりとした厚い雲が空を埋め尽くしていた。

ぽつり ぽつり

地面に雨粒が落ちてきては、瞬く間に染み込んで、土の色が変わっていく。



時刻は午前11時を過ぎたところ。

まだ昼食には早いが、お腹の虫が騒ぎ出したので裁縫道具を仕舞ってキッチンに向かうことにした。




ほかほかの白いご飯に、梅干しを1つ。

百合子のお店の、まっしろでふるふるな絹ごし豆腐。生姜醤油掛け。

だし巻き玉子は、ちょっぴり焦がしてしまったが、きっとこれはこれで香ばしいはず。

「んー。何ともシンプルな食卓。でもこれが美味しい。いただきます」

手を合わせた時だった。



「にゃあ」

まるで甘えるかのような声が、縁側のある庭から聞こえてきた。

そこには1匹の三毛猫。

その隣には、50歳くらいの女性が立っていたのだった。

「えぇっ。あの、雨降ってますよ。傘は・・・と言うか何か御用でしょうか?」

女性は動揺する私の問い掛けにも表情を変えず「大丈夫です」と静かに答える。

そして、少し間をあけて「美味しそうな匂いにつられて。猫ちゃんと一緒に来ちゃいました」と、ふっと笑顔を見せた。

銀縁の眼鏡越しに、目尻にシワを寄せて笑う瞳からは、悪い人のようには感じられない。

「あー・・・と、とりあえず上がります?」

静かな、奇妙とも言える空気に耐えられなくなったさち子は、思わずそう言った。

「ありがとうございます」

丁寧に頭を下げた女性は、靴を綺麗に揃えてから「お邪魔します」と、部屋に入った。

さち子は猫の足をタオルで拭いてから、部屋に上げた。




料理をもう1人分、急いで用意した。

女性の名は、津田雅美。

それ以上の事は聞いていない。

と言うか、聞くつもりもなかった。

それを聞いたところで、何かが判断出来るわけではないと思っていたからだ。

「美味しい」

さち子が少し焦がした卵焼きを食べて、彼女はそう言った。

「おいしいものって、派手さや手が込んでるかどうかじゃ無いわよね」

そう言って、後は静かに。でも幸せそうに全て食べてくれた。


それだけで十分なのだ。

私は変わり者かもしれないが、ついさっき出会って食事を共にしただけの雅美に、親近感が沸いていた。

「どこか泊まるところはあるんですか?今日はこのまま雨も続くでしょうし。良かったら泊まっていきます?」

「え?良いんですか?」

流石に驚いた様子で少し悩んでいたが「ありがとうございます。宜しくお願い致します」と、深々と頭を下げた。

そんな雅美を見て思わず吹き出してしまった。

こうして、嵐の日に突如やって来た女性、津田雅美と1匹の猫と出会ったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

お兄ちゃんはお医者さん!?

すず。
恋愛
持病持ちの高校1年生の女の子。 如月 陽菜(きさらぎ ひな) 病院が苦手。 如月 陽菜の主治医。25歳。 高橋 翔平(たかはし しょうへい) 内科医の医師。 ※このお話に出てくるものは 現実とは何の関係もございません。 ※治療法、病名など ほぼ知識なしで書かせて頂きました。 お楽しみください♪♪

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜【毎日更新】

墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。 主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。 異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……? 召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。 明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

陽だまりカフェ・れんげ草

如月 凜
ライト文芸
都会から少し離れた、小さな町の路地裏商店街の一角に、カフェがあります。 店主・美鈴(みすず)と、看板娘の少女・みーこが営む、ポプラの木を贅沢に使ったシンプルでナチュラルなカフェには、日々ぽつりぽつりと人々がやって来ます。 いつの頃からそこにあるのか。 年齢も素性もわからない不思議な店主と、ふらりと訪れるお客さんとの、優しく、あたたかい。ほんのり甘酸っぱい物語。

連れ子が中学生に成長して胸が膨らむ・・・1人での快感にも目覚て恥ずかしそうにベッドの上で寝る

マッキーの世界
大衆娯楽
連れ子が成長し、中学生になった。 思春期ということもあり、反抗的な態度をとられる。 だが、そんな反抗的な表情も妙に俺の心を捉えて離さない。 「ああ、抱きたい・・・」

処理中です...