71 / 90
第2部
26.薔薇と真紅(6)
しおりを挟む
いよいよ結婚式の十分前となり、僕と瑠奈は聖堂の扉の前に並んだ。参列者は気心の知れた人物ばかりとはいえ、やはり一生に一度の晴れ舞台なのだ。今までになく緊張してしまう。瑠奈も同じ心境らしく、若干挙動不審になっている。
「転んだりしないかなぁ」
「その時は僕が支えるから」
「うう……ドキドキしてきた」
瑠奈にはすでに父親がおらずバージンロードを歩く相手がいない。本来なら兄弟などの異性の家族が代役になるのが慣例だ。しかし、今日あの男は結婚式に出席すらしていない。そうした場合にははじめから花婿とともに入場するのだそうだ。
「ふふ、皆さん同じなんですけど、大丈夫ですよ」
扉を開ける役割を担うシスターが、僕たちをリラックスさせるかのように笑った。
「大きく息を吸って、吐いて、ああ、あと五分で時間」
「シスター・フランシスカ!」
突然僕たちの間に声が割り込み、続いて廊下を駆け抜ける音と、シスターを呼ぶ声が聞こえた。シスター・フランシスカは眉を顰め、たった今来たばかりのシスターに目を向ける。
「何ですか、シスター・マリア・クララ。もうすぐ結婚式ですよ。お静かに」
「先ほどこれが届けられたんです」
まだ年若いシスターは両手に持ったあるものを差し出した。
「あらまあ、きれいねぇ」
シスター・フランシスカが目を細める。それは、大輪の白薔薇と小さな紅薔薇を組み合わせたブーケだった。ところどころに緑の葉や鈴蘭も花を覗かせている。
「お二人が花屋さんに注文したのかしら? 」
「いいえ、僕らはレンタルの造花です」
「あら、じゃあどなたかしら。シスター・マリア・クララ、差出人はどなたになっているの?」
シスター・マリア・クララは首を傾げた。
「それが男の人がひとりで届けに来たんですけど、これを渡してくれればいいからってだけ言って」
「……っ!!」
瑠奈が大きく目を見開き造花のブーケを足元に落とした。震えながらシスター・マリア・クララの持つブーケに手を伸ばす。
「あら、お知り合いの方からのプレゼントですか?」
「はい……」
瑠奈は小さく頷きそのブーケを胸に抱いた。愛しい何かを心ごと包み込むかのように。
「だったらそちらのブーケのほうがいいですね。せっかくの生花ですし間に合ってよかったわ」
僕は瑠奈とは恐らく反対の思いをもって、届けられたばかりのブーケを凝視していた。
――あれは、あの紅い小さな花はあの男の血を吸った薔薇だ。
「では、入場してくださいね」
パイプオルガンの奏でる「主よ、人の望みの喜びよ」とともに、二人のシスターの手により扉が大きく開かれる。
瑠奈は迷いなくすっと手を伸ばし、僕の右腕をごく自然に取った。顔全部で太陽のように笑う。
「一樹君、行こう?」
そして、瑠奈はその日そのブーケを手に僕の妻になったのだ。
「転んだりしないかなぁ」
「その時は僕が支えるから」
「うう……ドキドキしてきた」
瑠奈にはすでに父親がおらずバージンロードを歩く相手がいない。本来なら兄弟などの異性の家族が代役になるのが慣例だ。しかし、今日あの男は結婚式に出席すらしていない。そうした場合にははじめから花婿とともに入場するのだそうだ。
「ふふ、皆さん同じなんですけど、大丈夫ですよ」
扉を開ける役割を担うシスターが、僕たちをリラックスさせるかのように笑った。
「大きく息を吸って、吐いて、ああ、あと五分で時間」
「シスター・フランシスカ!」
突然僕たちの間に声が割り込み、続いて廊下を駆け抜ける音と、シスターを呼ぶ声が聞こえた。シスター・フランシスカは眉を顰め、たった今来たばかりのシスターに目を向ける。
「何ですか、シスター・マリア・クララ。もうすぐ結婚式ですよ。お静かに」
「先ほどこれが届けられたんです」
まだ年若いシスターは両手に持ったあるものを差し出した。
「あらまあ、きれいねぇ」
シスター・フランシスカが目を細める。それは、大輪の白薔薇と小さな紅薔薇を組み合わせたブーケだった。ところどころに緑の葉や鈴蘭も花を覗かせている。
「お二人が花屋さんに注文したのかしら? 」
「いいえ、僕らはレンタルの造花です」
「あら、じゃあどなたかしら。シスター・マリア・クララ、差出人はどなたになっているの?」
シスター・マリア・クララは首を傾げた。
「それが男の人がひとりで届けに来たんですけど、これを渡してくれればいいからってだけ言って」
「……っ!!」
瑠奈が大きく目を見開き造花のブーケを足元に落とした。震えながらシスター・マリア・クララの持つブーケに手を伸ばす。
「あら、お知り合いの方からのプレゼントですか?」
「はい……」
瑠奈は小さく頷きそのブーケを胸に抱いた。愛しい何かを心ごと包み込むかのように。
「だったらそちらのブーケのほうがいいですね。せっかくの生花ですし間に合ってよかったわ」
僕は瑠奈とは恐らく反対の思いをもって、届けられたばかりのブーケを凝視していた。
――あれは、あの紅い小さな花はあの男の血を吸った薔薇だ。
「では、入場してくださいね」
パイプオルガンの奏でる「主よ、人の望みの喜びよ」とともに、二人のシスターの手により扉が大きく開かれる。
瑠奈は迷いなくすっと手を伸ばし、僕の右腕をごく自然に取った。顔全部で太陽のように笑う。
「一樹君、行こう?」
そして、瑠奈はその日そのブーケを手に僕の妻になったのだ。
0
お気に入りに追加
266
あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる