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第2部
14.大地と樹木(8)
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この病院の中庭には中央のスペースに桜や木蓮、ツツジなどの木々を始めとして、敷石や岩のオブジェが並べられ、それをぐるりと囲む形で小道が設計されている。患者や付き添いが少しでも花々を楽しめるようにとの心遣いなのだろうか。小道には何台かのベンチが置かれ、僕たちはその一台に並んで座っていた。
「……天才児ってやつか」
僕は膝に手を置き低く呻いた。瑠奈が小さく溜息を吐き、固く拳を握り締める。
「お医者さんが先に気が付いたの。しばらく大騒ぎになったわ。二歳で文字が読めたんだからすごいよね。もう高校生の数学もできるの。大地は難しい本もすぐに読んじゃう。ゲーム機もパソコンも渡せないのよ。一日中夢中になって使って、いろんな知識を吸収しようとする。それで体力を使い切ってしまって、危なくなったことがあったの。性格はふつうの子なんだけどね……」
「……」
そのため一日ごとの面会も一時間以内、遊びも一時間以内と定められているのだそうだ。
「わたしは高校どまりだったのになぁ。あの子は陽に中身までそっくりなの」
それは違うと叫びたくなった。大地君は瑠奈にそっくりだ。外見ではなく心のあり方が同じなのだ。あの笑顔を一目目にしただけで分かった。瑠奈はそんな僕の思いなど知らないのだろう。膝に滴を一粒落としぽつりと呟いた。
「……昔は陽や頭がいい人を羨ましいと思っていた」
涙を拭いもせず言葉を続ける。
「今なら違うんだってよく分かるの。そんな人たちは知らないほうがいいことも知ってしまう。大地も自分が長くないかもしれないって知っている」
僕は息を呑み瑠奈の横顔を見つめた。
「あの子は死ぬ夢を見て泣くの。昔の陽とそっくりの顔で泣くのよ。”おかあさん、こわいよ。たすけて”って泣くの。大地は全部わかっているの。もし陽に会ってしまえば、いつかわたしたちの関係にも、自分の出生の秘密にも、何もかもに気が付いてしまうかもしれない」
そして知って最も傷付くのは大地君なのだ。自分は母親が叔父に犯されて生まれた罪の子であり、望まれたわけではない。そんなことを知ればどれだけ悩み苦しむことになるか。
瑠奈は洋館を出てひとりで暮らし始めてからも、あの男から繰り返し帰って来てくれと懇願されたのだそうだ。それでも瑠奈はあの男のもとに戻らなかった。ある手段を使い近づけないようにもしたのだと言う。
瑠奈はついに顔を覆い喉の奥から溜めた思いを絞り出した。
「神様は……」
悲痛そのものの嗚咽が零れ落ちる。
「わたしにでも陽にもなく、あの子に罰を与えたんだ……」
わたしのせいだと瑠奈は顔を覆った。代わってやりたいとも泣いた。
「……ごめんなさい」
僕にでもなく、大地君にでもなく、あの男にでもなく、恐らくこの青い空の彼方の存在に向かい瑠奈は何度も謝る。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
僕はやり切れない思いに胸が沈むのを感じていた。それでもこの悲しみに引きずり込まれてはならないとも思う。
「瑠奈、神様なんて皆想像上の存在だ。それに母親の君が諦めてどうする」
僕は瑠奈の肩を抱き寄せた。邪な気持ちはなく、ただ彼女を慰めたかった。そして考える。ただひたすら考える。
――僕は彼女のために何ができるだろうか?
「……天才児ってやつか」
僕は膝に手を置き低く呻いた。瑠奈が小さく溜息を吐き、固く拳を握り締める。
「お医者さんが先に気が付いたの。しばらく大騒ぎになったわ。二歳で文字が読めたんだからすごいよね。もう高校生の数学もできるの。大地は難しい本もすぐに読んじゃう。ゲーム機もパソコンも渡せないのよ。一日中夢中になって使って、いろんな知識を吸収しようとする。それで体力を使い切ってしまって、危なくなったことがあったの。性格はふつうの子なんだけどね……」
「……」
そのため一日ごとの面会も一時間以内、遊びも一時間以内と定められているのだそうだ。
「わたしは高校どまりだったのになぁ。あの子は陽に中身までそっくりなの」
それは違うと叫びたくなった。大地君は瑠奈にそっくりだ。外見ではなく心のあり方が同じなのだ。あの笑顔を一目目にしただけで分かった。瑠奈はそんな僕の思いなど知らないのだろう。膝に滴を一粒落としぽつりと呟いた。
「……昔は陽や頭がいい人を羨ましいと思っていた」
涙を拭いもせず言葉を続ける。
「今なら違うんだってよく分かるの。そんな人たちは知らないほうがいいことも知ってしまう。大地も自分が長くないかもしれないって知っている」
僕は息を呑み瑠奈の横顔を見つめた。
「あの子は死ぬ夢を見て泣くの。昔の陽とそっくりの顔で泣くのよ。”おかあさん、こわいよ。たすけて”って泣くの。大地は全部わかっているの。もし陽に会ってしまえば、いつかわたしたちの関係にも、自分の出生の秘密にも、何もかもに気が付いてしまうかもしれない」
そして知って最も傷付くのは大地君なのだ。自分は母親が叔父に犯されて生まれた罪の子であり、望まれたわけではない。そんなことを知ればどれだけ悩み苦しむことになるか。
瑠奈は洋館を出てひとりで暮らし始めてからも、あの男から繰り返し帰って来てくれと懇願されたのだそうだ。それでも瑠奈はあの男のもとに戻らなかった。ある手段を使い近づけないようにもしたのだと言う。
瑠奈はついに顔を覆い喉の奥から溜めた思いを絞り出した。
「神様は……」
悲痛そのものの嗚咽が零れ落ちる。
「わたしにでも陽にもなく、あの子に罰を与えたんだ……」
わたしのせいだと瑠奈は顔を覆った。代わってやりたいとも泣いた。
「……ごめんなさい」
僕にでもなく、大地君にでもなく、あの男にでもなく、恐らくこの青い空の彼方の存在に向かい瑠奈は何度も謝る。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
僕はやり切れない思いに胸が沈むのを感じていた。それでもこの悲しみに引きずり込まれてはならないとも思う。
「瑠奈、神様なんて皆想像上の存在だ。それに母親の君が諦めてどうする」
僕は瑠奈の肩を抱き寄せた。邪な気持ちはなく、ただ彼女を慰めたかった。そして考える。ただひたすら考える。
――僕は彼女のために何ができるだろうか?
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