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第1部

33.太陽と月(1)

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 蝉の鳴き声がわたしに夏の訪れを告げる。わたしはベッドの上で膝を抱えながら、その声を聞くとはなしに聞いていた。

 あれからわたしは陽に抱かれることに抵抗をしなくなり、洋館から逃げ出そうとすることもなくなっていた。泣きも笑いもせず、話し掛けられた時にだけ答えるようになった。部屋では先生に処方された睡眠薬を飲み微睡まどろみに身を任せる。効果が切れた後にはこうして窓の外をただ眺めていた。

 何かを思うのがひどく怖く、考えるのに疲れ果てていた。朝が昼になり、昼が夕になり、夕が夜になり部屋が暗闇に閉ざされても、電気を付けようともしない。陽がその夜「木蓮の間」を訪れても、ああ、また抱かれるのかとしか感じなかった。

 陽はわたしをベッドに横たえ、寝間着と下着を剥ぎ取る。自分も服を脱ぎ絨毯に投げ捨てた。すぐにわたしに伸し掛かると、手と口で体中に触れ始める。頬に、首に、胸に、長い指が這い回り、時に膨らみを強く掴んだ。その夜の陽の前戯は長く続き、今までにはなかった行為もされた。

 突然、大きく足を開かれ持ち上げられる。陽の整った顔がわたしのそこに沈んだ。

「……あ」

 その間と花弁を優しく舌で食まれた時、わたしはびくりと背を引き攣らせた。陽はわたしの反応に気が付いたのか、執拗にその箇所を舐め、時には歯を軽く立て嬲った。全身が一気に火照り喘いでしまう。

「あんっ……やあっ……」

 シーツを握り締め首を振る。心を閉ざしてしまっても、体は陽の行為に慣らされ熱を持つ。じわりと体の奥から蜜が滲み、わたしははぁっと大きく息を吐いた。

「瑠奈……」

 陽はわたしの足を肩から下ろし、両の手を顔の横についた。力なく開くわたしの足の間に、自分の腰を割り込ませ、ぐぐ、と一気に胎内に押し入る。

「あ、ふっ……」

 わたしは陽の胸に手を当てた。もう痛みは感じないけれども、犯されるこの瞬間だけは未だに慣れない。

「瑠奈」

 陽はわたしの顔に掛かる髪を払うと愛しげに頬を覆った。

「瑠奈、好きだ」

 好き、と言う言葉にわたしは陽を見上げた。黒い瞳がわたしを見下ろしている。

「お前だけが好きだ」

――好き。

 胸に悲しみが静かに広がっていく。

 なぜ陽はわたしを愛したんだろう?

「……たい」

 それは、無意識のうちに出てきた言葉だった。

「死に、たい」

 わたしがわたしに、陽が陽になる前に戻り、何もかもを初めからやり直したい。もしもの世界では悲しいことは何も起こらない。わたし達は荘田の両親の間に本当の子どもとして産まれ、ごく普通のきょうだいとして育つ。家族皆で春はピクニック、夏は田舎の海に、秋はキノコ狩りに、冬は雪山にスキーに行く。陽とはわたしは幼稚園も小学校も中学校も同じ――けれども、高校からは陽だけが進学校に行ってしまう。

 わたしは天と地ほども違う出来のいい弟に拗ねながらも、夕食のテーブルで「瑠奈は瑠奈でいいから」と、お父さんとお母さんに宥められる。陽は「お前は馬鹿だなぁ」と呆れ顔になりながらも、「ほら」と唐揚げの最後の一切れをわたしにくれるのだ。現金なわたしはそれだけで機嫌を直し、「さすが我が弟!」と万歳をしてみせる。お母さんに「ホントこれじゃどっちが姉で弟なんだか」――なんて笑われるのもいつものことだ。

 高校二年生になってからは陽にはすらりとした美人の彼女ができて、わたしも先輩の一樹いつき君と付き合い始める。お互い照れながら恋人を紹介し合い、「お前なんかにはもったいない彼氏」「陽なんかにはもったいない彼女」――と憎まれ口を叩き合うのだ。そんな幸せな夢を夢でいいから見たかった。

「死にたい……」

 涙がぽろぽろと零れる。

「死にたい……死にたい……」

 陽は、そんなわたしを呆然と見下ろしていた。
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