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第1部

25.白雪と薔薇(8)

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 ここは樋野家の当主と正妻のためだけの寝室――通称「薔薇の間」と呼ばれる部屋だ。ママがこの洋館で最後の時を過ごした。

「ママ……」

 わたしはベッドに俯せになり、天国にいるママを思い浮かべる。パパと、ママと、お父さんと、お母さん。大切な家族四人の死でひび割れたわたしの心は、一樹君の心と恐らく体も失ったことで、静かに音もなく壊れ始めていた。

「どうしてこんなことになったの?」

 問い掛けても誰からも答えはなく、代わりにスマホにメッセージが届いていた。見ると高校の仲よしの友達からだ。あの画像がインターネットに出回り、学校にも匿名での投書があり、大騒ぎになっているとあった。

『瑠奈、お願いだから返事ちょうだい。あれって一樹さんとの写真なんでしょう? 相手は彼氏で婚約もしているんですってみんなで証言するから。今のままじゃ退学になっちゃうよ』

「一樹君じゃあ、ないんだぁ……」

 わたしスマホを枕元に置くと、乾いた笑みを浮かべ仰向けになった。

 どこの誰とも知らない男の人に、いつの間にか汚されてしまった。わたしはもうきれいな体じゃない。こんなわたしを一樹君が好きでいてくれるはずがない。

「う……」

 ぽろぽろと涙が頬に零れ落ちる。

 壊れかけの心でも涙はまだ出るのだと、他人ごとのように思ったその時だった。ぎぃぃと音を立て薔薇の間の扉がゆっくりと開かれる。

――陽だ。

 学校から帰って来たばかりなのだろう。濃紺のジャケットに灰色のパンツ、赤と銀のネクタイのブレザーを着ている。

「瑠奈、帰っていたのか」

 陽は扉を後ろ手に閉め、カチリと内側の鍵をかけた。これで外からは誰も入れない。

「話がある」

 もう分かっているだろうと陽は静かに告げる。きっと学校からあの写真についての連絡があったのだろう。ああ、わたしはついに弟にまで呆れられ、見捨てられるのだと嗤うしかなかった。どこの誰とも知れぬ男に犯され、樋野家の世間体を潰した姉などいらない。今すぐ出て行けと言われるのだろう。

「……分かっているわ」

 わたしはベッドから立ち上がりぎゅっとワンピースのスカート部分を握った。

「けれどもお願い。すぐ荷物をまとめるから、一時間だけ待ってい、」
「――もう二度とこの家からお前は出さない」
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