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第1部
03.太陽と樹木(3)
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一樹君とのデートの場所はほとんど決まっている。映画館へ行ってカフェに行って、図書館へ行ってまたカフェに行く。そこで長々とお喋りをするのが私の何よりの楽しみだった。けれども今日のわたしは話の合間にぼんやりとしてしまう。
頭に浮かぶものはあの日から変わりつつある陽の態度だった。生家へ行ってもわたしと会おうとしないのだ。忙しいからまた今度と部屋から追い払われてしまう。以前はわたしの暮らす家にも遊びに来たのに、その足もすっかり途絶えてしまっていた。
「瑠奈、どうしたんだ?」
テーブル向かいに座る一樹君が私の顔を覗き込む。
「フロートのアイスクリームが溶けているけど?」
「わ、わわっ」
わたしは慌ててカップにスプーンを入れた。アイスはもう半分が溶けコーヒーと入り混じっている。わたしはテーブルに頬杖をつき一樹君を眺めた。
「従弟って言うか弟が最近付き合ってくれなくてね。いよいよ彼女ができたのかもしれないなぁ」
「ああ、弟ってM商事の跡継ぎの? 君の家は複雑だね」
「わたしはもう部外者なんだけど、陽はその辺も大変なんだろうなー」
パパは後継者から外れたわたしにはこれ以上ないというほど甘い。なのに、陽にはとにかく厳しく勉強も、運動も一番でなければ許さない。陽はそんなパパに文句ひとつ言わずにすべての期待に応えていた。成績なら全国で一位をとったこともある。陽と私はあらゆる意味で努力も出来も違った。
「わたしはあのシゴキに耐える自信がないわ。陽は本当にすごいっていつも思うもの」
わたしの手放しの賞賛に一樹君がなんとも言えない表情になった。ぽつりと聞き捨てならない単語を含んだ台詞を呟く。
「うーん、未来の義弟がそこまですごいやつだと僕としては辛いな」
義弟?
一樹君は腕を伸ばし驚くわたしの右手を取った。
「瑠奈、早いとも思ったんだけど、君さえよければ僕と結婚しないか?」
世界の時間が一瞬止まった。わたしは混乱し首を大きく振る。
「で、でも、わたし達まだ一〇代」
「うん、それは僕もよく考えた。でも、おばさんはもう長くないんだろう?」
一樹君は慌ててもちろんそれだけじゃないと言い訳をする。
「結婚がまだ考えられないなら婚約だけでもどうだろう? 婚約式って形でちゃんと衣装も着て、おばさんに見せてあげないか? それに僕は瑠奈となら一生一緒にいたいと思うんだ」
「……」
何も答えられない私に一樹君は苦笑し、足元のリュックに手を入れ小さな箱を取り出した。鮮やかなスカイブルーのわたしの憧れのブランドの色だ。
「実はこんなものももう買ったんだ」
一樹君は箱からケースを取り出しわたしに中の金の指輪を見せた。シンプルなリングだけの石の無い指輪――それでもわたしには他のどんな宝石より輝いて見えた。
「今はこれしか買えないけど、いつかダイヤモンドのついた指輪をプレゼントするよ。瑠奈、僕は君と幸せになりたい。結婚してくれないだろうか?」
胸が一杯になり一言も出てこない。それは戸惑いからではなく、幸せが溢れ出て来るからだ。
「瑠奈、返事は?」
初恋の人と結婚できるだなんて。
わたしは小さく頷き、一樹君に左手を差し出した。
「はい、喜んで」
一樹君がほっとしたように微笑み、するりと薬指に指輪がはめられる。わたしは深々と一樹君に頭を下げた。
「これからよろしくお願いします」
「僕こそよろしく」
今この瞬間世界で一番幸せなのは私だ。
この時には心からそう考えていた。
頭に浮かぶものはあの日から変わりつつある陽の態度だった。生家へ行ってもわたしと会おうとしないのだ。忙しいからまた今度と部屋から追い払われてしまう。以前はわたしの暮らす家にも遊びに来たのに、その足もすっかり途絶えてしまっていた。
「瑠奈、どうしたんだ?」
テーブル向かいに座る一樹君が私の顔を覗き込む。
「フロートのアイスクリームが溶けているけど?」
「わ、わわっ」
わたしは慌ててカップにスプーンを入れた。アイスはもう半分が溶けコーヒーと入り混じっている。わたしはテーブルに頬杖をつき一樹君を眺めた。
「従弟って言うか弟が最近付き合ってくれなくてね。いよいよ彼女ができたのかもしれないなぁ」
「ああ、弟ってM商事の跡継ぎの? 君の家は複雑だね」
「わたしはもう部外者なんだけど、陽はその辺も大変なんだろうなー」
パパは後継者から外れたわたしにはこれ以上ないというほど甘い。なのに、陽にはとにかく厳しく勉強も、運動も一番でなければ許さない。陽はそんなパパに文句ひとつ言わずにすべての期待に応えていた。成績なら全国で一位をとったこともある。陽と私はあらゆる意味で努力も出来も違った。
「わたしはあのシゴキに耐える自信がないわ。陽は本当にすごいっていつも思うもの」
わたしの手放しの賞賛に一樹君がなんとも言えない表情になった。ぽつりと聞き捨てならない単語を含んだ台詞を呟く。
「うーん、未来の義弟がそこまですごいやつだと僕としては辛いな」
義弟?
一樹君は腕を伸ばし驚くわたしの右手を取った。
「瑠奈、早いとも思ったんだけど、君さえよければ僕と結婚しないか?」
世界の時間が一瞬止まった。わたしは混乱し首を大きく振る。
「で、でも、わたし達まだ一〇代」
「うん、それは僕もよく考えた。でも、おばさんはもう長くないんだろう?」
一樹君は慌ててもちろんそれだけじゃないと言い訳をする。
「結婚がまだ考えられないなら婚約だけでもどうだろう? 婚約式って形でちゃんと衣装も着て、おばさんに見せてあげないか? それに僕は瑠奈となら一生一緒にいたいと思うんだ」
「……」
何も答えられない私に一樹君は苦笑し、足元のリュックに手を入れ小さな箱を取り出した。鮮やかなスカイブルーのわたしの憧れのブランドの色だ。
「実はこんなものももう買ったんだ」
一樹君は箱からケースを取り出しわたしに中の金の指輪を見せた。シンプルなリングだけの石の無い指輪――それでもわたしには他のどんな宝石より輝いて見えた。
「今はこれしか買えないけど、いつかダイヤモンドのついた指輪をプレゼントするよ。瑠奈、僕は君と幸せになりたい。結婚してくれないだろうか?」
胸が一杯になり一言も出てこない。それは戸惑いからではなく、幸せが溢れ出て来るからだ。
「瑠奈、返事は?」
初恋の人と結婚できるだなんて。
わたしは小さく頷き、一樹君に左手を差し出した。
「はい、喜んで」
一樹君がほっとしたように微笑み、するりと薬指に指輪がはめられる。わたしは深々と一樹君に頭を下げた。
「これからよろしくお願いします」
「僕こそよろしく」
今この瞬間世界で一番幸せなのは私だ。
この時には心からそう考えていた。
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