悪役令嬢と金の髪の王子様

東 万里央(あずま まりお)

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「悪役令嬢と金の髪の王子様」

18.一輪の白薔薇

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 アンドリューは言葉少なに幽閉先での出来事を語る。

 殺されかけたが命だけは助かったこと。その後飛んできたお父様に保護された後、とある高名な魔術師に託され長い旅に出たこと。身の安全のために生きているとは、決して誰にも言えなかったこと――。

 私はお父様に保護されていたのだと知りショックを受けた。なぜお父様は打ち明けてくれなかったのかと思ったが、お父様からすればアンドリューが私の初恋の相手だと知らない。

 私は私でダニエル様がアンドリューだと思い込んでいた。また、お父様も子どもでしかなかった私に、アンドリューの生死を告白するなど、とても危険でできなかっただろう。

 ともあれ、私が王太子妃としての教育を受ける間に、アンドリューはその魔術師に連れられ大陸中を回った。閉ざされた王宮とはまったく違う、広く開けた色鮮やかな世界があった。様々な髪や目や肌の人々がいた。

 アンドリューは記憶を辿っているのか、ブルーグレーの瞳に懐かし気な光を浮かべる。

「富める者にも、貧しい者にも、王族にも、乞食にも、赤ん坊にも、老人にも会った。皆、驚くほどに貪欲に、眩しいほどに精一杯生きていた」

 価値観が根底から揺さぶられる思いがしたと言う。 
 
 アンドリューとともに旅をした魔術師は、ある朝アンドリューを小高い丘の上へと連れ出した。丘の上からは風に揺れる草に覆われた、果ての見えない大地があった。

 魔術師は真っ直ぐに東を指さし、アンドリューにこう問い掛けたのだそうだ。

『世界は広い。人など皆ちっぽけに見えるだろう?』

 アンドリューは圧倒されながら頷いた。

『……はい』

『だが、かつて人はこの地を切り開き、その血と汗と涙を大地への供物とし、畑を作り、村を作り、町を作り、やがて国を作った。それが今は滅んだ帝国の初代皇帝だ』

 目を見張り大地を眺めるアンドリューに、魔術師はこう告げたのだそうだ。

『アンドリュー、お前も王道を行くんだ。心と身体、二つの痛みを知るお前なら、その使命を果たせるはずだ』

 アンドリューは話を終えるとふと苦笑した。
 
「俺は、結局自分だけの力では、生き延びることも、剣を学ぶことも、王道を学ぶこともできなかった。いつも誰かの手を借りてきた」

「そんな……」

 私は繰り返し首を振った。王太子としてではない。それは人として当たり前のことだ。

「今、自分の力で掴み取れるものはこれだけだ。あの頃から少しも変わっていない」

 アンドリューは身を翻すと、木の傍にある花を手折った。

ー―それは、一輪の白い薔薇だった。

 アンドリューはその一輪を手に片膝を付いた。私に「受け取ってほしい」と差し出す。

「アンドリュー……?」

 白い花びらの一枚がそよ風に散る。何が起きているのかと目を瞬かせる私に、アンドリューは思い掛けない一言を言った。

「サンドラ、俺の妻になってくれ」

「……っ」

 私は言葉を失い息の仕方も忘れてしまった。

 アンドリューは目を逸らさない。真っ直ぐに私を見つめありのままの心を伝える。

「……俺はこれから行く道が怖い。その先にある孤独が怖いんだ。今ならなぜ父上がアイリーン様を求めたのかが分かる」

 ブルーグレーの瞳に一瞬影がよぎった。

「サンドラ、どうかともに生きて欲しい。隣に君がいるのなら、きっと何も怖くない」

「……」

 「愛している」「幸せにする」よりもずっと重い一言だった。

 その重みはアンドリューの九年間の重みであり、これから背負う支配者としての重みでもあるのだろう。

 きっと私が想像するよりずっと重い。それでも、迷いなんてなかった。

「ええ……アンドリュー」

 私はその手ごと花を包み込む。

「一緒に生きていきましょう」

 それからあの花園での日々と同じように、アンドリューの額に額を当て、「お花をありがとう」と笑った。アンドリューも「……約束っだったから」と微笑む。

 私は二度目の囁きのようなキスの後にこう言った。

「アンドリュー、あなたのお嫁さんになるわ」

 そして私たちは再び額を合わせ、くすくすと笑い合ったのだった。
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