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第2部
06.炎天と邂逅(6)
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僕のこれ以上ない不吉な予感が――いや、はっきりとした確信が、言葉になり残酷に告げられる。
「姉がそこで甥っ子を産んだからお祝いに行ったんですけど、まさか瑠奈ちゃんに会うだなんて思っていませんでした。でも……もっと驚いたのは、瑠奈ちゃん、お腹が大きかったんです。妊娠……していたんですよ」
密度の濃い沈黙がかつての部室に音もなく広がる。
「瑠奈ちゃん、わたしの顔を見てショックを受けたのか、その場で……廊下で倒れてしまって……。緊急で運ばれて未熟児の男の子を産みました。瑠奈ちゃんのお子さんの名前は……大地君です」
――大地。
それは、地球を意味するのだろうか。瑠奈のどんな願いが込められていたのだろう。
「大地君は髪と目の色は瑠奈ちゃんと同じです。でも、うーん、顔立ちは誰似かな? 部長の親戚とか? 赤ちゃんの頃からすごくきれいな子でした」
「……」
「わたしのせいで瑠奈ちゃんが月足らずで大地君を産んで……わたしは何とか償わなきゃ、何とかしなきゃって思って……」
たびたび瑠奈の生活の世話に行っていたのだそうだ。大地君は極度の虚弱体質である上、先天性の難病も抱えているのだという。今年で五歳になるが、ほとんどの時間を病院で過ごしており、体も小さく二、三歳程度の体格しかない。医師によれば生きている方が不思議なのだそうだ。
「部長が行った病院には大地君が入院しているんです。瑠奈ちゃんからは部長だけには絶対言わないでって、ずっと……ずっと口止めされていました」
僕に知らせたほうがいいと言う松本さんに、瑠奈は泣きながら止めてと頼んだのだと言う。
「部長の子供でしょう?」
松本さんはごめんなさいと謝る。
「瑠奈ちゃんは部長を振ったのは自分なんだって言っていました。それにこの子は部長の子じゃないから黙っていてほしいって。でも……どう考えたって部長の子だし……瑠奈ちゃんは浮気するような子じゃないです。だから、部長が悪くないとは分かっていても腹が立ったんです。これから部長は何にも知らずに生きていくのかって。言っちゃいけないとは言われていたけど……部長にだって知る権利はあると思って……」
僕は人を、あの男を殺したいと思ったことは、人生で二度目だと心のどこかで思っていた。
「……彼女はまだあの洋館で暮らしているのか?」
「いいえ、大地君を産む少し前から、一人暮らしだったみたいですよ。今は神戸で働いています」
松本さんはお節介だとは思いながらも、時々様子を見に訪ねていると言う。
一人暮らし?働く?なぜだ、どうしてだ。あの男はいったい何をしているんだ。
「松本さん、教えてくれてありがとう。また後悔するところだった」
僕は膝の上に拳を握り締める。
「責任は……全部僕が取る。彼女の住所を教えてくれないか?」
「姉がそこで甥っ子を産んだからお祝いに行ったんですけど、まさか瑠奈ちゃんに会うだなんて思っていませんでした。でも……もっと驚いたのは、瑠奈ちゃん、お腹が大きかったんです。妊娠……していたんですよ」
密度の濃い沈黙がかつての部室に音もなく広がる。
「瑠奈ちゃん、わたしの顔を見てショックを受けたのか、その場で……廊下で倒れてしまって……。緊急で運ばれて未熟児の男の子を産みました。瑠奈ちゃんのお子さんの名前は……大地君です」
――大地。
それは、地球を意味するのだろうか。瑠奈のどんな願いが込められていたのだろう。
「大地君は髪と目の色は瑠奈ちゃんと同じです。でも、うーん、顔立ちは誰似かな? 部長の親戚とか? 赤ちゃんの頃からすごくきれいな子でした」
「……」
「わたしのせいで瑠奈ちゃんが月足らずで大地君を産んで……わたしは何とか償わなきゃ、何とかしなきゃって思って……」
たびたび瑠奈の生活の世話に行っていたのだそうだ。大地君は極度の虚弱体質である上、先天性の難病も抱えているのだという。今年で五歳になるが、ほとんどの時間を病院で過ごしており、体も小さく二、三歳程度の体格しかない。医師によれば生きている方が不思議なのだそうだ。
「部長が行った病院には大地君が入院しているんです。瑠奈ちゃんからは部長だけには絶対言わないでって、ずっと……ずっと口止めされていました」
僕に知らせたほうがいいと言う松本さんに、瑠奈は泣きながら止めてと頼んだのだと言う。
「部長の子供でしょう?」
松本さんはごめんなさいと謝る。
「瑠奈ちゃんは部長を振ったのは自分なんだって言っていました。それにこの子は部長の子じゃないから黙っていてほしいって。でも……どう考えたって部長の子だし……瑠奈ちゃんは浮気するような子じゃないです。だから、部長が悪くないとは分かっていても腹が立ったんです。これから部長は何にも知らずに生きていくのかって。言っちゃいけないとは言われていたけど……部長にだって知る権利はあると思って……」
僕は人を、あの男を殺したいと思ったことは、人生で二度目だと心のどこかで思っていた。
「……彼女はまだあの洋館で暮らしているのか?」
「いいえ、大地君を産む少し前から、一人暮らしだったみたいですよ。今は神戸で働いています」
松本さんはお節介だとは思いながらも、時々様子を見に訪ねていると言う。
一人暮らし?働く?なぜだ、どうしてだ。あの男はいったい何をしているんだ。
「松本さん、教えてくれてありがとう。また後悔するところだった」
僕は膝の上に拳を握り締める。
「責任は……全部僕が取る。彼女の住所を教えてくれないか?」
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