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第1部
17.紅蓮と遺言(8)
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それからあとのことはよく覚えていない。のちに陽から聞いたところによると、悲鳴を聞き付けた隣の奥さんが通報したのだそうだ。到着した警察が発見したものは、呆然とその場に座り込むわたしと、寝室で首吊り自殺をした両親の遺体だった。わたしは「わたしのせいだ、わたしのせいだ、わたしのせいだ」と呟き続けていたのだと言う。
第一発見者となりろくに話もできないわたしを、警察は唯一の血縁である陽へと預けた。両親が自殺であることは遺書からも明白だった。わたしの精神状態を考慮し事情聴取は早々に打ち切られ、あとにはわたしと陽だけが洋館に残された。陽は高野さんとメイドさんに素早く指示をし、わたしを客間である「木蓮の間」のベッドに寝かせ付けた。
「わたしの、せいだ」
わたしはパトカーで洋館に連れて来られてからも、壊れたようにその言葉を呟き続けていた。メイドさんにセーラー服を脱がされ、寝間着へ取り替えられる間も止まらなかった。
わたしがあの場から逃げ出さなければ、わたしが遺産をお父さんに渡すと言っていれば、わたしが荘田の養女でなければ、お父さんとお母さんは死なずにすんだ。みんなみんなわたしのせいだ。わたしがお父さんとお母さんを殺した――。
天蓋付のベッドに仰向けになり、ただ天井ばかりを見上げる。
「わたしのせいだ、わたしのせいだ、わたしのせいだ……」
ベッドの中でも怖くて、怖くて、怖くて、瞼を閉じることができない。閉じてしまえばそこにあるのは闇だ。闇にはお父さんとお母さんが吊り下げられ揺れている。わたしはがたがたと震えまた悲鳴を上げた。
「一樹君、一樹君、一樹君っ……!!!」
助けて、助けて、助けて、手を差し伸べてわたしをこの地獄から救い出して。あなたはわたしの光だ。
わたしは一樹君が重病のお祖母さんのために実家へ戻り、ここには来られないと知りながらも呼び続けた。
「助けて、助けて、一樹君っ……!!!」
わたしの悲鳴に応えるかのように木蓮の間の扉が開く。
「い……」
扉の向こうに立つのは求めるその人ではなく陽だった。お盆を持ちその上には液状の薬品と水の入ったグラスが置かれている。陽はわたしにこの上なく優しく美しく微笑みかけ、ベッドに近づきその真ん中に腰をかけた。
「まだ落ち着かないみたいだな」
「あ、陽……」
「少しは眠らないと体がやられる」
「……!!」
わたしはベッドから跳ね起き陽の胸に縋りついた。陽は一瞬目を見開きながらもわたしに応え、背に手をするりと回し宥めるように撫でる。
「陽、怖い」
まだ震えが止まらない。
「怖いよ。怖い……」
これが夢であればいいのにと思う。明日の朝にはすべてが元通り、お父さんも、お母さんも、パパも、ママも生きていて、わたしは一樹君と婚約式を行うのだ。
「そうだ、瑠奈。これは悪い夢だ」
陽はわたしの耳元で歌うように囁く。
「だから瑠奈、これから起こることも夢だと思えばいい」
陽は言葉と共にわたしをベッドに押し倒した。わたしは何をされるのかが分からず目を瞬かせる。
「……あき、ら?」
陽は手を伸ばしサイドテーブルに置いた薬品を取った。一口含み体を傾けわたしの頬を覆い伸し掛かる。
「や、だっ……」
わたしはそこで初めて身の危険を感じ、陽の体の下で手を振り回し暴れた。けれども、呆気なく手首をシーツに縫い止められ唇を奪われてしまう。
「ん……んっ」
陽の唇はその冷たい美貌からは信じられないほど熱かった。
「ふ……」
薬品を口移しで流し込まれ、反射的に飲み下してしまう。次の瞬間、舌にびりりと痺れが走った。
「あ……あ?」
薬は瞬く間に喉から胃へと流れ込み体に染み込んでいく。陽はその間わたしの抵抗を抑え覆い被さっていた。やがて、強烈な眠気がわたしの意識を飲み込んでいく。
「あ……」
体から力が抜け落ち声もうまく出ない。上げかけたわたしの手は、途中力無くシーツの上に落ちた。陽はようやく体を起こし、朦朧とするわたしに微笑みかける。
「……大丈夫。眠る間に終わる」
陽の手がわたしの寝間着の襟元にかかる。長い指がゆっくりとボタンを外していった。
「瑠奈、壊れて行くお前が、愛しい」
それが、わたしが意識を失う前に聞いた最後の言葉だった。
第一発見者となりろくに話もできないわたしを、警察は唯一の血縁である陽へと預けた。両親が自殺であることは遺書からも明白だった。わたしの精神状態を考慮し事情聴取は早々に打ち切られ、あとにはわたしと陽だけが洋館に残された。陽は高野さんとメイドさんに素早く指示をし、わたしを客間である「木蓮の間」のベッドに寝かせ付けた。
「わたしの、せいだ」
わたしはパトカーで洋館に連れて来られてからも、壊れたようにその言葉を呟き続けていた。メイドさんにセーラー服を脱がされ、寝間着へ取り替えられる間も止まらなかった。
わたしがあの場から逃げ出さなければ、わたしが遺産をお父さんに渡すと言っていれば、わたしが荘田の養女でなければ、お父さんとお母さんは死なずにすんだ。みんなみんなわたしのせいだ。わたしがお父さんとお母さんを殺した――。
天蓋付のベッドに仰向けになり、ただ天井ばかりを見上げる。
「わたしのせいだ、わたしのせいだ、わたしのせいだ……」
ベッドの中でも怖くて、怖くて、怖くて、瞼を閉じることができない。閉じてしまえばそこにあるのは闇だ。闇にはお父さんとお母さんが吊り下げられ揺れている。わたしはがたがたと震えまた悲鳴を上げた。
「一樹君、一樹君、一樹君っ……!!!」
助けて、助けて、助けて、手を差し伸べてわたしをこの地獄から救い出して。あなたはわたしの光だ。
わたしは一樹君が重病のお祖母さんのために実家へ戻り、ここには来られないと知りながらも呼び続けた。
「助けて、助けて、一樹君っ……!!!」
わたしの悲鳴に応えるかのように木蓮の間の扉が開く。
「い……」
扉の向こうに立つのは求めるその人ではなく陽だった。お盆を持ちその上には液状の薬品と水の入ったグラスが置かれている。陽はわたしにこの上なく優しく美しく微笑みかけ、ベッドに近づきその真ん中に腰をかけた。
「まだ落ち着かないみたいだな」
「あ、陽……」
「少しは眠らないと体がやられる」
「……!!」
わたしはベッドから跳ね起き陽の胸に縋りついた。陽は一瞬目を見開きながらもわたしに応え、背に手をするりと回し宥めるように撫でる。
「陽、怖い」
まだ震えが止まらない。
「怖いよ。怖い……」
これが夢であればいいのにと思う。明日の朝にはすべてが元通り、お父さんも、お母さんも、パパも、ママも生きていて、わたしは一樹君と婚約式を行うのだ。
「そうだ、瑠奈。これは悪い夢だ」
陽はわたしの耳元で歌うように囁く。
「だから瑠奈、これから起こることも夢だと思えばいい」
陽は言葉と共にわたしをベッドに押し倒した。わたしは何をされるのかが分からず目を瞬かせる。
「……あき、ら?」
陽は手を伸ばしサイドテーブルに置いた薬品を取った。一口含み体を傾けわたしの頬を覆い伸し掛かる。
「や、だっ……」
わたしはそこで初めて身の危険を感じ、陽の体の下で手を振り回し暴れた。けれども、呆気なく手首をシーツに縫い止められ唇を奪われてしまう。
「ん……んっ」
陽の唇はその冷たい美貌からは信じられないほど熱かった。
「ふ……」
薬品を口移しで流し込まれ、反射的に飲み下してしまう。次の瞬間、舌にびりりと痺れが走った。
「あ……あ?」
薬は瞬く間に喉から胃へと流れ込み体に染み込んでいく。陽はその間わたしの抵抗を抑え覆い被さっていた。やがて、強烈な眠気がわたしの意識を飲み込んでいく。
「あ……」
体から力が抜け落ち声もうまく出ない。上げかけたわたしの手は、途中力無くシーツの上に落ちた。陽はようやく体を起こし、朦朧とするわたしに微笑みかける。
「……大丈夫。眠る間に終わる」
陽の手がわたしの寝間着の襟元にかかる。長い指がゆっくりとボタンを外していった。
「瑠奈、壊れて行くお前が、愛しい」
それが、わたしが意識を失う前に聞いた最後の言葉だった。
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