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夕凪町の古民家

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8月の暑い陽射しが、背中にビシビシと照り付ける午後2時。

駅から15分、ひたすら坂道を歩いた。

花村さち子は、汗だくになった額を拭って、シャツの丸襟をパタパタとして空気を肌へ送る。

「ここが、これからの私の城・・・」

夕凪町という小さな田舎町。

いつか田舎で独り暮らしをしようと、数年前に買った2階建ての古民家の庭先に、さち子は立っている。


玄関の立て付けの悪い引き戸を、ガタガタと開けた。

「城って言うには・・・埃だらけね」

玄関から見えるだけでも、板間にはうっすらどころか、ハッキリとした白い埃がかぶっている。

「シンデレラだって、灰かぶりよ。最初は埃にまみれて掃除ばっかしてたはず。まずは埃かぶり姫ってのも悪くないわよね」

殆ど家具も無く、がらんとした家に、馬鹿な独り言が寂しく響く。

よしっと気合いを入れて、持ってきた使い捨てスリッパに履き替えて、中へと入った。





「だー!もう、暑い!」

結構おだやかな性格な筈だが、さすがに余裕が無くなる。

掃除の前にエアコンが欲しい。

いや、扇風機でも良い。

そして何と言っても腰が痛い。

どうしてこんなに柄の短い箒を用意してしまったのか。

腰を曲げて掃き続けるのは、腰を傷めそうだ。


埃臭い居間で、暑さと戦いながら掃き掃除をしていると、家の周りで鳴き叫ぶミンミン蝉さえ腹立たしくなってくる。

首から下げたタオルで顔の汗を拭き、ペットボトルの麦茶を勢いよく飲んだ。

「でも自分でやるしか無いのよね」

とにかく、寝る場所と食事の場所。お風呂とトイレくらいは綺麗にしよう。

他のいくつかある部屋は後回しだ。


それからは、黙々と独り言も愚痴も言わず、無心で手を動かす事にした。




目標としていた事の全てを終えた頃には、すっかり外も暗くなっていた。

「もう7時か・・・。とりあえず終わって良かった」

冷蔵庫から、買っていたコンビニ弁当を取り出す。


冷蔵庫や電子レンジ、洗濯機は、この町の知り合いの伊藤 百合子さんに戴いた物だ。

昔、独り暮らしをしていたときに使っていた物らしい。


棚や小さな丸テーブルは元々あった、古びた物がある。

「ゆりちゃん、扇風機も置いててくれて良かったのにな」

百合子は昔の職場の同僚女性で、今では仕事を辞めて、実家のあるこの町で豆腐屋を継いでいる。

こんなに重い物を運んでくれたのだから、文句は言えない。

「明日、挨拶に行かなきゃな。・・・あ。」

コロッケを頬張りながら、口に入り損ねて落ちたひとかけを拾う。

「惨めなシンデレラねぇ。シンデレラって言っても、おばちゃんだけど」


そうして、田舎町での1日目を過ごしたのだった。
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