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第1部

16.紅蓮と遺言(7)

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「ただいま……」

 わたしは恐る恐る一七年住み慣れた家の引き戸を開けた。玄関にも廊下にも灯りはなく静まり返っている。

「お父さん、お母さん?」

 既に夜一〇時を過ぎているから寝ているのかもしれない。でも、それなら鍵をかけているはずだ。わたしは不思議に思いながらも家に入った。

「どこ行っちゃったのかな」

 わたしは溜息を吐きダイニングの電気を付けた。室内が明りで照らし出されたとたん、テーブルの上に一枚の紙があるのに気が付く。お母さんがよく使う便箋だった。

「?」

 わたしは何気なく便箋を手に取り――そこに書かれた内容に真っ青になった。ショックに血液が逆流し、体が一瞬にして凍り付く。手紙の一行目には「瑠奈へ」と書かれていた。

『瑠奈へ

  あなたを深く傷つけてしまってごめんなさい。
  私達は確かにあなたを妹から頼まれ引き受けました。
  そこに下心が無かったとは言い切れません。
  あなたをたびたび樋野家へ連れて行ったのもそのためです。
  ただ、ひとつだけ信じて欲しいんです。
  あなたは私達夫婦の宝物でもありました。
  一七年あなたを育てることができ幸せでした。
  あなたにはもう一樹いつきさんがいます。
  陽あきら君も力になってくれるでしょう。
  どうか強く生きていってください。
  私達夫婦を許してくれとは言いません。
  ただ、今まで私達の娘でいてくれてありがとう。

                    衛、時子より』

――これは、遺書だ。

 わたしは手紙を握り締め狂ったようにダイニングを飛び出した。

 嘘だ、嘘だ、嘘だ。お父さんとお母さんが自殺なんてするはずがない。そう、この二人の寝室のドアを開ければ、いつものように驚いてベッドから起き上がる。「どうしたの瑠奈、夜食なら冷蔵庫よ?」って。

「……っ!!」

 わたしは絶句しその場に立ち尽くした。手紙が絨毯の上に音もなく落ちる。ぶらぶらと天井から二つの物体が揺れている。首にはロープがしっかりと巻かれていた。わたしが一七年間「お父さん」「お母さん」と呼び、その温かさが大好きだった人たち――。

「あ、あああ……」

 わたしはその場にくずおれ、床に手をつき両親を見上げた。明りがなくてもその凄惨な死に際は見て取れる。お父さんの顔からはだらりと舌が垂れ下がっている。お母さんは白目を剥き鼻からはぽたぽたと血が流れていた。その血が手と足を伝い絨毯に赤黒いシミを作っている。

 わたしの心に二人の死に顔が深くくっきりと刻み込まれる。その上からお母さんの流す血の赤が覆い被さった。どこまでも禍々しい紅蓮の色彩――。

「い、やぁ……」

 わたしは頭を抱えこの世のものとも思えぬ声を上げた。

「いやぁぁぁあああぁぁぁあああーーーーーーっっっ!!!!!!」
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