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「悪役令嬢と金の髪の王子様」
11.地獄の底の傷跡
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当然だがアンドリューの突然の登場で、広間は大騒ぎになるどころではなかった。まず、ダニエル様がその場で倒れてしまった。結局調印式はお父様がダニエル様に代わって、始めから終わりまでを取り仕切った。
翌日に王都へ帰還してからは、今度は王宮中が動揺に包まれた。何せ忘れ去られたはずの第一王子が戻って来たのだ。皆、ダニエル様と同じく亡霊が現れた心境だったのだろう。
お父様とお兄様、そして私に付き添われ、アンドリューが謁見の間に現れた時、皆はまずその姿形に目を見張った。
ざわ、と部屋の両脇に並ぶ重鎮らがどよめく。
「せ、先王陛下……!?」
「リチャード様……!?」
玉座の陛下が声には出さずに、「ちちうえ……。父、上……?」と、唇を動かしたのが分かった。その目は大きく見開かれ、身体は戦慄いている。
陛下も講和派らも元開戦派らも、皆明らかに動揺していた。
アンドリューは顔色一つ変えずに、そのどよめきの中を進んで行った。玉座の手前で立ち止まると、片膝を付いて胸に手を当てる。
「ただ今長きに渡る辺境での療養より帰還いたしました。陛下の御厚情によりこの通り、健康体に回復いたしました」
「……」
陛下はねぎらいの言葉すら出ないようだ。そんな陛下を守るかのように、元開戦派の貴族が立ち塞がる。その貴族の声もはっきりと震えていた。
「待て! 貴殿は誠にアンドリュー様なのか!? あまりに……あまりに違い過ぎる。かつてアンドリュー様は……ダニエル様と双子にすら見紛うほどだったのだ!!」
この貴族の言い分も無理はない。アンドリューは九年前と今とでは、私ですら驚いたほど変わっていた。特に印象的だった髪と目がまったく違う。
アンドリューの説明によれば、十一歳を過ぎる頃から金髪は徐々にブラウンに変化し、碧眼には灰色が混じり始めたのだと言う。
子ども時代には色の淡かった髪と目が、成長の途中で濃くなることは珍しくはない。お兄様も昔は水色がかった銀髪に、やはり薄い水色の瞳だった。けれども、十六歳の誕生日までにはどちらも瑠璃色になっている。
アンドリューのブラウンの髪とブルーグレーの瞳はお祖父様譲りだ。きっと後になってその血が表に出て来たのだろう。
ところでアンドリューもダニエル様も、顔立ち自体は未だによく似ている。二人ともお祖父様の孫なのだから当然だ。ところがアンドリューにはダニエル様にはないものがあった。
まずは堂々とした立ち振る舞いと精悍さ。そして荒んだ様子はまったくなく、熱くひたむきな眼差しをしている。その二つの資質がアンドリューをお祖父様にーー君臨するにふさわしい王者に見せていた。
それでも貴族が必死に喚き立てる。
「貴殿がアンドリュー様だと言うのなら、見せてみるがいい。アンドリュー様にはあるはずの宝玉だ!!」
王族の血を引く子どもには、すり替えなどがないよう、赤ん坊の頃に魔法を施される。王家の紋章の刻み込まれた宝玉を、腕の付け根に埋め込まれるのだ。
「……」
アンドリューはすくりと立ち上がると、重鎮らに背を向け、上着をばさりと脱ぎ捨てた。慌てて例の従者が飛んで来たかと思うと、アンドリューが服を脱ぐのを手伝う。やがてアンドリューは逞しくも美しい、その上半身をさらけ出した。
お父様、お兄様とともに後ろにいた私は、初めて見る男の方の身体に、顔が真っ赤になるのを感じた。ところが手で目を塞ぐ間もなく凍り付く。
アンドリューには頬だけではない、全身に斬りつけられた傷跡があったのだ。一番ひどいものは心臓の間近にあり、背中にまで達しているようだ。恐らく一突きにされたのだろう。わずかでもその位置がずれていれば、アンドリューはこの世になかったに違いない。
重鎮らが口々に呟く。
「な、何だ……」
「あの傷跡は何なのだ。まるで殺されかけたようではないか」
陛下の顔色が一気に真っ青になり、脂汗が吹き出している。私はまさかとその変化に息を呑んだ。
重鎮らの中から宮廷魔術師の長官が、急ぎ足でアンドリューに近付く。長官はまず王族に対する敬礼を取り、「失礼いたします」と断りを入れた。続いてアンドリューの肩に埋め込まれた、大粒のサファイアの鑑定を行う。
「た、確かに、アンドリュー様の宝玉にございます」
魔術師は数分後に溜め息とともにそう告げた。
「このお方は第一王子、アンドリュー様に間違いございません」
翌日に王都へ帰還してからは、今度は王宮中が動揺に包まれた。何せ忘れ去られたはずの第一王子が戻って来たのだ。皆、ダニエル様と同じく亡霊が現れた心境だったのだろう。
お父様とお兄様、そして私に付き添われ、アンドリューが謁見の間に現れた時、皆はまずその姿形に目を見張った。
ざわ、と部屋の両脇に並ぶ重鎮らがどよめく。
「せ、先王陛下……!?」
「リチャード様……!?」
玉座の陛下が声には出さずに、「ちちうえ……。父、上……?」と、唇を動かしたのが分かった。その目は大きく見開かれ、身体は戦慄いている。
陛下も講和派らも元開戦派らも、皆明らかに動揺していた。
アンドリューは顔色一つ変えずに、そのどよめきの中を進んで行った。玉座の手前で立ち止まると、片膝を付いて胸に手を当てる。
「ただ今長きに渡る辺境での療養より帰還いたしました。陛下の御厚情によりこの通り、健康体に回復いたしました」
「……」
陛下はねぎらいの言葉すら出ないようだ。そんな陛下を守るかのように、元開戦派の貴族が立ち塞がる。その貴族の声もはっきりと震えていた。
「待て! 貴殿は誠にアンドリュー様なのか!? あまりに……あまりに違い過ぎる。かつてアンドリュー様は……ダニエル様と双子にすら見紛うほどだったのだ!!」
この貴族の言い分も無理はない。アンドリューは九年前と今とでは、私ですら驚いたほど変わっていた。特に印象的だった髪と目がまったく違う。
アンドリューの説明によれば、十一歳を過ぎる頃から金髪は徐々にブラウンに変化し、碧眼には灰色が混じり始めたのだと言う。
子ども時代には色の淡かった髪と目が、成長の途中で濃くなることは珍しくはない。お兄様も昔は水色がかった銀髪に、やはり薄い水色の瞳だった。けれども、十六歳の誕生日までにはどちらも瑠璃色になっている。
アンドリューのブラウンの髪とブルーグレーの瞳はお祖父様譲りだ。きっと後になってその血が表に出て来たのだろう。
ところでアンドリューもダニエル様も、顔立ち自体は未だによく似ている。二人ともお祖父様の孫なのだから当然だ。ところがアンドリューにはダニエル様にはないものがあった。
まずは堂々とした立ち振る舞いと精悍さ。そして荒んだ様子はまったくなく、熱くひたむきな眼差しをしている。その二つの資質がアンドリューをお祖父様にーー君臨するにふさわしい王者に見せていた。
それでも貴族が必死に喚き立てる。
「貴殿がアンドリュー様だと言うのなら、見せてみるがいい。アンドリュー様にはあるはずの宝玉だ!!」
王族の血を引く子どもには、すり替えなどがないよう、赤ん坊の頃に魔法を施される。王家の紋章の刻み込まれた宝玉を、腕の付け根に埋め込まれるのだ。
「……」
アンドリューはすくりと立ち上がると、重鎮らに背を向け、上着をばさりと脱ぎ捨てた。慌てて例の従者が飛んで来たかと思うと、アンドリューが服を脱ぐのを手伝う。やがてアンドリューは逞しくも美しい、その上半身をさらけ出した。
お父様、お兄様とともに後ろにいた私は、初めて見る男の方の身体に、顔が真っ赤になるのを感じた。ところが手で目を塞ぐ間もなく凍り付く。
アンドリューには頬だけではない、全身に斬りつけられた傷跡があったのだ。一番ひどいものは心臓の間近にあり、背中にまで達しているようだ。恐らく一突きにされたのだろう。わずかでもその位置がずれていれば、アンドリューはこの世になかったに違いない。
重鎮らが口々に呟く。
「な、何だ……」
「あの傷跡は何なのだ。まるで殺されかけたようではないか」
陛下の顔色が一気に真っ青になり、脂汗が吹き出している。私はまさかとその変化に息を呑んだ。
重鎮らの中から宮廷魔術師の長官が、急ぎ足でアンドリューに近付く。長官はまず王族に対する敬礼を取り、「失礼いたします」と断りを入れた。続いてアンドリューの肩に埋め込まれた、大粒のサファイアの鑑定を行う。
「た、確かに、アンドリュー様の宝玉にございます」
魔術師は数分後に溜め息とともにそう告げた。
「このお方は第一王子、アンドリュー様に間違いございません」
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