上 下
18 / 90
第1部

17.紅蓮と遺言(8)

しおりを挟む
 それからあとのことはよく覚えていない。のちに陽から聞いたところによると、悲鳴を聞き付けた隣の奥さんが通報したのだそうだ。到着した警察が発見したものは、呆然とその場に座り込むわたしと、寝室で首吊り自殺をした両親の遺体だった。わたしは「わたしのせいだ、わたしのせいだ、わたしのせいだ」と呟き続けていたのだと言う。

 第一発見者となりろくに話もできないわたしを、警察は唯一の血縁である陽へと預けた。両親が自殺であることは遺書からも明白だった。わたしの精神状態を考慮し事情聴取は早々に打ち切られ、あとにはわたしと陽だけが洋館に残された。陽は高野さんとメイドさんに素早く指示をし、わたしを客間である「木蓮の間」のベッドに寝かせ付けた。

「わたしの、せいだ」

 わたしはパトカーで洋館に連れて来られてからも、壊れたようにその言葉を呟き続けていた。メイドさんにセーラー服を脱がされ、寝間着へ取り替えられる間も止まらなかった。

 わたしがあの場から逃げ出さなければ、わたしが遺産をお父さんに渡すと言っていれば、わたしが荘田の養女でなければ、お父さんとお母さんは死なずにすんだ。みんなみんなわたしのせいだ。わたしがお父さんとお母さんを殺した――。

 天蓋付のベッドに仰向けになり、ただ天井ばかりを見上げる。

「わたしのせいだ、わたしのせいだ、わたしのせいだ……」

 ベッドの中でも怖くて、怖くて、怖くて、瞼を閉じることができない。閉じてしまえばそこにあるのは闇だ。闇にはお父さんとお母さんが吊り下げられ揺れている。わたしはがたがたと震えまた悲鳴を上げた。

「一樹君、一樹君、一樹君っ……!!!」

 助けて、助けて、助けて、手を差し伸べてわたしをこの地獄から救い出して。あなたはわたしの光だ。

 わたしは一樹君が重病のお祖母さんのために実家へ戻り、ここには来られないと知りながらも呼び続けた。

「助けて、助けて、一樹君っ……!!!」

 わたしの悲鳴に応えるかのように木蓮の間の扉が開く。

「い……」

 扉の向こうに立つのは求めるその人ではなく陽だった。お盆を持ちその上には液状の薬品と水の入ったグラスが置かれている。陽はわたしにこの上なく優しく美しく微笑みかけ、ベッドに近づきその真ん中に腰をかけた。

「まだ落ち着かないみたいだな」
「あ、陽……」
「少しは眠らないと体がやられる」
「……!!」

 わたしはベッドから跳ね起き陽の胸に縋りついた。陽は一瞬目を見開きながらもわたしに応え、背に手をするりと回し宥めるように撫でる。

「陽、怖い」

 まだ震えが止まらない。

「怖いよ。怖い……」

 これが夢であればいいのにと思う。明日の朝にはすべてが元通り、お父さんも、お母さんも、パパも、ママも生きていて、わたしは一樹君と婚約式を行うのだ。

「そうだ、瑠奈。これは悪い夢だ」

 陽はわたしの耳元で歌うように囁く。

「だから瑠奈、これから起こることも夢だと思えばいい」

 陽は言葉と共にわたしをベッドに押し倒した。わたしは何をされるのかが分からず目を瞬かせる。

「……あき、ら?」

 陽は手を伸ばしサイドテーブルに置いた薬品を取った。一口含み体を傾けわたしの頬を覆い伸し掛かる。

「や、だっ……」

 わたしはそこで初めて身の危険を感じ、陽の体の下で手を振り回し暴れた。けれども、呆気なく手首をシーツに縫い止められ唇を奪われてしまう。

「ん……んっ」

 陽の唇はその冷たい美貌からは信じられないほど熱かった。

「ふ……」

 薬品を口移しで流し込まれ、反射的に飲み下してしまう。次の瞬間、舌にびりりと痺れが走った。

「あ……あ?」

 薬は瞬く間に喉から胃へと流れ込み体に染み込んでいく。陽はその間わたしの抵抗を抑え覆い被さっていた。やがて、強烈な眠気がわたしの意識を飲み込んでいく。

「あ……」

 体から力が抜け落ち声もうまく出ない。上げかけたわたしの手は、途中力無くシーツの上に落ちた。陽はようやく体を起こし、朦朧とするわたしに微笑みかける。

「……大丈夫。眠る間に終わる」

 陽の手がわたしの寝間着の襟元にかかる。長い指がゆっくりとボタンを外していった。

「瑠奈、壊れて行くお前が、愛しい」

 それが、わたしが意識を失う前に聞いた最後の言葉だった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

人質姫と忘れんぼ王子

雪野 結莉
恋愛
何故か、同じ親から生まれた姉妹のはずなのに、第二王女の私は冷遇され、第一王女のお姉様ばかりが可愛がられる。 やりたいことすらやらせてもらえず、諦めた人生を送っていたが、戦争に負けてお金の為に私は売られることとなった。 お姉様は悠々と今まで通りの生活を送るのに…。 初めて投稿します。 書きたいシーンがあり、そのために書き始めました。 初めての投稿のため、何度も改稿するかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。 小説家になろう様にも掲載しております。 読んでくださった方が、表紙を作ってくださいました。 新○文庫風に作ったそうです。 気に入っています(╹◡╹)

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

処理中です...