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「悪役令嬢と金の髪の王子様」
15.変わらぬもの
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アンドリューが再び王太子に立てられてからは、お父様もお兄様もそれぞれに多忙になった。一方で、私はダニエル様と正式に婚約を破棄し、やるべきことがほとんどなくなってしまった。
日がな一日部屋でぼんやりする私を、お母様はひどく心配してくださった。気晴らしにと今日も遠出に誘ってくれたけれども、私は微笑みながらこう謝って断った。
「お母様、ありがとう。でも、私は大丈夫よ。あの時のように男の方や自分に絶望しているわけではないの」
「サンドラ……」
「だから、本当に大丈夫」
「……」
折しも季節は春から夏へと移り変わろうとしていた。窓から見える中庭の景色は緑鮮やかで美しい。 木も、草も、花も、鳥も、自然は時に応じて姿を、人は心を変えていくのだと思わせられる。
躊躇いすら見せずにダニエル様を切り捨て、アンドリューについた貴族らを思い出す。
私はダニエル様の婚約者となったばかりの頃、二つの派閥の貴族らの対立を聞かされ、双方の頑なな態度にうんざりしたことがあった。ところが今度は豹変を目の当たりにし、蝙蝠のような態度に目を白黒させるしかなかった。
だが、あれこそが貴族であり、貴族の生き方なのだ。既得権を守り、より多くの利益を得るために、時には国王や王太子ですら生け贄に捧げる。あるいは王も彼らの傀儡に過ぎないのかもしれない。
次代の王となるはずのアンドリューは、そんな海千山千の貴族らを制し、これからの荒波を乗り越えて行けるのだろうか。
気高さや一人の力量だけではどうにもできない。不要と見なされればあっさり見放され没落していく。それが国王の、支配者の生きる世界なのだ。
そして、私はこれからどの道を行けばいいのだろうか。誰のために、何のために生きていけばいいのだろうか。
もう絶望してはいない。ただ、未来が見えないだけなのだ。
そうして思い悩む私を、外の世界へと引き戻したのは、他でもないアンドリューだった。
アンドリューは多忙な合間を縫って、ロード家の屋敷へとやって来た。非公式でありお忍びの訪問である。お母様は家令は相当慌てただろう。
私はと言えば、実に数ヶ月ぶりに会い、部屋に突然現れたアンドリューを、初めは信じられずに目を見張った。
「サンドラ……」
名を呼ばれて我に返り、すぐさま立ち上がる。目上の者に対する淑女の挨拶をするためだ。ドレスの裾を摘まんで、相手の胸の位置より頭を下げる。
「いらっしゃいませ、アンド……王太子殿下」
アンドリューははっと目を見張った。
「サンドラ、アンドリューでいい」
私はアンドリューに静かに告げる。
「いいえ……あなたは既に王太子殿下です。私はその臣下に過ぎません」
私は既に王太子の婚約者ではない。例え王族の血を引くとは言え、貴族の一子女に過ぎない身だ。あの花園での幸福な日々とは何もかもが変わってしまった。
「臣下に気やすい態度はどうぞおやめください。舐められ、侮られるきっかけとなるかもしれません。どうぞ殿下は立派な王太子となってくださいませ」
アンドリューには陛下やダニエル様と、同じ道をたどって欲しくはなかった。ただお祖父様に似ているたけではない、アンドリュー自身の名と力で、偉大な王となって欲しかった。
どれだけの時が過ぎだのだろうか。頭を下げたままの私を、アンドリューが優しく抱き起こす。
驚き、「どうして……」と顔を上げると、すぐそばにあのブルーグレーの瞳があった。
「そうだな。君も俺もあの頃とはもう違う。けれども、きっと変わらないものもあるはすだ」
骨ばった手が私の頬を包み込む。アンドリューは私を真っ直ぐに見つめた。ひたむきな、九年前と同じ目だった。
「サンドラ、話があるんだ。このまま一緒に来てくれないか」
日がな一日部屋でぼんやりする私を、お母様はひどく心配してくださった。気晴らしにと今日も遠出に誘ってくれたけれども、私は微笑みながらこう謝って断った。
「お母様、ありがとう。でも、私は大丈夫よ。あの時のように男の方や自分に絶望しているわけではないの」
「サンドラ……」
「だから、本当に大丈夫」
「……」
折しも季節は春から夏へと移り変わろうとしていた。窓から見える中庭の景色は緑鮮やかで美しい。 木も、草も、花も、鳥も、自然は時に応じて姿を、人は心を変えていくのだと思わせられる。
躊躇いすら見せずにダニエル様を切り捨て、アンドリューについた貴族らを思い出す。
私はダニエル様の婚約者となったばかりの頃、二つの派閥の貴族らの対立を聞かされ、双方の頑なな態度にうんざりしたことがあった。ところが今度は豹変を目の当たりにし、蝙蝠のような態度に目を白黒させるしかなかった。
だが、あれこそが貴族であり、貴族の生き方なのだ。既得権を守り、より多くの利益を得るために、時には国王や王太子ですら生け贄に捧げる。あるいは王も彼らの傀儡に過ぎないのかもしれない。
次代の王となるはずのアンドリューは、そんな海千山千の貴族らを制し、これからの荒波を乗り越えて行けるのだろうか。
気高さや一人の力量だけではどうにもできない。不要と見なされればあっさり見放され没落していく。それが国王の、支配者の生きる世界なのだ。
そして、私はこれからどの道を行けばいいのだろうか。誰のために、何のために生きていけばいいのだろうか。
もう絶望してはいない。ただ、未来が見えないだけなのだ。
そうして思い悩む私を、外の世界へと引き戻したのは、他でもないアンドリューだった。
アンドリューは多忙な合間を縫って、ロード家の屋敷へとやって来た。非公式でありお忍びの訪問である。お母様は家令は相当慌てただろう。
私はと言えば、実に数ヶ月ぶりに会い、部屋に突然現れたアンドリューを、初めは信じられずに目を見張った。
「サンドラ……」
名を呼ばれて我に返り、すぐさま立ち上がる。目上の者に対する淑女の挨拶をするためだ。ドレスの裾を摘まんで、相手の胸の位置より頭を下げる。
「いらっしゃいませ、アンド……王太子殿下」
アンドリューははっと目を見張った。
「サンドラ、アンドリューでいい」
私はアンドリューに静かに告げる。
「いいえ……あなたは既に王太子殿下です。私はその臣下に過ぎません」
私は既に王太子の婚約者ではない。例え王族の血を引くとは言え、貴族の一子女に過ぎない身だ。あの花園での幸福な日々とは何もかもが変わってしまった。
「臣下に気やすい態度はどうぞおやめください。舐められ、侮られるきっかけとなるかもしれません。どうぞ殿下は立派な王太子となってくださいませ」
アンドリューには陛下やダニエル様と、同じ道をたどって欲しくはなかった。ただお祖父様に似ているたけではない、アンドリュー自身の名と力で、偉大な王となって欲しかった。
どれだけの時が過ぎだのだろうか。頭を下げたままの私を、アンドリューが優しく抱き起こす。
驚き、「どうして……」と顔を上げると、すぐそばにあのブルーグレーの瞳があった。
「そうだな。君も俺もあの頃とはもう違う。けれども、きっと変わらないものもあるはすだ」
骨ばった手が私の頬を包み込む。アンドリューは私を真っ直ぐに見つめた。ひたむきな、九年前と同じ目だった。
「サンドラ、話があるんだ。このまま一緒に来てくれないか」
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