17 / 90
第1部
16.紅蓮と遺言(7)
しおりを挟む
「ただいま……」
わたしは恐る恐る一七年住み慣れた家の引き戸を開けた。玄関にも廊下にも灯りはなく静まり返っている。
「お父さん、お母さん?」
既に夜一〇時を過ぎているから寝ているのかもしれない。でも、それなら鍵をかけているはずだ。わたしは不思議に思いながらも家に入った。
「どこ行っちゃったのかな」
わたしは溜息を吐きダイニングの電気を付けた。室内が明りで照らし出されたとたん、テーブルの上に一枚の紙があるのに気が付く。お母さんがよく使う便箋だった。
「?」
わたしは何気なく便箋を手に取り――そこに書かれた内容に真っ青になった。ショックに血液が逆流し、体が一瞬にして凍り付く。手紙の一行目には「瑠奈へ」と書かれていた。
『瑠奈へ
あなたを深く傷つけてしまってごめんなさい。
私達は確かにあなたを妹から頼まれ引き受けました。
そこに下心が無かったとは言い切れません。
あなたをたびたび樋野家へ連れて行ったのもそのためです。
ただ、ひとつだけ信じて欲しいんです。
あなたは私達夫婦の宝物でもありました。
一七年あなたを育てることができ幸せでした。
あなたにはもう一樹いつきさんがいます。
陽あきら君も力になってくれるでしょう。
どうか強く生きていってください。
私達夫婦を許してくれとは言いません。
ただ、今まで私達の娘でいてくれてありがとう。
衛、時子より』
――これは、遺書だ。
わたしは手紙を握り締め狂ったようにダイニングを飛び出した。
嘘だ、嘘だ、嘘だ。お父さんとお母さんが自殺なんてするはずがない。そう、この二人の寝室のドアを開ければ、いつものように驚いてベッドから起き上がる。「どうしたの瑠奈、夜食なら冷蔵庫よ?」って。
「……っ!!」
わたしは絶句しその場に立ち尽くした。手紙が絨毯の上に音もなく落ちる。ぶらぶらと天井から二つの物体が揺れている。首にはロープがしっかりと巻かれていた。わたしが一七年間「お父さん」「お母さん」と呼び、その温かさが大好きだった人たち――。
「あ、あああ……」
わたしはその場にくずおれ、床に手をつき両親を見上げた。明りがなくてもその凄惨な死に際は見て取れる。お父さんの顔からはだらりと舌が垂れ下がっている。お母さんは白目を剥き鼻からはぽたぽたと血が流れていた。その血が手と足を伝い絨毯に赤黒いシミを作っている。
わたしの心に二人の死に顔が深くくっきりと刻み込まれる。その上からお母さんの流す血の赤が覆い被さった。どこまでも禍々しい紅蓮の色彩――。
「い、やぁ……」
わたしは頭を抱えこの世のものとも思えぬ声を上げた。
「いやぁぁぁあああぁぁぁあああーーーーーーっっっ!!!!!!」
わたしは恐る恐る一七年住み慣れた家の引き戸を開けた。玄関にも廊下にも灯りはなく静まり返っている。
「お父さん、お母さん?」
既に夜一〇時を過ぎているから寝ているのかもしれない。でも、それなら鍵をかけているはずだ。わたしは不思議に思いながらも家に入った。
「どこ行っちゃったのかな」
わたしは溜息を吐きダイニングの電気を付けた。室内が明りで照らし出されたとたん、テーブルの上に一枚の紙があるのに気が付く。お母さんがよく使う便箋だった。
「?」
わたしは何気なく便箋を手に取り――そこに書かれた内容に真っ青になった。ショックに血液が逆流し、体が一瞬にして凍り付く。手紙の一行目には「瑠奈へ」と書かれていた。
『瑠奈へ
あなたを深く傷つけてしまってごめんなさい。
私達は確かにあなたを妹から頼まれ引き受けました。
そこに下心が無かったとは言い切れません。
あなたをたびたび樋野家へ連れて行ったのもそのためです。
ただ、ひとつだけ信じて欲しいんです。
あなたは私達夫婦の宝物でもありました。
一七年あなたを育てることができ幸せでした。
あなたにはもう一樹いつきさんがいます。
陽あきら君も力になってくれるでしょう。
どうか強く生きていってください。
私達夫婦を許してくれとは言いません。
ただ、今まで私達の娘でいてくれてありがとう。
衛、時子より』
――これは、遺書だ。
わたしは手紙を握り締め狂ったようにダイニングを飛び出した。
嘘だ、嘘だ、嘘だ。お父さんとお母さんが自殺なんてするはずがない。そう、この二人の寝室のドアを開ければ、いつものように驚いてベッドから起き上がる。「どうしたの瑠奈、夜食なら冷蔵庫よ?」って。
「……っ!!」
わたしは絶句しその場に立ち尽くした。手紙が絨毯の上に音もなく落ちる。ぶらぶらと天井から二つの物体が揺れている。首にはロープがしっかりと巻かれていた。わたしが一七年間「お父さん」「お母さん」と呼び、その温かさが大好きだった人たち――。
「あ、あああ……」
わたしはその場にくずおれ、床に手をつき両親を見上げた。明りがなくてもその凄惨な死に際は見て取れる。お父さんの顔からはだらりと舌が垂れ下がっている。お母さんは白目を剥き鼻からはぽたぽたと血が流れていた。その血が手と足を伝い絨毯に赤黒いシミを作っている。
わたしの心に二人の死に顔が深くくっきりと刻み込まれる。その上からお母さんの流す血の赤が覆い被さった。どこまでも禍々しい紅蓮の色彩――。
「い、やぁ……」
わたしは頭を抱えこの世のものとも思えぬ声を上げた。
「いやぁぁぁあああぁぁぁあああーーーーーーっっっ!!!!!!」
0
お気に入りに追加
262
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
一夜限りのお相手は
栗原さとみ
恋愛
私は大学3年の倉持ひより。サークルにも属さず、いたって地味にキャンパスライフを送っている。大学の図書館で一人読書をしたり、好きな写真のスタジオでバイトをして過ごす毎日だ。ある日、アニメサークルに入っている友達の亜美に頼みごとを懇願されて、私はそれを引き受けてしまう。その事がきっかけで思いがけない人と思わぬ展開に……。『その人』は、私が尊敬する写真家で憧れの人だった。R5.1月
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる