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第1部
19.白雪と薔薇(2)
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庭園の片隅に本物のモミの木が立っている。雪こそないけれども金の鈴のオーナメントが飾り付けられ、小さな子供には十二分に立派なツリーに見えた。モミだけではなく様々な木々や花々が植えられ、中には実を付けているものもあった。
「すてき、すてき」
わたしはお城のような洋館と庭園に寒さも忘れはしゃいでいた。東屋に絡み付く蔓薔薇の薄紅色を愛で、クリスマスホーリーの実を摘み、ケヤキにかかる鳥の巣に歓声を上げる。ケヤキの傍の茂みの奥には小さな白い花が咲いていた。今にして思えば鈴蘭の一種だったのだろう。
「おはなー!!」
わたしは頬を寒さで真っ赤にしたまま植え込みに飛びこんだ。そして、既に先客がいたことに心の底から驚いたのだ。
――白雪姫みたいな子だった。
黒檀の窓枠の木のような黒髪に黒目。滑らかな白い頬には涙の痕があり、水色のパジャマ姿で膝を抱えている。わたしの突然の登場に驚いたのか、ぱちくりと目を丸くしていた。年はきっと同じくらいだろう。
わぁ、可愛い。可愛い。なんて可愛い子なのだろう?
わたしはその子を女の子だと信じて疑わなかった。髪は短いけれども顔立ちがそれだけ美しかったからだ。わたしは服が汚れるのも構わず、四つん這いでその子のすぐ傍に近づく。その子は一瞬戸惑い身を引いたけれども、すぐにはっとしたようにわたしを見つめた。
「きみ……」
「ねえ、ねえ、あなただれ? しらゆきひめみたいね!」
その子はわたしから一時も目を離さない。やがてその子は確信を込めてこう言った。
「ぼく、きみのこと、しってる」
そろそろと同じ四つん這いになり、わたしの頬にこわごわと手を伸ばす。その子の指は冬に冷え切り冷たかった。
「やっぱり、しってる……。ずっと、きみをさがしていた」
わたしはそんなはずはないと首を傾げた。こんな可愛い子に会っていたのなら、忘れるはずがなかったからだ。
「わたしたち、はじめましてだよ? わたしはルナ。おつきさまっていみなんだって」
「おつきさま?」
その子は首を傾げ花の綻ぶような微笑みを浮かべた。その笑顔があまりにも可愛くて、女の子なのについドキッとしてしまう。
「きみは、おひめさまみたいだ」
その子は次にわたしの髪を手に取った。
「こんなきれいでながいかみ、はじめてみた……」
お母さんの趣味でわたしはその頃から髪が長かった。洋服もふわふわ広がる若草色のワンピースを着て、そんな姿が小さなお姫様に見えたのかもしれない。それでもわたしは嘘のない褒め言葉が嬉しく、つい照れくさくて笑ってしまった。
「ふふっ、ありがとう。ねえ、あなたのなまえは?」
わたしは茂みに座り込み膝に頬杖をついた。その子も少しだけ間を取り隣に座る。
「ぼく、あきら」
「あきらちゃん? おとこのこみたいね?」
「うん、ぼくおとこだから」
「……」
ついまじまじとその子を見つめてしまう。
「おとこのこなの? おとこのこ?」
「うん……」
その子はどこか居心地が悪そうな顔になった。わたしはそっかぁ、男の子なのか、となぜかすんなりと納得しまたその子に尋ねる。
「あきらくんはこんなところでどうしたの? どうしてないていたの?」
その子はぎゅっと膝に額を押し当てた。
「おうちにもどりたくないんだ。おとうさんが……いやなことをする。でも、おかあさんにはいえない。おとうさんはおかあさんがぼくをうんで、それでないぞうをこわしたんだから、おまえがからだでつぐなえっていうんだ」
話が難し過ぎてわたしには分からなかった。ただ、このまま洋館に返してはいけないとは思った。
「じゃあ、いっしょにここにいよう。わたしもおうちにもどらないから」
「えっ……」
「いっしょならさむくないでしょう?」
わたしはその子にぴたりと身を寄せた。その子は――陽は幼稚園でわたしの髪を引っ張り、苛めてからかう男の子たちとはまったく違っていた。わたしよりずっと小さくて、可愛くて、温かくて、わたしはすぐに陽を大好きになった。
「二人でいるとあったかいねぇ」
「うん……そうだね」
陽もおずおずとわたしに体をくっつける。
「あ」
次の瞬間わたしと陽は同時に声を上げた。冬の空から初雪が淡い白となり、ひとひら、ふたひらと音もなく零れ落ちて来たのだ。
「きれいだねぇ……」
白く清らかな世界にわたしたち二人だけがいるみたいだった。
――ずっと昔からこうしていた気がする。
幼いわたしはふとそんな風に思った。
「ぼくも……そう思った」
陽がわたしの心に答えぽつりと呟く。それを不思議だとも感じなかった。わたしたちはお母さんが大騒ぎで探しに来るまで、二人身を寄せ合いお互いの心と体を温め合っていた。
「すてき、すてき」
わたしはお城のような洋館と庭園に寒さも忘れはしゃいでいた。東屋に絡み付く蔓薔薇の薄紅色を愛で、クリスマスホーリーの実を摘み、ケヤキにかかる鳥の巣に歓声を上げる。ケヤキの傍の茂みの奥には小さな白い花が咲いていた。今にして思えば鈴蘭の一種だったのだろう。
「おはなー!!」
わたしは頬を寒さで真っ赤にしたまま植え込みに飛びこんだ。そして、既に先客がいたことに心の底から驚いたのだ。
――白雪姫みたいな子だった。
黒檀の窓枠の木のような黒髪に黒目。滑らかな白い頬には涙の痕があり、水色のパジャマ姿で膝を抱えている。わたしの突然の登場に驚いたのか、ぱちくりと目を丸くしていた。年はきっと同じくらいだろう。
わぁ、可愛い。可愛い。なんて可愛い子なのだろう?
わたしはその子を女の子だと信じて疑わなかった。髪は短いけれども顔立ちがそれだけ美しかったからだ。わたしは服が汚れるのも構わず、四つん這いでその子のすぐ傍に近づく。その子は一瞬戸惑い身を引いたけれども、すぐにはっとしたようにわたしを見つめた。
「きみ……」
「ねえ、ねえ、あなただれ? しらゆきひめみたいね!」
その子はわたしから一時も目を離さない。やがてその子は確信を込めてこう言った。
「ぼく、きみのこと、しってる」
そろそろと同じ四つん這いになり、わたしの頬にこわごわと手を伸ばす。その子の指は冬に冷え切り冷たかった。
「やっぱり、しってる……。ずっと、きみをさがしていた」
わたしはそんなはずはないと首を傾げた。こんな可愛い子に会っていたのなら、忘れるはずがなかったからだ。
「わたしたち、はじめましてだよ? わたしはルナ。おつきさまっていみなんだって」
「おつきさま?」
その子は首を傾げ花の綻ぶような微笑みを浮かべた。その笑顔があまりにも可愛くて、女の子なのについドキッとしてしまう。
「きみは、おひめさまみたいだ」
その子は次にわたしの髪を手に取った。
「こんなきれいでながいかみ、はじめてみた……」
お母さんの趣味でわたしはその頃から髪が長かった。洋服もふわふわ広がる若草色のワンピースを着て、そんな姿が小さなお姫様に見えたのかもしれない。それでもわたしは嘘のない褒め言葉が嬉しく、つい照れくさくて笑ってしまった。
「ふふっ、ありがとう。ねえ、あなたのなまえは?」
わたしは茂みに座り込み膝に頬杖をついた。その子も少しだけ間を取り隣に座る。
「ぼく、あきら」
「あきらちゃん? おとこのこみたいね?」
「うん、ぼくおとこだから」
「……」
ついまじまじとその子を見つめてしまう。
「おとこのこなの? おとこのこ?」
「うん……」
その子はどこか居心地が悪そうな顔になった。わたしはそっかぁ、男の子なのか、となぜかすんなりと納得しまたその子に尋ねる。
「あきらくんはこんなところでどうしたの? どうしてないていたの?」
その子はぎゅっと膝に額を押し当てた。
「おうちにもどりたくないんだ。おとうさんが……いやなことをする。でも、おかあさんにはいえない。おとうさんはおかあさんがぼくをうんで、それでないぞうをこわしたんだから、おまえがからだでつぐなえっていうんだ」
話が難し過ぎてわたしには分からなかった。ただ、このまま洋館に返してはいけないとは思った。
「じゃあ、いっしょにここにいよう。わたしもおうちにもどらないから」
「えっ……」
「いっしょならさむくないでしょう?」
わたしはその子にぴたりと身を寄せた。その子は――陽は幼稚園でわたしの髪を引っ張り、苛めてからかう男の子たちとはまったく違っていた。わたしよりずっと小さくて、可愛くて、温かくて、わたしはすぐに陽を大好きになった。
「二人でいるとあったかいねぇ」
「うん……そうだね」
陽もおずおずとわたしに体をくっつける。
「あ」
次の瞬間わたしと陽は同時に声を上げた。冬の空から初雪が淡い白となり、ひとひら、ふたひらと音もなく零れ落ちて来たのだ。
「きれいだねぇ……」
白く清らかな世界にわたしたち二人だけがいるみたいだった。
――ずっと昔からこうしていた気がする。
幼いわたしはふとそんな風に思った。
「ぼくも……そう思った」
陽がわたしの心に答えぽつりと呟く。それを不思議だとも感じなかった。わたしたちはお母さんが大騒ぎで探しに来るまで、二人身を寄せ合いお互いの心と体を温め合っていた。
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