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第2部
26.薔薇と真紅(6)
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いよいよ結婚式の十分前となり、僕と瑠奈は聖堂の扉の前に並んだ。参列者は気心の知れた人物ばかりとはいえ、やはり一生に一度の晴れ舞台なのだ。今までになく緊張してしまう。瑠奈も同じ心境らしく、若干挙動不審になっている。
「転んだりしないかなぁ」
「その時は僕が支えるから」
「うう……ドキドキしてきた」
瑠奈にはすでに父親がおらずバージンロードを歩く相手がいない。本来なら兄弟などの異性の家族が代役になるのが慣例だ。しかし、今日あの男は結婚式に出席すらしていない。そうした場合にははじめから花婿とともに入場するのだそうだ。
「ふふ、皆さん同じなんですけど、大丈夫ですよ」
扉を開ける役割を担うシスターが、僕たちをリラックスさせるかのように笑った。
「大きく息を吸って、吐いて、ああ、あと五分で時間」
「シスター・フランシスカ!」
突然僕たちの間に声が割り込み、続いて廊下を駆け抜ける音と、シスターを呼ぶ声が聞こえた。シスター・フランシスカは眉を顰め、たった今来たばかりのシスターに目を向ける。
「何ですか、シスター・マリア・クララ。もうすぐ結婚式ですよ。お静かに」
「先ほどこれが届けられたんです」
まだ年若いシスターは両手に持ったあるものを差し出した。
「あらまあ、きれいねぇ」
シスター・フランシスカが目を細める。それは、大輪の白薔薇と小さな紅薔薇を組み合わせたブーケだった。ところどころに緑の葉や鈴蘭も花を覗かせている。
「お二人が花屋さんに注文したのかしら? 」
「いいえ、僕らはレンタルの造花です」
「あら、じゃあどなたかしら。シスター・マリア・クララ、差出人はどなたになっているの?」
シスター・マリア・クララは首を傾げた。
「それが男の人がひとりで届けに来たんですけど、これを渡してくれればいいからってだけ言って」
「……っ!!」
瑠奈が大きく目を見開き造花のブーケを足元に落とした。震えながらシスター・マリア・クララの持つブーケに手を伸ばす。
「あら、お知り合いの方からのプレゼントですか?」
「はい……」
瑠奈は小さく頷きそのブーケを胸に抱いた。愛しい何かを心ごと包み込むかのように。
「だったらそちらのブーケのほうがいいですね。せっかくの生花ですし間に合ってよかったわ」
僕は瑠奈とは恐らく反対の思いをもって、届けられたばかりのブーケを凝視していた。
――あれは、あの紅い小さな花はあの男の血を吸った薔薇だ。
「では、入場してくださいね」
パイプオルガンの奏でる「主よ、人の望みの喜びよ」とともに、二人のシスターの手により扉が大きく開かれる。
瑠奈は迷いなくすっと手を伸ばし、僕の右腕をごく自然に取った。顔全部で太陽のように笑う。
「一樹君、行こう?」
そして、瑠奈はその日そのブーケを手に僕の妻になったのだ。
「転んだりしないかなぁ」
「その時は僕が支えるから」
「うう……ドキドキしてきた」
瑠奈にはすでに父親がおらずバージンロードを歩く相手がいない。本来なら兄弟などの異性の家族が代役になるのが慣例だ。しかし、今日あの男は結婚式に出席すらしていない。そうした場合にははじめから花婿とともに入場するのだそうだ。
「ふふ、皆さん同じなんですけど、大丈夫ですよ」
扉を開ける役割を担うシスターが、僕たちをリラックスさせるかのように笑った。
「大きく息を吸って、吐いて、ああ、あと五分で時間」
「シスター・フランシスカ!」
突然僕たちの間に声が割り込み、続いて廊下を駆け抜ける音と、シスターを呼ぶ声が聞こえた。シスター・フランシスカは眉を顰め、たった今来たばかりのシスターに目を向ける。
「何ですか、シスター・マリア・クララ。もうすぐ結婚式ですよ。お静かに」
「先ほどこれが届けられたんです」
まだ年若いシスターは両手に持ったあるものを差し出した。
「あらまあ、きれいねぇ」
シスター・フランシスカが目を細める。それは、大輪の白薔薇と小さな紅薔薇を組み合わせたブーケだった。ところどころに緑の葉や鈴蘭も花を覗かせている。
「お二人が花屋さんに注文したのかしら? 」
「いいえ、僕らはレンタルの造花です」
「あら、じゃあどなたかしら。シスター・マリア・クララ、差出人はどなたになっているの?」
シスター・マリア・クララは首を傾げた。
「それが男の人がひとりで届けに来たんですけど、これを渡してくれればいいからってだけ言って」
「……っ!!」
瑠奈が大きく目を見開き造花のブーケを足元に落とした。震えながらシスター・マリア・クララの持つブーケに手を伸ばす。
「あら、お知り合いの方からのプレゼントですか?」
「はい……」
瑠奈は小さく頷きそのブーケを胸に抱いた。愛しい何かを心ごと包み込むかのように。
「だったらそちらのブーケのほうがいいですね。せっかくの生花ですし間に合ってよかったわ」
僕は瑠奈とは恐らく反対の思いをもって、届けられたばかりのブーケを凝視していた。
――あれは、あの紅い小さな花はあの男の血を吸った薔薇だ。
「では、入場してくださいね」
パイプオルガンの奏でる「主よ、人の望みの喜びよ」とともに、二人のシスターの手により扉が大きく開かれる。
瑠奈は迷いなくすっと手を伸ばし、僕の右腕をごく自然に取った。顔全部で太陽のように笑う。
「一樹君、行こう?」
そして、瑠奈はその日そのブーケを手に僕の妻になったのだ。
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