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第1部
05.太陽と樹木(5)
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「ああ、緊張した」
挨拶が済みわたしと一緒に洋館から出たのち、一樹君は大きく息を吐き出し道にしゃがみ込んだ。わたしはお疲れ様とその背をぽんぽんと叩く。一樹君は懐からハンカチを取り出し汗を拭いた。
「さすが社長だけあって威圧感があるな。僕なんてきっと小僧に見えたんだろう」
立ち上がり「行こう」とわたしの手を握る。手を繋ぐだなんて初めてだった。
実はわたしと一樹君はまだキスもしていない。それがいきなり婚約だから我ながら驚きだ。これからこうして一歩ずつ進んでいくのだろうか。まずはこうして手を繋いで、次にキスをして、そして最後には……。
「……っ」
思わず首をぶんぶんと振ってしまう。
「瑠奈、どうした?」
「な、なんでも……」
嫌らしいことを考えていました――だなんて告白できるわけがない。それに、一樹君は恋人として付き合い始めたころからわたしを大事にしてくれた。プロポーズしてからも「君が大人になるまで待つから」と言って無理強いもしない。
大人と呼べる年はいつからなんだろう?わたしはもう一樹くんと結ばれたいと感じている。でも、わたしから口に出してもいいのだろうか。
それからわたし達は二人で坂道を下りながら、今日感じたいろいろなことを話していた。
「君の弟の陽君だけど、彼もお義父さんとは違った感じで怖いな」
「怖い?」
わたしは一樹君の意外な言葉に立ち止る。一樹君は真剣な眼差しをしている。ここにはいない陽を思い浮かべているみたいだ。
「ああ、怖い。僕はお父さんより陽君が怖い」
わたしは意味が分からず首を傾げる。
「陽が怖いなんてことないよ。陽はパパとはぜんぜん違う。確かに見た目が近づきがたいけど、話してみると本当に普通の子よ? あれで可愛いところもあるんだから。昔はセロリ食べられなかったのよ?」
「いや、そう言うことじゃなくて」
「一樹君?」
一樹君は言葉を探しあぐねている様子だ。
「目が……と言うか」
「目?」
首を振り足下に目を落とす。
「いいや、やっぱり気のせいだと思う。たぶん美形だからそう感じるんだろうな。瑠奈、よくあんな男が身内にいてぐらっとこないな。……本当に僕でよかったのか?」
思いがけない問いにわたしは一樹君を見上げた。一樹君の薄茶の眼差しに不安が浮かんでいる。そんな一樹君の顔を見るのは初めてだった。
――なぜそんなことを聞くのだろう?
一樹君だって陽と同じくらいすてきだ。背が高くてかっこよくて思いやりがあって、眼鏡の向こうの柔らかな眼差しが、わたしをいつも安心させてくれる。
「ぐらっと来るも何も弟よ? それにもう見慣れちゃったわ」
一樹君は何を言っているのかと呆れてしまう。陽のことはきょうだいとしてとても大事だ。この世でたったひとりの血を分けた命だもの。でも、それはあくまで家族のものでしかない。第一別々に育ったとは言え双子の弟に、それも血縁と分かっているのに恋愛感情を覚えるなんて異常だ。そんなことはありえないとしか言えない。
「ねえ、そんなことより」
わたしも手に力を込め満面の笑顔を浮かべる。
「三宮にパフェ食べに行こう? 美味しいところ見つけたの」
*
二組の両親と一樹君と時間をかけてじっくり相談し、わたしたちの婚約式は一〇月の終わりになった。その時期ならようやく暑さも収まり、樋野のママも車椅子で出席できると踏んだからだ。式はあくまで身内だけのもので、懇意のホテルのレストランの個室を借り、荘田の両親と樋野の両親と陽、そして一樹君のお祖母さんだけを呼ぶことになった。
ちなみに、婚約式を終えても入籍はわたしが高校を卒業し、一樹君が社会人になる三年後になっている。結婚まではわたしは今までどおりに荘田の実家で暮らす。また、どうやらパパは一樹君をM商事に入社させ、自分の仕事の手伝いをさせたいらしい。就職先は間違いないから安心しなさいと、挨拶のあとにわたしに笑顔で教えてくれた。
婚約式の準備は順調に進み、残る一週間を待つばかりとなった。わたしと一樹君はその間ほぼ毎日会い、楽しみだねと指折り数え心待ちにしていた。ところが突然の訃報によりすべてが予定が立ち消えとなってしまう。
――樋野のママが急死したのだ。
挨拶が済みわたしと一緒に洋館から出たのち、一樹君は大きく息を吐き出し道にしゃがみ込んだ。わたしはお疲れ様とその背をぽんぽんと叩く。一樹君は懐からハンカチを取り出し汗を拭いた。
「さすが社長だけあって威圧感があるな。僕なんてきっと小僧に見えたんだろう」
立ち上がり「行こう」とわたしの手を握る。手を繋ぐだなんて初めてだった。
実はわたしと一樹君はまだキスもしていない。それがいきなり婚約だから我ながら驚きだ。これからこうして一歩ずつ進んでいくのだろうか。まずはこうして手を繋いで、次にキスをして、そして最後には……。
「……っ」
思わず首をぶんぶんと振ってしまう。
「瑠奈、どうした?」
「な、なんでも……」
嫌らしいことを考えていました――だなんて告白できるわけがない。それに、一樹君は恋人として付き合い始めたころからわたしを大事にしてくれた。プロポーズしてからも「君が大人になるまで待つから」と言って無理強いもしない。
大人と呼べる年はいつからなんだろう?わたしはもう一樹くんと結ばれたいと感じている。でも、わたしから口に出してもいいのだろうか。
それからわたし達は二人で坂道を下りながら、今日感じたいろいろなことを話していた。
「君の弟の陽君だけど、彼もお義父さんとは違った感じで怖いな」
「怖い?」
わたしは一樹君の意外な言葉に立ち止る。一樹君は真剣な眼差しをしている。ここにはいない陽を思い浮かべているみたいだ。
「ああ、怖い。僕はお父さんより陽君が怖い」
わたしは意味が分からず首を傾げる。
「陽が怖いなんてことないよ。陽はパパとはぜんぜん違う。確かに見た目が近づきがたいけど、話してみると本当に普通の子よ? あれで可愛いところもあるんだから。昔はセロリ食べられなかったのよ?」
「いや、そう言うことじゃなくて」
「一樹君?」
一樹君は言葉を探しあぐねている様子だ。
「目が……と言うか」
「目?」
首を振り足下に目を落とす。
「いいや、やっぱり気のせいだと思う。たぶん美形だからそう感じるんだろうな。瑠奈、よくあんな男が身内にいてぐらっとこないな。……本当に僕でよかったのか?」
思いがけない問いにわたしは一樹君を見上げた。一樹君の薄茶の眼差しに不安が浮かんでいる。そんな一樹君の顔を見るのは初めてだった。
――なぜそんなことを聞くのだろう?
一樹君だって陽と同じくらいすてきだ。背が高くてかっこよくて思いやりがあって、眼鏡の向こうの柔らかな眼差しが、わたしをいつも安心させてくれる。
「ぐらっと来るも何も弟よ? それにもう見慣れちゃったわ」
一樹君は何を言っているのかと呆れてしまう。陽のことはきょうだいとしてとても大事だ。この世でたったひとりの血を分けた命だもの。でも、それはあくまで家族のものでしかない。第一別々に育ったとは言え双子の弟に、それも血縁と分かっているのに恋愛感情を覚えるなんて異常だ。そんなことはありえないとしか言えない。
「ねえ、そんなことより」
わたしも手に力を込め満面の笑顔を浮かべる。
「三宮にパフェ食べに行こう? 美味しいところ見つけたの」
*
二組の両親と一樹君と時間をかけてじっくり相談し、わたしたちの婚約式は一〇月の終わりになった。その時期ならようやく暑さも収まり、樋野のママも車椅子で出席できると踏んだからだ。式はあくまで身内だけのもので、懇意のホテルのレストランの個室を借り、荘田の両親と樋野の両親と陽、そして一樹君のお祖母さんだけを呼ぶことになった。
ちなみに、婚約式を終えても入籍はわたしが高校を卒業し、一樹君が社会人になる三年後になっている。結婚まではわたしは今までどおりに荘田の実家で暮らす。また、どうやらパパは一樹君をM商事に入社させ、自分の仕事の手伝いをさせたいらしい。就職先は間違いないから安心しなさいと、挨拶のあとにわたしに笑顔で教えてくれた。
婚約式の準備は順調に進み、残る一週間を待つばかりとなった。わたしと一樹君はその間ほぼ毎日会い、楽しみだねと指折り数え心待ちにしていた。ところが突然の訃報によりすべてが予定が立ち消えとなってしまう。
――樋野のママが急死したのだ。
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