太陽と月の禁断

東 万里央(あずま まりお)

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第2部

42.大地と海(完)

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 それから僕と七海はそれぞれカメラを手に、手分けをして一部屋一部屋を撮影して回った。さすがに今日一日では決められない。アメリカに戻ってからも、写真を資料に検討しようと考えたのだ。

 ようやく一階の自分の担当の撮影を終え、僕はふとした気まぐれで廊下の奥へと進んだ。すると突き当りに扉がもうひとつある。見取り図に目を落とすと、「薔薇の間」と呼ばれた部屋だったことが分かった。

 もちろんここも撮影しておいたほうがいいだろう。

 取手に手をかけ扉を開ける。

「わ……」

 柄にもなく思わず声を上げた。

 恐らくこの洋館では大広間を除けば、最も広い部屋ではないだろうか。暗褐色の高級木材が基調となっている。天井には蔓薔薇の模様が散っていた。個人の寝室だったのか、天蓋付のベッドが西側の壁に沿い置かれている。東側の壁にはアーチ形の大きな窓が三つ並び、見事な庭園を一望することができた。

 初夏の庭園は緑に溢れている。眩しいほどに青々とした葉を揺らす木々、東屋に絡まる鮮やかな色彩の蔓薔薇、池に浮かぶ白と薄桃色の睡蓮――。

 一瞬で心が決まった。

 この部屋がいい。

 僕はベッドに腰掛け、瞼を閉じ溜息を吐く。

 この洋館もこの部屋も心地がいい。生まれる前から知っていたように、心にも体にも馴染んでいる。僕がそうして思いを馳せていると、どこからか子どもの話声が聞こえた。男の子と女の子の二人がいるらしい。

……ふふっ。くすくすっ。

……ねえ、るな。もう、いい?

……うん、あんしんしたから。いこう。

 僕は目を開け子どもの姿を探す。

 どこにいるんだ?

 子供たちはすぐに見つかった。真ん中の窓から背を伸ばし、並んで部屋を覗き込んでいたのだ。二人も楽しそうに笑っている。

 庭園に紛れ込んできたのだろうか? 

「君たち、お父さんとお母さんは?」

 僕は声をかけベッドから腰を上げた。近くで顔を確認しようとしたのだ。ところが二人は小さく頷き、くるりと身を翻してしまう。

「待ってくれ!」

 僕は慌てて窓に駆け寄りガラス戸を開け放つ。男の子と女の子はきゃあっと笑い、庭園を駆け抜けていった。同時に、風が木立を揺らし僕の髪も舞い上げる。

「……!!」

 視界が突如として遮られてしまい、カーテンがはためく音だけが聞こえる。

……きゃあっ。あはは、ふふっ。

……あははっ。ははっ。ふふっ。

……ねえ、つぎはどこへいく?

……きみといっしょなら、どこでもいいよ。

 僕はようやく目を開け、驚き窓辺に手をついた。

「……!?」

 二人の姿がかすかに透けていることに気が付いたのだ。思わず身を乗り出した僕の背に、後ろから慣れ親しんだ声がかかった。

「大地、どうしたの?」
「七海……!?」

 七海はカメラを手に首を傾げている。

「外に子どもがいるんだ」

 七海は部屋を横切り僕の隣に立った。手を額にかざし庭園を見渡す。

「子ども?どこにもいないわよ?」
「いや、確かにそこを走っていて――」

 僕は東屋付近を指さし、あれ、と首を傾げた。

「おかしいな。確かにさっきまで……」

 けれどもそこには何もなく誰もいない。

――ただ、木々の若葉だけが五月のそよ風にざわめいていた。

(完)





本編はこれをもって完結です。ありがとうございました。お気に召しましたら、感想などいただければ幸いです
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