上 下
50 / 90
第2部

05.炎天と邂逅(5)

しおりを挟む
「どうも、部長。お久しぶりです」

 松本さんは深々と頭を下げた。僕も釣られて深々と頭を下げる。

「スーツで来てくれと言われた時には驚いたよ」
「その恰好なら父兄だとごまかせるので。どうぞそちらの椅子におかけください」

 松本さんはパイプ椅子のひとつを引いた。僕が言われるままに座ると、松本さんも長机を挟んだその向かいの椅子に座る。六年ぶりだから仕方がないのだろうが、松本さんの態度は慇懃無礼であるだけではなく、極めて口調が冷ややかだった。僕は彼女に何をしてしまったのだろうか。直球で聞くのも憚られ、どうでもいい質問をしてしまう。

「松本さん」
「何ですか」
「高校時代もジャージが多かったけど、今もどうしてその恰好なんだ?」

 そう、松本さんはさすがに高校生用のものではないが、どこからどう見てもジャージとしか呼べない服を着ていた。松本さんは淡々と仕方がないでしょうと呟く。

「天文部だけじゃなくて、卓球部の顧問も兼ねているんです。これが一番動きやすいんですよ。今日ももうすぐ練習ですし」
「そ、そうか……」

 そう、松本さんは母校である高校の現国の教師、更には天文部の顧問となっていた。そして、かつての天文部の部室に来いと僕を呼び出したのである。相変わらず六畳一間の小汚い部屋だが、現在でも立派に天文部として機能しているらしい。部員も十人に増え賑やかにやっているのだそうだ。

 松本さんはやはり冷やかに僕を見つめた。

「部長は水も滴るいい男になりましたね。背広ガチで似合っていますよ。ただ昔に比べて軽くなったのが残念です。コンタクトにブランドスーツだなんて、いかにも営業って感じでチャラいです。昔はインテリ生徒会長系イケメン眼鏡男子風だったのに。実際はただの天文オタクでしたけど」
「松本さん、何度も言うけど僕は営業じゃない」

 僕は頭が痛くなるのを感じた。なぜここまでかつての後輩に、敵意を持たれるのだろうか。

「……松本さん」
「何ですか」
「君がそんな態度でいることと、年賀状の返事も来なかったこと、この2つは同じ原因があると考えていいのかな」
「……」

 松本さんは黙り込み長机に目を落とした。それが答えと言うことなのだろう。

「メッセージでも書いたけれども、昨日病院で瑠奈に会った。どこか体を壊しているのか?」
「……」
「それとも家族の具合が悪いのか?」

 松本さんは顔を上げ真っ直ぐに僕を見つめた。

「部長、折り入ってお話があるんです。やっぱりこんなことはよくないと思うんです」

 ようやく口を開き重々しく語り始める。

「後輩づてに瑠奈ちゃんが部長と別れたっていうことと、ハメ取りばら蒔きの事件のあらましを聞いた時、わたしはぶっちゃけ部長と瑠奈ちゃんも、普通のカップルだったんだなと思っただけだったんですよ。別れるほどのことじゃないと感じました。
 少女漫画みたいなピュアっピュアなヒーローとヒロインで、ありえない甘酸っぱい恋をしていると思っていたのに……しっかりやることはやっていたんだって逆に感心したんですから。そりゃあ2人の愛の記念写真が、PCのウイルス感染でネットに流れたって知った時は、どんだけ馬鹿だよって思いましたけど」
「ま、松本さん……」

 昔から遠慮会釈のない物言いの子だったが、教師になりそれに磨きがかかっている。

「あの後部長が相手は自分だと名乗り出て学校に説明にまできたから、瑠奈ちゃんはどうにか退学処分にはならなかったそうです。でも、結局そのまま高校を辞めたって聞きました。どうしたって居辛くはなりますよね……。この辺りは知らなかったですか?」
「……」

 僕は小さく首を振るしかなかった。僕はそれから瑠奈と別れ部外者となったからだ。また、あの男からの言葉が僕にも後悔とダメージを与え、癒えるのには距離と時間とが必要だった。松本さんは溜息を小さく吐き話を続ける。

「当時のわたしは心配で何度か瑠奈ちゃんのお家を訪ねました。初めにあのお屋敷を見た時には腰を抜かしそうになりましたよ!瑠奈ちゃんがお嬢様だったなんで知らなかったから。でも、いつも使用人の人にブロックされて会わせてもらえなくて……」

 そして、翌年たまたまお姉さんの見舞いに行った大阪の病院で、松本さんは瑠奈が退学をした本当の理由を知ることになった。そこは個人経営のマタニティークリニックで、地元の妊婦に大人気の施設らしい。

「マタニティークリニック……?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

腹黒王子は、食べ頃を待っている

月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。

【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜

茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。 ☆他サイトにも投稿しています

私のお腹の子は~兄の子を身籠りました~

妄想いちこ
恋愛
本編は完結済み。 番外編で兄視点をアップします。 数話で終わる予定です。 不定期投稿。 私は香川由紀。私は昔からお兄ちゃん大好きっ子だった。年を重ねるごとに兄は格好良くなり、いつも優しい兄。いつも私達を誰よりも優先してくれる。ある日学校から帰ると、兄の靴と見知らぬ靴があった。 自分の部屋に行く途中に兄部屋から声が...イケないと思いつつ覗いてしまった。部屋の中では知らない女の子とセックスをしていた。 私はそれを見てショックを受ける。 ...そろそろお兄ちゃん離れをしてお兄ちゃんを自由にしてあげないと... 私の態度に疑問を持つ兄に... ※近親相姦のお話です。苦手な方はご注意下さい。 少し強姦シーンも出ます。 誤字脱字が多いです。有りましたらご指摘をお願いいたします。 シリアス系よりラブコメの方が好きですが挑戦してみました。 こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結】堕ちた令嬢

マー子
恋愛
・R18・無理矢理?・監禁×孕ませ ・ハピエン ※レイプや陵辱などの表現があります!苦手な方は御遠慮下さい。 〜ストーリー〜 裕福ではないが、父と母と私の三人平凡で幸せな日々を過ごしていた。 素敵な婚約者もいて、学園を卒業したらすぐに結婚するはずだった。 それなのに、どうしてこんな事になってしまったんだろう⋯? ◇人物の表現が『彼』『彼女』『ヤツ』などで、殆ど名前が出てきません。なるべく表現する人は統一してますが、途中分からなくても多分コイツだろう?と温かい目で見守って下さい。 ◇後半やっと彼の目的が分かります。 ◇切ないけれど、ハッピーエンドを目指しました。 ◇全8話+その後で完結

【完結】お義父様と義弟の溺愛が凄すぎる件

百合蝶
恋愛
お母様の再婚でロバーニ・サクチュアリ伯爵の義娘になったアリサ(8歳)。 そこには2歳年下のアレク(6歳)がいた。 いつもツンツンしていて、愛想が悪いが(実話・・・アリサをーーー。) それに引き替え、ロバーニ義父様はとても、いや異常にアリサに構いたがる! いいんだけど触りすぎ。 お母様も呆れからの憎しみも・・・ 溺愛義父様とツンツンアレクに愛されるアリサ。 デビュタントからアリサを気になる、アイザック殿下が現れーーーーー。 アリサはの気持ちは・・・。

溺愛令嬢の学生生活はとことん甘やかされてます。

しろねこ。
恋愛
体の弱いミューズは小さい頃は別邸にて療養していた。 気候が穏やかで自然豊かな場所。 辺境地より少し街よりなだけの田舎町で過ごしていた。 走ったり遊んだりすることができない分ベッドにて本を読んで過ごす事が多かった。 そんな時に家族ぐるみで気さくに付き合うようになった人達が出来た。 夏の暑い時期だけ、こちらで過ごすようになったそうだ。 特に仲良くなったのが、ミューズと同い年のティタン。 藤色の髪をした体の大きな男の子だった。 彼はとても活発で運動大好き。 ミューズと一緒に遊べる訳では無いが、お話はしたい。 ティタンは何かと理由をつけて話をしてるうちに、次第に心惹かれ……。 幼馴染という設定で、書き始めました。 ハピエンと甘々で書いてます。 同名キャラで複数の作品を執筆していますが、アナザーワールド的にお楽しみ頂ければと思います。 設定被ってるところもありますが、少々差異もあります。 お好みの作品が一つでもあれば、幸いです(*´ω`*) ※カクヨムさんでも投稿中

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

処理中です...