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群青の空
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開けっぱなしの窓から降り注ぐ朝陽が、夏の朝を知らせる。
「亜子ちゃーん、遅れるよ。ほら、おにぎり食べて行っておいで」
階段の下から、おばあちゃんがいつものように寝坊助の私を呼ぶ声が聞こえた。
「はぁい」
布団はそのまま、お腹に掛けていたタオルをぽいっと置き、蚊除けの網である蚊帳かやから這い出て部屋を出た。
ちゃぶ台の大皿にはおにぎりが7つ乗っている。
私が2つ。
おじいちゃんが3つで、おばあちゃんが2つだ。
「いただきまーす」
虫が寄らないように被せてある蠅帳はいちょうを持ち上げ、おにぎりを2つ取り、大きな口でかぶりついた。
「えー、昆布だ。梅干しが良かった」
「出汁とったやつが勿体ないでしょう?その中のどれかは梅干しだよ。そっちに持ってるやつがそうかもしれないよ。はい、お茶」
「ありがと」
ごくごくと勢いよく飲むと、乾いた喉にお茶が流れ落ちていくのがわかる。
「ほら、亜子ちゃん!ラジオ体操遅れちゃう!」
慌ててもう1つのおにぎりも急いで食べ、縁側の方からサンダルを履いて駆け出した。
もう1つのおにぎりも、まさかの昆布だった。
家から走って1分ほどの公園には、既に近所の大人や子供達が集まっていた。
小さなこの島の学校は、私たちで最後の生徒になるかもしれないらしい。
学校には2年生の生徒しかおらず、私を抜くと、男女ふたりづつしかいない。
転校してきた私を先生は歓迎してくれたが、クラスメイトにはあまり話しかけられなかった。
「はーい!みんなおはよう!そろそろ始めるぞ!」
側に居た体格の良いおじさんが、手を二度叩いて大きな声を出した。
私は嫌われている。
頬にある傷のせいで、気持ち悪がられている。
ここに来る前に住んでいた町で、同じ学校の友達にからかわれていた事は、昨日の事のように覚えている。
この小さな田舎町でも、私はひとりぼっちだった。
「最後に深呼吸ー。いっちに、さーんしっ・・・」
やっと今日のラジオ体操が終わる。
息を吸って胸を張る。
空はどこまでも明るく。
清んでいて、とても美しい。
でも、虚無感が拭えなかった。
まさしく海の様な、群青の空にカラスが飛んでいた。
「ごーろく、しち、はち」
ラジオが終わるのと同時に、全員がそれぞれ隣にいる人に「お疲れ様ー」と挨拶をした。
首から下げたカードの、今日の日付の所に判子を押してもらう。
その後は、井戸端会議を始める人もいれば、遊具で遊びだす子供もいた。
私は、額と首全体にじっとりと滲む汗をタオルで拭いてから、公園を出た。
駄菓子・雑貨屋 タケちゃん。
ここは子供にとっては宝の山だ。
毎日の楽しみの1つでもある。
腰の曲がった老女が店の奥の畳に座り、なかなかの音量でラジオを楽しんでいた。
「先に買うもの決めてから開けなさい」
私がアイスの販売ケースを開けるやいなや、すかさず言った。
「もう決めてるよ。ほら閉めた。タケちゃん。これ、ちょうだい」
バニラ味のホームランバーを見せると、「あんたはいつも偉いね」と笑顔になった。
「10円だよ」
「はい。ここ置いとくね」
ポケットに入れていた10円を、タケちゃんの居る和室の入り口に置き、店を出た。
ミーン ミンミンミン
ミィーーーン ミンミンミーン
ひとり、店の前のベンチに座って冷たいアイスクリームバーを食べる間も、自分を取り囲んでいるのかと思うくらいの蝉が元気に鳴いている。
「あー・・・美味しい」
地面に着かない足をパタつかせ、暑い夏の陽射しの下で、冷たいアイスを堪能していた。
「あ!お前・・・」
同じクラスの男子、友明ともあきだ。
少し離れた向こうからは、同じ2年生の真理と良太、可奈子もやって来ていた。
何かを言おうとした友明から一刻も早く離れたくて、食べかけのアイスを握りしめたまま、坂道を掛け上がった。
「はぁ、はぁ・・・あっつー」
夢中で走って辿り着いたのは、いつもの場所だ。
こんもりと鎮守の森に覆われた神社。
鳥居をくぐり、いつものように階段を登った。
いつものように。
でもいつもと違ったのは、溶け始めたアイスを片手に持っていたせいか。
カラカラ・・・カラカラ・・・
小さく、何かを振るような音が聞こえてきた。
背後に気配感じ、恐る恐る振り返る。
いつのまに、どこから出てきたのか。
私の膝辺りの大きさしかない、頭でっかちの裸の子供みたいな生き物が着いてきていた。
人は驚きと恐怖が過ぎると、声も出ないらしい。
私が腰を抜かして尻餅をついたのと同時に、その頭でっかちの生き物も飛び上がりそうな勢いで後退りした。
「な・・・何っ?!」
何故か同じように驚く姿に、余計に得たいの知れない恐怖を感じた。
声を振り絞るも、喋る様子はない。
まだ震えている足で何とか立ち上がり、一歩後ろに下がる。
するとその生き物は、恐る恐るこちらに一歩進んできたではないか。
「ひっ!」
思わず変な声が出た。
人間でもない、こんな変な動物が居るなんて聞いたこともない。
何かわからないその生き物は、私というより、私の足元をじっと見ている。
「な、に・・・?」
目線の先を見ると、私が落とした砂だらけのホームランバー。
「ま、まさかこれ・・・?」
すると凄い勢いでこちらを見上げた。
「なに!?」
真っ黒の大きな目でじっと見つめてくる。
「あげる!あげる!どうぞ!」
ジェスチャーを加えながらそう言い、逃げたい一心で走り出した。
二つ目の鳥居まで来た所で、後ろを確認する。
「よ、良かった・・・」
耳を済ましても、風で葉が擦れる音と、蝉の鳴き声しかしない。
あの奇妙なカラカラという音は聞こえなかった。
「ホームランバー・・・」
せっかく買ったのに、殆ど食べられなかった。
今となっては残念だが、さっきの状況では仕方無い。
私はそのまま、拝殿の賽銭箱へと上がる階段に腰掛け、息を整えた。
森に囲まれたこの場所は、人の声は無く、木漏れ日が地面をキラキラとさせる。
歴史も古いらしく、大きな御神木はあるが小さな神社だ。
人に会いにくいと言う点ではお気に入りだが、夕方になると蚊が多くなるので注意が必要なのだ。
いつもなら虫採り網や虫かご、昆虫採集セットを持ってくる所だが、今日は何も持っていない。
「・・・どうしよ。あ!」
カサッと小さな音と共に、そばの雑草が揺れた。
バッタでも居たのかもしれない。
悔しい。
「帰ろうかなぁ」
でも今戻ったら、あの変な生き物も居るだろうか。
カサッ
ゴンッ
草が揺れる音のすぐあと、鈍い音がした。
「ひぃっ!!」
草むらの中に、倒れているさっきの生き物がいた。
何故か頭を両手で抑えたまま、石に頭をぶつけてうつぶせで横たわっていた。
その手には、アイスの棒が握られてる。
暫く動かないのを見ていると、突然むくりと起き上がり、棒を差し出してきたのだ。
「生きてる!」
頭から手を離すと、またあのカラカラという音が鳴った。
「もしかして・・・音が鳴らないように抑えてた?」
私の問いに答えることもなく、無言で棒を渡してくる。
「い、いらないって」
逃げようと思ったが、よく見ると棒には【ヒット二塁打】と書かれていた。
「あっ!」
思わず声が出た。
ホームランバーは、【ホームラン】なら無料で1本。
ヒットも合計で四塁打になれば、無料で1本貰える。
今まで集めたのと合わせたら、丁度四塁打になるのだ。
「あ、ありがと」
流石にそのルールをこの生き物がわかっていたとは思えないし、たまたまだろうが、受け取らないわけにもいかない。
そっと手だけを伸ばし、摘まむようにして棒を貰うと、突然くるりときびすを返して草むらの中へと消えていった。
「え・・・」
これを返しに来たのか?
わざわざ?
「あ、王冠!」
さっきの生き物が居た場所に、ペプシの王冠が落ちていた。
王冠の裏をめくる。
ペプシやコカ・コーラには、当たり付き王冠がある。
金額が書いてあるものは、お金が貰えるのだ。
「何だ、ハズレか」
ハズレ王冠をポケットに仕舞い、来た道を戻ることにした。
「亜子ちゃーん、遅れるよ。ほら、おにぎり食べて行っておいで」
階段の下から、おばあちゃんがいつものように寝坊助の私を呼ぶ声が聞こえた。
「はぁい」
布団はそのまま、お腹に掛けていたタオルをぽいっと置き、蚊除けの網である蚊帳かやから這い出て部屋を出た。
ちゃぶ台の大皿にはおにぎりが7つ乗っている。
私が2つ。
おじいちゃんが3つで、おばあちゃんが2つだ。
「いただきまーす」
虫が寄らないように被せてある蠅帳はいちょうを持ち上げ、おにぎりを2つ取り、大きな口でかぶりついた。
「えー、昆布だ。梅干しが良かった」
「出汁とったやつが勿体ないでしょう?その中のどれかは梅干しだよ。そっちに持ってるやつがそうかもしれないよ。はい、お茶」
「ありがと」
ごくごくと勢いよく飲むと、乾いた喉にお茶が流れ落ちていくのがわかる。
「ほら、亜子ちゃん!ラジオ体操遅れちゃう!」
慌ててもう1つのおにぎりも急いで食べ、縁側の方からサンダルを履いて駆け出した。
もう1つのおにぎりも、まさかの昆布だった。
家から走って1分ほどの公園には、既に近所の大人や子供達が集まっていた。
小さなこの島の学校は、私たちで最後の生徒になるかもしれないらしい。
学校には2年生の生徒しかおらず、私を抜くと、男女ふたりづつしかいない。
転校してきた私を先生は歓迎してくれたが、クラスメイトにはあまり話しかけられなかった。
「はーい!みんなおはよう!そろそろ始めるぞ!」
側に居た体格の良いおじさんが、手を二度叩いて大きな声を出した。
私は嫌われている。
頬にある傷のせいで、気持ち悪がられている。
ここに来る前に住んでいた町で、同じ学校の友達にからかわれていた事は、昨日の事のように覚えている。
この小さな田舎町でも、私はひとりぼっちだった。
「最後に深呼吸ー。いっちに、さーんしっ・・・」
やっと今日のラジオ体操が終わる。
息を吸って胸を張る。
空はどこまでも明るく。
清んでいて、とても美しい。
でも、虚無感が拭えなかった。
まさしく海の様な、群青の空にカラスが飛んでいた。
「ごーろく、しち、はち」
ラジオが終わるのと同時に、全員がそれぞれ隣にいる人に「お疲れ様ー」と挨拶をした。
首から下げたカードの、今日の日付の所に判子を押してもらう。
その後は、井戸端会議を始める人もいれば、遊具で遊びだす子供もいた。
私は、額と首全体にじっとりと滲む汗をタオルで拭いてから、公園を出た。
駄菓子・雑貨屋 タケちゃん。
ここは子供にとっては宝の山だ。
毎日の楽しみの1つでもある。
腰の曲がった老女が店の奥の畳に座り、なかなかの音量でラジオを楽しんでいた。
「先に買うもの決めてから開けなさい」
私がアイスの販売ケースを開けるやいなや、すかさず言った。
「もう決めてるよ。ほら閉めた。タケちゃん。これ、ちょうだい」
バニラ味のホームランバーを見せると、「あんたはいつも偉いね」と笑顔になった。
「10円だよ」
「はい。ここ置いとくね」
ポケットに入れていた10円を、タケちゃんの居る和室の入り口に置き、店を出た。
ミーン ミンミンミン
ミィーーーン ミンミンミーン
ひとり、店の前のベンチに座って冷たいアイスクリームバーを食べる間も、自分を取り囲んでいるのかと思うくらいの蝉が元気に鳴いている。
「あー・・・美味しい」
地面に着かない足をパタつかせ、暑い夏の陽射しの下で、冷たいアイスを堪能していた。
「あ!お前・・・」
同じクラスの男子、友明ともあきだ。
少し離れた向こうからは、同じ2年生の真理と良太、可奈子もやって来ていた。
何かを言おうとした友明から一刻も早く離れたくて、食べかけのアイスを握りしめたまま、坂道を掛け上がった。
「はぁ、はぁ・・・あっつー」
夢中で走って辿り着いたのは、いつもの場所だ。
こんもりと鎮守の森に覆われた神社。
鳥居をくぐり、いつものように階段を登った。
いつものように。
でもいつもと違ったのは、溶け始めたアイスを片手に持っていたせいか。
カラカラ・・・カラカラ・・・
小さく、何かを振るような音が聞こえてきた。
背後に気配感じ、恐る恐る振り返る。
いつのまに、どこから出てきたのか。
私の膝辺りの大きさしかない、頭でっかちの裸の子供みたいな生き物が着いてきていた。
人は驚きと恐怖が過ぎると、声も出ないらしい。
私が腰を抜かして尻餅をついたのと同時に、その頭でっかちの生き物も飛び上がりそうな勢いで後退りした。
「な・・・何っ?!」
何故か同じように驚く姿に、余計に得たいの知れない恐怖を感じた。
声を振り絞るも、喋る様子はない。
まだ震えている足で何とか立ち上がり、一歩後ろに下がる。
するとその生き物は、恐る恐るこちらに一歩進んできたではないか。
「ひっ!」
思わず変な声が出た。
人間でもない、こんな変な動物が居るなんて聞いたこともない。
何かわからないその生き物は、私というより、私の足元をじっと見ている。
「な、に・・・?」
目線の先を見ると、私が落とした砂だらけのホームランバー。
「ま、まさかこれ・・・?」
すると凄い勢いでこちらを見上げた。
「なに!?」
真っ黒の大きな目でじっと見つめてくる。
「あげる!あげる!どうぞ!」
ジェスチャーを加えながらそう言い、逃げたい一心で走り出した。
二つ目の鳥居まで来た所で、後ろを確認する。
「よ、良かった・・・」
耳を済ましても、風で葉が擦れる音と、蝉の鳴き声しかしない。
あの奇妙なカラカラという音は聞こえなかった。
「ホームランバー・・・」
せっかく買ったのに、殆ど食べられなかった。
今となっては残念だが、さっきの状況では仕方無い。
私はそのまま、拝殿の賽銭箱へと上がる階段に腰掛け、息を整えた。
森に囲まれたこの場所は、人の声は無く、木漏れ日が地面をキラキラとさせる。
歴史も古いらしく、大きな御神木はあるが小さな神社だ。
人に会いにくいと言う点ではお気に入りだが、夕方になると蚊が多くなるので注意が必要なのだ。
いつもなら虫採り網や虫かご、昆虫採集セットを持ってくる所だが、今日は何も持っていない。
「・・・どうしよ。あ!」
カサッと小さな音と共に、そばの雑草が揺れた。
バッタでも居たのかもしれない。
悔しい。
「帰ろうかなぁ」
でも今戻ったら、あの変な生き物も居るだろうか。
カサッ
ゴンッ
草が揺れる音のすぐあと、鈍い音がした。
「ひぃっ!!」
草むらの中に、倒れているさっきの生き物がいた。
何故か頭を両手で抑えたまま、石に頭をぶつけてうつぶせで横たわっていた。
その手には、アイスの棒が握られてる。
暫く動かないのを見ていると、突然むくりと起き上がり、棒を差し出してきたのだ。
「生きてる!」
頭から手を離すと、またあのカラカラという音が鳴った。
「もしかして・・・音が鳴らないように抑えてた?」
私の問いに答えることもなく、無言で棒を渡してくる。
「い、いらないって」
逃げようと思ったが、よく見ると棒には【ヒット二塁打】と書かれていた。
「あっ!」
思わず声が出た。
ホームランバーは、【ホームラン】なら無料で1本。
ヒットも合計で四塁打になれば、無料で1本貰える。
今まで集めたのと合わせたら、丁度四塁打になるのだ。
「あ、ありがと」
流石にそのルールをこの生き物がわかっていたとは思えないし、たまたまだろうが、受け取らないわけにもいかない。
そっと手だけを伸ばし、摘まむようにして棒を貰うと、突然くるりときびすを返して草むらの中へと消えていった。
「え・・・」
これを返しに来たのか?
わざわざ?
「あ、王冠!」
さっきの生き物が居た場所に、ペプシの王冠が落ちていた。
王冠の裏をめくる。
ペプシやコカ・コーラには、当たり付き王冠がある。
金額が書いてあるものは、お金が貰えるのだ。
「何だ、ハズレか」
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