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「悪役令嬢と金の髪の王子様」
01.裏切りと断罪
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なぜ、私がこのような辱めを受けなくてはならないのだろうか。私が何をしたと言うのだろうか?
私はアレクサンドラ・ソフィア・ロードーーウエストランド公・ロード公爵家の息女である。この王国の第二王子であるダニエル様の婚約者でもあった。「あった」とは既に過去になろうとしているからだ。
ダニエル様は第二王子ではあるものの、様々な理由から次期国王として有力視されている。そんなダニエル様と十二歳で婚約して以来、私は王妃にふさわしい女性になろうと、日々努力を積み重ねてきた。
私は器用でも要領がよいわけでもない。外交のための語学にも、社交のためのダンスにも、内政のための政治学にも、人一倍の努力が必要だった。心から気が抜けた時など一度もなかった。
その六年にも渡る努力が今日、無駄になろうとしている。
私は呆然とダニエル様を見つめた。
「ダニエル様……今何とおっしゃいましたか?」
聞き違いであって欲しいと願う。誰でもそう考えるだろう。第二王子ともあろう方が公衆の面前で、しかも建国三百年の祝賀のパーティーで婚約を破棄し、全てを台無しにするなどありえない。
ところがダニエル様は顔を歪め、青い目で私を睨み付けている。その隣にはピンクの髪にグリーンの瞳、白いドレス姿の少女が震えながら立っていた。美しいと言うよりは愛らしく、小柄で華奢な体型だった。女にしてはすらりと背が高く、なのに胸は不釣り合いに大きい、黒髪に黒目の私とは正反対だ。
この一見無害な令嬢には見覚えがある。リー男爵家の養女であるリリアンだ。男爵が庶子を引き取ったとは聞いたが、母親やそれまでの経歴などの、はっきりとした氏素性が分からない。そのために私は彼女の動向を警戒していた。その警戒がこんな形で裏目に出るとは思わなかった。
ダニエル様が冷酷に同じ言葉を繰り返す。
「君は頭だけは多少マシな女だと思っていたよ……。分からないなら理解できるまで言ってやろうか。アレクサンドラ、君との婚約はこの場を以て破棄する。代わってリリアンが僕の妻になるんだ」
私は倒れそうになるのをどうにか耐えた。王族を含む周囲の招待客らが、息を飲んで私たちを見守っている。淑女として醜態を晒すわけにはいかなかった。
「……理由をお聞きしてもよろしいですか」
ダニエル様はフンと鼻を鳴らした。
「数え上げるのも嫌なほどだ。身分を盾にリリアンを差別し、男爵家の養女風情が高位貴族に近付くなと言ったそうだな?」
私は溜め息を吐きながら答える。
「……婚約者のある男性に声をかけるなど、どの身分の女性であろうと許されません」
確かにリリアンに無闇に近づくなとは言った。だが、それは言った通りに婚約者のいる男性限定である。リリアンは宰相の息子や宮廷魔術師、騎士団長などの有望な男性に、片端から声をかけていたのだ。その全員に家柄の釣り合う婚約者があった。そこにはダニエル様も含まれている。
ダニエル様は一瞬言葉に詰まったが、それでも私を断罪する姿勢は変えない。
「おまけにリリアンから母の形見を取り上げたそうだな?」
「そのような愚かな真似をした記憶はございません」
「嘘をつくな! 階段から突き落とそうともしただろう!!」
私は並べ立てられる罪状をどこか遠くで聞きながら、ダニエル様と初めて会ったあの日を思い出していた。
私はアレクサンドラ・ソフィア・ロードーーウエストランド公・ロード公爵家の息女である。この王国の第二王子であるダニエル様の婚約者でもあった。「あった」とは既に過去になろうとしているからだ。
ダニエル様は第二王子ではあるものの、様々な理由から次期国王として有力視されている。そんなダニエル様と十二歳で婚約して以来、私は王妃にふさわしい女性になろうと、日々努力を積み重ねてきた。
私は器用でも要領がよいわけでもない。外交のための語学にも、社交のためのダンスにも、内政のための政治学にも、人一倍の努力が必要だった。心から気が抜けた時など一度もなかった。
その六年にも渡る努力が今日、無駄になろうとしている。
私は呆然とダニエル様を見つめた。
「ダニエル様……今何とおっしゃいましたか?」
聞き違いであって欲しいと願う。誰でもそう考えるだろう。第二王子ともあろう方が公衆の面前で、しかも建国三百年の祝賀のパーティーで婚約を破棄し、全てを台無しにするなどありえない。
ところがダニエル様は顔を歪め、青い目で私を睨み付けている。その隣にはピンクの髪にグリーンの瞳、白いドレス姿の少女が震えながら立っていた。美しいと言うよりは愛らしく、小柄で華奢な体型だった。女にしてはすらりと背が高く、なのに胸は不釣り合いに大きい、黒髪に黒目の私とは正反対だ。
この一見無害な令嬢には見覚えがある。リー男爵家の養女であるリリアンだ。男爵が庶子を引き取ったとは聞いたが、母親やそれまでの経歴などの、はっきりとした氏素性が分からない。そのために私は彼女の動向を警戒していた。その警戒がこんな形で裏目に出るとは思わなかった。
ダニエル様が冷酷に同じ言葉を繰り返す。
「君は頭だけは多少マシな女だと思っていたよ……。分からないなら理解できるまで言ってやろうか。アレクサンドラ、君との婚約はこの場を以て破棄する。代わってリリアンが僕の妻になるんだ」
私は倒れそうになるのをどうにか耐えた。王族を含む周囲の招待客らが、息を飲んで私たちを見守っている。淑女として醜態を晒すわけにはいかなかった。
「……理由をお聞きしてもよろしいですか」
ダニエル様はフンと鼻を鳴らした。
「数え上げるのも嫌なほどだ。身分を盾にリリアンを差別し、男爵家の養女風情が高位貴族に近付くなと言ったそうだな?」
私は溜め息を吐きながら答える。
「……婚約者のある男性に声をかけるなど、どの身分の女性であろうと許されません」
確かにリリアンに無闇に近づくなとは言った。だが、それは言った通りに婚約者のいる男性限定である。リリアンは宰相の息子や宮廷魔術師、騎士団長などの有望な男性に、片端から声をかけていたのだ。その全員に家柄の釣り合う婚約者があった。そこにはダニエル様も含まれている。
ダニエル様は一瞬言葉に詰まったが、それでも私を断罪する姿勢は変えない。
「おまけにリリアンから母の形見を取り上げたそうだな?」
「そのような愚かな真似をした記憶はございません」
「嘘をつくな! 階段から突き落とそうともしただろう!!」
私は並べ立てられる罪状をどこか遠くで聞きながら、ダニエル様と初めて会ったあの日を思い出していた。
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