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第一章 始まりの館

Chapter59 自白の魔法

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 曇りで蒸し暑い大地の日。
朝早くにアルシャインが下に降りると、カウンターに髪をオールバックにしたカシアンが座ってコーヒーを飲んでいた。
「きあっ!?」
「おはようアイシャ。変な奇声を上げないでくれよ…」
苦笑しながらカシアンが髪を下ろす。
「花は守れなかったけど、他は何もされなかったよ」
「…もしかして起きてたの?」
「護衛騎士だからな。昼間に寝ればいいさ。コーヒー入れるよ」
そう言ってカシアンはコーヒーを注ぐ。
アルシャインはドキッとした胸を押さえながら座ってコーヒーを飲む。
「今日ねやりたい事があるの…とりあえず教会で聖水を買ってから、街でハイポーションを買うの」
「ハイポーション?」
「ええ…こんな嫌がらせ許せないから、とっとと犯人を割り出すの」
「どうやって?」
「…私が習得した魔法は色々と応用がきくのよ」
そう言ってアルシャインはニッとした。


宿泊客が旅立つと、店を休みにした。
そしてアルシャインはみんなと馬車に乗って街に出る。
みんなは昨日の出来事で浮かない顔をしていた。

 途中の教会で聖水とちょうど売っていたハイポーションを買った。
アルシャインはハイポーションを一気に飲み干してから地面に手をかざす。
悪事の追跡イーヴル・パシュート
唱えると、黒い足跡が浮かび上がる。
「うわ何これ!」
クリストフやルベルジュノーが驚いて言う。
アルシャインはずっと集中している。
「カシアン、このまま足跡を追って!集中出来るのは3分よ!」
苦しげにアルシャインが言うのでカシアンが急いで馬を走らせた。
足跡は二手に別れた。
一つはレストラン。
もう一つは酒場兼宿屋だ。
「はあ…次ね…」
アルシャインは汗を拭ってまたハイポーションを取り出す。
「アイシャ、無理は…」
カシアンとノアセルジオが止めようとすると、アルシャインはキッと2人を睨んで言う。
「邪魔しないで!私の宿と子供達を守る為よ!!」
そう怒鳴られて何も言えなくなると、アルシャインはハイポーションを手にレストランに入る。
みんなも後に続いた。
「おはようございます!」
そう言うと、昨日〝虫が入ってる〟と騒いだ男が出てくる。
「あんた!何しに来たんだ!」
「もう嫌がらせをしないでもらえますか?」
そう言うと男はハッと笑う。
「何を言い出すんだ!そんな事をする筈もないだろう!」
やはり素直には認めないので、アルシャインはハイポーションを飲み干してから両手を胸の前で組んで魔法を使った。
悪事の告白イーヴル・コンフェス
「大体ハエの入ったスープを出すような店が悪いだろう!」
「そのハエはどこから?」
アルシャインが聞くと男は答える。
「そこのテーブルで殺したハエさ!」
しーん。
「マスター、今なんて?!」
後ろの料理人が聞くと、男が冷や汗をかきながら言う。
「だからそこのテーブルにいたハエを殺して持っていってスープに入れたんだよ!」
男が焦って自分の口を塞ぐ。
「…無駄よ。この魔法はね、神殿で贖罪をさせる時に使うの。自白の魔法とも呼ばれるわ」
「…すまなかった…っ」
そう涙ぐんで謝ると、アルシャインはニコリとしてみんなを見る。
「どうする?許す?」
「んー…もうしないなら…」
ユスヘルディナが言う。
するとアルシャインは笑って男に言う。
「ここの料理ね、基本的にしょっぱいのよ!ナリス、ティーナ、教えてあげてくれる?」
「え?!なんで?」
アルベルティーナが聞くと、アルシャインが答える。
「だって、ライバル店には美味しい料理を出して欲しいもの。…ねぇ料理長、どうする?この子達の教えを素直に受け入れるなら、マスターグレアムには言わないでおくわ」
そう言うと、男はコクコクと頷いた。
後ろの料理人達も頷いた。
仕方無くフィナアリスとアルベルティーナとマリアンナがキッチンに入った。
「さて、次よ」
そう言いアルシャインは残るみんなを引き連れて酒場兼宿屋の〝カササギ亭〟に入った。
「いらっしゃいませー!あ」
すぐに昨日の夫人と女の子に会えた。
キッチンで働く者達は、花を荒らした者だろう。
入ってすぐにアルシャインは魔法を使う。
悪事の告白イーヴル・コンフェス
そして続けて言う。
「何の話か分かりますよね?」
アルシャインが笑顔で言うと、夫人と女の子は気まずそうにした。
そして奥からマスターが出てくる。
「何の用だ!」
「嫌がらせをやめて下さい」
「あんたが店をやめたらな!…?!」
マスターは混乱した。
何を言っている、と言おうとして別の言葉が出たからだ。
「噂を撤回してもらえませんか?」
「何でそんな事をしなきゃならないんだ!やっと客が来たのに!」
「あなた!」
客が食事をしている中で、マスターと夫人は冷や汗をかいた。
「どうしてウチの庭を荒らしたんですか?」
「目障りだからだよ!孤児のくせして偉そうに!」
そう言うのでアルシャインはムッとして言う。
「…私、隣国の伯爵家出身ですわ。貴方は?」
「お、俺は男爵を買ったんだよ…お貴族様だなんて聞いてないぞ!」
「言ってませんから。もう嫌がらせをしませんよね?」
「…しないよ……もう勘弁してくれよ…」
すると女の子も言う。
「昨日はごめんなさい…」
「みんな、どうする?」
「…ここにも教えるの?」
リナメイシーが聞くと、アルシャインが頷く。
「私達が料理を教えます。それと家具のメンテナンスも教えますから、受け入れてくれますか?そうしたらマスターグレアムには言いません」
そう言うと、マスターはコクコクと頷いた。
アルシャインはニッコリ笑ってみんなを見る。
「じゃあ、リーナとルースとレアムが料理を教えてあげて。他のみんなはメンテナンスを教えてあげて。私は少し休ませてもらうわね」
そう言い、アルシャインがフラフラして馬車に行くので、カシアンがついて行った。
「ほら水…」
カシアンが水を買ってきて渡す。
するとアルシャインはそれを飲んで馬車で横になる。
「あはは…久し振りに魔法を使ったから、すんごく疲れたわー…」
「大丈夫か…?」
「…平気よ。眠いだけ…これできっと、あの2つの店も良くなるわ…」
「あんたはお人好しだな」
「元聖女だもの…聖女なんてね、ボランティアなのよ…」
そう言いアルシャインは気持ち良さそうに眠ってしまった。
〈あんな魔法が使えるなんて凄いな…〉
そう思いながら、カシアンはアルシャインに毛布を掛けて、馬車を宿屋の隣に止めて馬を外して食事をさせた。
宿の中ではみんながこの〝カササギ亭〟の従業員達に指導をしている。
そこにロレッソやエイデンやダンヒルが噂を聞き付けて見に来た。
「どうなってるんだ?」
ロレッソに聞かれて、カシアンは苦笑して答える。
「ライバル店と仲良くしようってアイ…いや、マスターが」
「アイシャマスターなら言いそうだな!」
ダンヒルが言い、みんなが納得した。
そんなみんなを見てカシアンは微笑した。
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