34 / 90
第1部
33.太陽と月(1)
しおりを挟む
蝉の鳴き声がわたしに夏の訪れを告げる。わたしはベッドの上で膝を抱えながら、その声を聞くとはなしに聞いていた。
あれからわたしは陽に抱かれることに抵抗をしなくなり、洋館から逃げ出そうとすることもなくなっていた。泣きも笑いもせず、話し掛けられた時にだけ答えるようになった。部屋では先生に処方された睡眠薬を飲み微睡まどろみに身を任せる。効果が切れた後にはこうして窓の外をただ眺めていた。
何かを思うのがひどく怖く、考えるのに疲れ果てていた。朝が昼になり、昼が夕になり、夕が夜になり部屋が暗闇に閉ざされても、電気を付けようともしない。陽がその夜「木蓮の間」を訪れても、ああ、また抱かれるのかとしか感じなかった。
陽はわたしをベッドに横たえ、寝間着と下着を剥ぎ取る。自分も服を脱ぎ絨毯に投げ捨てた。すぐにわたしに伸し掛かると、手と口で体中に触れ始める。頬に、首に、胸に、長い指が這い回り、時に膨らみを強く掴んだ。その夜の陽の前戯は長く続き、今までにはなかった行為もされた。
突然、大きく足を開かれ持ち上げられる。陽の整った顔がわたしのそこに沈んだ。
「……あ」
その間と花弁を優しく舌で食まれた時、わたしはびくりと背を引き攣らせた。陽はわたしの反応に気が付いたのか、執拗にその箇所を舐め、時には歯を軽く立て嬲った。全身が一気に火照り喘いでしまう。
「あんっ……やあっ……」
シーツを握り締め首を振る。心を閉ざしてしまっても、体は陽の行為に慣らされ熱を持つ。じわりと体の奥から蜜が滲み、わたしははぁっと大きく息を吐いた。
「瑠奈……」
陽はわたしの足を肩から下ろし、両の手を顔の横についた。力なく開くわたしの足の間に、自分の腰を割り込ませ、ぐぐ、と一気に胎内に押し入る。
「あ、ふっ……」
わたしは陽の胸に手を当てた。もう痛みは感じないけれども、犯されるこの瞬間だけは未だに慣れない。
「瑠奈」
陽はわたしの顔に掛かる髪を払うと愛しげに頬を覆った。
「瑠奈、好きだ」
好き、と言う言葉にわたしは陽を見上げた。黒い瞳がわたしを見下ろしている。
「お前だけが好きだ」
――好き。
胸に悲しみが静かに広がっていく。
なぜ陽はわたしを愛したんだろう?
「……たい」
それは、無意識のうちに出てきた言葉だった。
「死に、たい」
わたしがわたしに、陽が陽になる前に戻り、何もかもを初めからやり直したい。もしもの世界では悲しいことは何も起こらない。わたし達は荘田の両親の間に本当の子どもとして産まれ、ごく普通のきょうだいとして育つ。家族皆で春はピクニック、夏は田舎の海に、秋はキノコ狩りに、冬は雪山にスキーに行く。陽とはわたしは幼稚園も小学校も中学校も同じ――けれども、高校からは陽だけが進学校に行ってしまう。
わたしは天と地ほども違う出来のいい弟に拗ねながらも、夕食のテーブルで「瑠奈は瑠奈でいいから」と、お父さんとお母さんに宥められる。陽は「お前は馬鹿だなぁ」と呆れ顔になりながらも、「ほら」と唐揚げの最後の一切れをわたしにくれるのだ。現金なわたしはそれだけで機嫌を直し、「さすが我が弟!」と万歳をしてみせる。お母さんに「ホントこれじゃどっちが姉で弟なんだか」――なんて笑われるのもいつものことだ。
高校二年生になってからは陽にはすらりとした美人の彼女ができて、わたしも先輩の一樹いつき君と付き合い始める。お互い照れながら恋人を紹介し合い、「お前なんかにはもったいない彼氏」「陽なんかにはもったいない彼女」――と憎まれ口を叩き合うのだ。そんな幸せな夢を夢でいいから見たかった。
「死にたい……」
涙がぽろぽろと零れる。
「死にたい……死にたい……」
陽は、そんなわたしを呆然と見下ろしていた。
あれからわたしは陽に抱かれることに抵抗をしなくなり、洋館から逃げ出そうとすることもなくなっていた。泣きも笑いもせず、話し掛けられた時にだけ答えるようになった。部屋では先生に処方された睡眠薬を飲み微睡まどろみに身を任せる。効果が切れた後にはこうして窓の外をただ眺めていた。
何かを思うのがひどく怖く、考えるのに疲れ果てていた。朝が昼になり、昼が夕になり、夕が夜になり部屋が暗闇に閉ざされても、電気を付けようともしない。陽がその夜「木蓮の間」を訪れても、ああ、また抱かれるのかとしか感じなかった。
陽はわたしをベッドに横たえ、寝間着と下着を剥ぎ取る。自分も服を脱ぎ絨毯に投げ捨てた。すぐにわたしに伸し掛かると、手と口で体中に触れ始める。頬に、首に、胸に、長い指が這い回り、時に膨らみを強く掴んだ。その夜の陽の前戯は長く続き、今までにはなかった行為もされた。
突然、大きく足を開かれ持ち上げられる。陽の整った顔がわたしのそこに沈んだ。
「……あ」
その間と花弁を優しく舌で食まれた時、わたしはびくりと背を引き攣らせた。陽はわたしの反応に気が付いたのか、執拗にその箇所を舐め、時には歯を軽く立て嬲った。全身が一気に火照り喘いでしまう。
「あんっ……やあっ……」
シーツを握り締め首を振る。心を閉ざしてしまっても、体は陽の行為に慣らされ熱を持つ。じわりと体の奥から蜜が滲み、わたしははぁっと大きく息を吐いた。
「瑠奈……」
陽はわたしの足を肩から下ろし、両の手を顔の横についた。力なく開くわたしの足の間に、自分の腰を割り込ませ、ぐぐ、と一気に胎内に押し入る。
「あ、ふっ……」
わたしは陽の胸に手を当てた。もう痛みは感じないけれども、犯されるこの瞬間だけは未だに慣れない。
「瑠奈」
陽はわたしの顔に掛かる髪を払うと愛しげに頬を覆った。
「瑠奈、好きだ」
好き、と言う言葉にわたしは陽を見上げた。黒い瞳がわたしを見下ろしている。
「お前だけが好きだ」
――好き。
胸に悲しみが静かに広がっていく。
なぜ陽はわたしを愛したんだろう?
「……たい」
それは、無意識のうちに出てきた言葉だった。
「死に、たい」
わたしがわたしに、陽が陽になる前に戻り、何もかもを初めからやり直したい。もしもの世界では悲しいことは何も起こらない。わたし達は荘田の両親の間に本当の子どもとして産まれ、ごく普通のきょうだいとして育つ。家族皆で春はピクニック、夏は田舎の海に、秋はキノコ狩りに、冬は雪山にスキーに行く。陽とはわたしは幼稚園も小学校も中学校も同じ――けれども、高校からは陽だけが進学校に行ってしまう。
わたしは天と地ほども違う出来のいい弟に拗ねながらも、夕食のテーブルで「瑠奈は瑠奈でいいから」と、お父さんとお母さんに宥められる。陽は「お前は馬鹿だなぁ」と呆れ顔になりながらも、「ほら」と唐揚げの最後の一切れをわたしにくれるのだ。現金なわたしはそれだけで機嫌を直し、「さすが我が弟!」と万歳をしてみせる。お母さんに「ホントこれじゃどっちが姉で弟なんだか」――なんて笑われるのもいつものことだ。
高校二年生になってからは陽にはすらりとした美人の彼女ができて、わたしも先輩の一樹いつき君と付き合い始める。お互い照れながら恋人を紹介し合い、「お前なんかにはもったいない彼氏」「陽なんかにはもったいない彼女」――と憎まれ口を叩き合うのだ。そんな幸せな夢を夢でいいから見たかった。
「死にたい……」
涙がぽろぽろと零れる。
「死にたい……死にたい……」
陽は、そんなわたしを呆然と見下ろしていた。
0
お気に入りに追加
262
あなたにおすすめの小説
腹黒王子は、食べ頃を待っている
月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。
【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜
茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。
☆他サイトにも投稿しています
私のお腹の子は~兄の子を身籠りました~
妄想いちこ
恋愛
本編は完結済み。
番外編で兄視点をアップします。
数話で終わる予定です。
不定期投稿。
私は香川由紀。私は昔からお兄ちゃん大好きっ子だった。年を重ねるごとに兄は格好良くなり、いつも優しい兄。いつも私達を誰よりも優先してくれる。ある日学校から帰ると、兄の靴と見知らぬ靴があった。
自分の部屋に行く途中に兄部屋から声が...イケないと思いつつ覗いてしまった。部屋の中では知らない女の子とセックスをしていた。
私はそれを見てショックを受ける。
...そろそろお兄ちゃん離れをしてお兄ちゃんを自由にしてあげないと...
私の態度に疑問を持つ兄に...
※近親相姦のお話です。苦手な方はご注意下さい。
少し強姦シーンも出ます。
誤字脱字が多いです。有りましたらご指摘をお願いいたします。
シリアス系よりラブコメの方が好きですが挑戦してみました。
こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
【完結】堕ちた令嬢
マー子
恋愛
・R18・無理矢理?・監禁×孕ませ
・ハピエン
※レイプや陵辱などの表現があります!苦手な方は御遠慮下さい。
〜ストーリー〜
裕福ではないが、父と母と私の三人平凡で幸せな日々を過ごしていた。
素敵な婚約者もいて、学園を卒業したらすぐに結婚するはずだった。
それなのに、どうしてこんな事になってしまったんだろう⋯?
◇人物の表現が『彼』『彼女』『ヤツ』などで、殆ど名前が出てきません。なるべく表現する人は統一してますが、途中分からなくても多分コイツだろう?と温かい目で見守って下さい。
◇後半やっと彼の目的が分かります。
◇切ないけれど、ハッピーエンドを目指しました。
◇全8話+その後で完結
【完結】お義父様と義弟の溺愛が凄すぎる件
百合蝶
恋愛
お母様の再婚でロバーニ・サクチュアリ伯爵の義娘になったアリサ(8歳)。
そこには2歳年下のアレク(6歳)がいた。
いつもツンツンしていて、愛想が悪いが(実話・・・アリサをーーー。)
それに引き替え、ロバーニ義父様はとても、いや異常にアリサに構いたがる!
いいんだけど触りすぎ。
お母様も呆れからの憎しみも・・・
溺愛義父様とツンツンアレクに愛されるアリサ。
デビュタントからアリサを気になる、アイザック殿下が現れーーーーー。
アリサはの気持ちは・・・。
溺愛令嬢の学生生活はとことん甘やかされてます。
しろねこ。
恋愛
体の弱いミューズは小さい頃は別邸にて療養していた。
気候が穏やかで自然豊かな場所。
辺境地より少し街よりなだけの田舎町で過ごしていた。
走ったり遊んだりすることができない分ベッドにて本を読んで過ごす事が多かった。
そんな時に家族ぐるみで気さくに付き合うようになった人達が出来た。
夏の暑い時期だけ、こちらで過ごすようになったそうだ。
特に仲良くなったのが、ミューズと同い年のティタン。
藤色の髪をした体の大きな男の子だった。
彼はとても活発で運動大好き。
ミューズと一緒に遊べる訳では無いが、お話はしたい。
ティタンは何かと理由をつけて話をしてるうちに、次第に心惹かれ……。
幼馴染という設定で、書き始めました。
ハピエンと甘々で書いてます。
同名キャラで複数の作品を執筆していますが、アナザーワールド的にお楽しみ頂ければと思います。
設定被ってるところもありますが、少々差異もあります。
お好みの作品が一つでもあれば、幸いです(*´ω`*)
※カクヨムさんでも投稿中
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる