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第1部
22.白雪と薔薇(5)
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辛く苦しい日々だったけれども、一樹君とはメールのやりとりと、電話だけはかけ続けていた。わたしにはそれだけが光であり救いだった。その日もベッドの中でぼんやりしていると、一樹君からメッセージが入り、数分後すぐに電話がかかってきた。わたしはスマホに飛びつき慌てて耳に当てた。
「瑠奈、どうだ。具合、少しはよくなったか?」
優しい、気遣うような声がわたしの耳に馴染んでいく。本気で心配してくれているのだと分かる声だ。
「ちゃんと食べているのか? ああ、くそっ。何でこんな時に君の傍にいられないんだ」
婚約式もクリスマスも流れて距離ができてしまい、普通の男の子なら関係に冷めてしまったかもしれない。けれども、一樹君は「仕方がないことだから」とどこまでも優しかった。むしろ、以前よりもわたしを気遣い大事にしてくれるようになっていた。
一樹君はニュースでわたしの両親の訃報を知り、お祖母さんの看病の合間を必死に縫い、お葬式にもこの洋館にも飛んできていたのだそうだ。何度も会わせてくれと頼んだけれども、陽に「姉はまだ臥せっているから」と追い返されてしまったのだと言う。
「陽って心配性だから。最近じゃ弟って言うよりお父さんみたいよ」
わたしはそれよりと話題を変えた。
「一樹君のお祖母さんは大丈夫?」
「ああ……」
一樹君の声が心なしか沈む。
「あまりいいとは言えない。覚悟はしているんだけどね」
一樹君は七歳の頃の親子そろってのハイキングの帰り、玉突き事故に巻き込まれご両親を亡くしている。それからはお祖母さんが女手一つで一樹君を育ててきた。一樹君にとってお祖母さんは育ての親であり、この世でたったひとりの家族でもある。そのお祖母さんが重病になり入院し、一樹君は大学とアルバイトの傍ら病院に通っていた。
一気に四人の家族を失った私には、一樹君の不安な気持ちがよく分かった。わたしにはまだ双子の弟の陽がいる。けれども一樹君には――。
「一樹君」
わたしはシーツの中に潜り込み、スマホを両手で持った。
「お願いがあるの」
一樹君が電話の向こうで笑う。
「お願い? 瑠奈がお願いなんて珍しいな。僕にできることなら何でもいいよ」
わたしはありがとうとお礼を言い、すう、はあと大きく息を吸い吐いた。
「今度はわたしから言いたいの。婚約じゃなくて……一樹君、わたしと結婚してください」
一樹君が息を呑むのがはっきりと分かった。
「こんな時にって思うけど、こんな時だからこそ、あなたの家族になりたい」
そう、恋人ではなく家族になりたいと思う。
「わたしと一緒に生きていってくれませんか。わたしを四十川あいかわ瑠奈にしてください」
数分の沈黙ののち一樹君がようやく口を開いた。
「参ったなあ……。先に言われた」
苦笑し確かめるかのように問い掛ける。
「僕は何も持っていないよ? まだ学生だから、贅沢な暮らしはできない」
「いいよ。わたし、高校卒業したら働くつもりだったから。料理も掃除も好きだから、家事もちゃんとやるよ」
「駄目だ。それじゃ君のヒモだ」
傷の舐め合いになってしまうかもしれない。それでも――ひとりぼっちになりそうな一樹君と、今にも壊れてしまいそうな心を持つわたしにとって、それが唯一お互いを泥沼から救い出す手段だったのだ。
だから最後のその光が失われた時、わたしの心は砕け散り、二度ともとのわたしには戻らなかった。
「瑠奈、どうだ。具合、少しはよくなったか?」
優しい、気遣うような声がわたしの耳に馴染んでいく。本気で心配してくれているのだと分かる声だ。
「ちゃんと食べているのか? ああ、くそっ。何でこんな時に君の傍にいられないんだ」
婚約式もクリスマスも流れて距離ができてしまい、普通の男の子なら関係に冷めてしまったかもしれない。けれども、一樹君は「仕方がないことだから」とどこまでも優しかった。むしろ、以前よりもわたしを気遣い大事にしてくれるようになっていた。
一樹君はニュースでわたしの両親の訃報を知り、お祖母さんの看病の合間を必死に縫い、お葬式にもこの洋館にも飛んできていたのだそうだ。何度も会わせてくれと頼んだけれども、陽に「姉はまだ臥せっているから」と追い返されてしまったのだと言う。
「陽って心配性だから。最近じゃ弟って言うよりお父さんみたいよ」
わたしはそれよりと話題を変えた。
「一樹君のお祖母さんは大丈夫?」
「ああ……」
一樹君の声が心なしか沈む。
「あまりいいとは言えない。覚悟はしているんだけどね」
一樹君は七歳の頃の親子そろってのハイキングの帰り、玉突き事故に巻き込まれご両親を亡くしている。それからはお祖母さんが女手一つで一樹君を育ててきた。一樹君にとってお祖母さんは育ての親であり、この世でたったひとりの家族でもある。そのお祖母さんが重病になり入院し、一樹君は大学とアルバイトの傍ら病院に通っていた。
一気に四人の家族を失った私には、一樹君の不安な気持ちがよく分かった。わたしにはまだ双子の弟の陽がいる。けれども一樹君には――。
「一樹君」
わたしはシーツの中に潜り込み、スマホを両手で持った。
「お願いがあるの」
一樹君が電話の向こうで笑う。
「お願い? 瑠奈がお願いなんて珍しいな。僕にできることなら何でもいいよ」
わたしはありがとうとお礼を言い、すう、はあと大きく息を吸い吐いた。
「今度はわたしから言いたいの。婚約じゃなくて……一樹君、わたしと結婚してください」
一樹君が息を呑むのがはっきりと分かった。
「こんな時にって思うけど、こんな時だからこそ、あなたの家族になりたい」
そう、恋人ではなく家族になりたいと思う。
「わたしと一緒に生きていってくれませんか。わたしを四十川あいかわ瑠奈にしてください」
数分の沈黙ののち一樹君がようやく口を開いた。
「参ったなあ……。先に言われた」
苦笑し確かめるかのように問い掛ける。
「僕は何も持っていないよ? まだ学生だから、贅沢な暮らしはできない」
「いいよ。わたし、高校卒業したら働くつもりだったから。料理も掃除も好きだから、家事もちゃんとやるよ」
「駄目だ。それじゃ君のヒモだ」
傷の舐め合いになってしまうかもしれない。それでも――ひとりぼっちになりそうな一樹君と、今にも壊れてしまいそうな心を持つわたしにとって、それが唯一お互いを泥沼から救い出す手段だったのだ。
だから最後のその光が失われた時、わたしの心は砕け散り、二度ともとのわたしには戻らなかった。
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