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第三章「侍女ですが、○○○に昇格しました。」

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 まさか、教皇に誘拐されたのか。

 わけがわからず「なぜ」と口走る。鉄格子を握る手に知らず力がこもった。

「あの子に……リュカ君に命令したのもあなたなんですか⁉」

 なら決して許せなかった。子どもを使い捨てにするなど、教皇以前に人間の所業ではない。

 アレクサンドル二世はソランジュの問いには答えず、「……やはり同じ目だ」と唸った。

「イアサントめ、復讐のために生まれ変わったのか……。儂を殺すために何度も、何度も……!」

 ソランジュは教皇が何を言いたいのか理解できずに戸惑った。

「イアサント……?」

 アレクサンドル二世は足下に目を落とし、何やらブツブツ呟いている。

「いいや、儂は今度こそ勝利するのだ。貴様の肉体も魂も粉々になるまで踏み躙ってやる」

「……っ」

 本気だとわかるその一言に背筋がぞっとした。鉄格子から手を離して後ずさる。

 アレクサンドル二世が再び顔を上げる。その目は正気と狂気の狭間でぐらぐら揺れていた。

「おお、そうだ。そうすればよかった」

 牢獄に歩み寄り鉄格子に片手を掛ける。

「魔祓いの男に貴様を犯させる」

「な、にを言って……」

「新たな魔祓いを孕む母体となるのだ。何、殺しはしない。儂を脅かした償いとして今後はせいぜい教会の役に立ってもらおう」

 恐ろしさで声が出てこない。

 アレクサンドル二世はそんなソランジュを見て満足げに頷くと、今度はけたたましく笑い声を響かせながら地下牢を出ていった。

 それから間もなく騎士たちがやって来たかと思うと、また後ろ手に拘束され牢獄から連れ出される。

「や……めてっ!」

 必死の抵抗は鍛え抜かれた騎士たちの前では抵抗にもならなかった。

 連行された先はやはり鉄格子のある部屋だったが、中には枕とクッション付きの清潔なベッドや長椅子、テーブルなどの家具があった。室内はいくつものランプで明るい。高貴な囚人用の牢獄なのだと思われた。

 しかし、牢獄であるのには変わりない。

「きゃっ!」

 今度は荒縄を解かれぬままベッドに放り投げられる。

「ここで大人しくしていろ」

「……っ」

 鉄格子の扉が軋む音を立てて閉ざされるのを絶望的な思いで見つめる。

 アレクサンドル二世は魔祓いの男に自分を犯させると言っていた。しかも、新たな魔祓いを孕ませるつもりだとも。

 ざっと肌が粟立つ。

 アルフレッド以外の男に抱かれるなど冗談ではない。

 なんとか体を起こし、荒縄を解こうとするができない。それどころか体勢を崩してベッドに俯せに倒れ込んでしまった。

「……っ」

 不安と恐怖で涙が滲みシーツにシミを作る。

「アルフレッド様ぁ……」

 声もなく泣き続けているとふと、優しく背を撫でてくれた、愛する人の手の大きさを思い出した。その温もりの思い出がソランジュに勇気を与える。

「……っ」

 諦めてはいけないと力を振り絞ってまた体を起こす。

「……神様、感謝します」

 あの晩秋の夜前世の記憶を思い出していなければ、すべてを諦め伯爵邸で死んだように生きていっただろうから。

 今は違う。自分を必要としてくれるアルフレッドのために前を向きたかった。

 必死にどう逃げ出すのかを考える。

 チャンスがあるのだとすれば、魔払いの男が来たその時だろう。確実に鍵を開けることになるだろうから、その時突進し、体当たりして抜け出す。

「……よし」

 小さく頷き男が来るのを待つ。

 それからどれだけの時が過ぎたのだろうか。コツコツと廊下から足音が聞こえてきた。

 いつでも走り出せるようにベッドの縁から腰を浮かせる。

 現れたのは山吹色のローブに身を包み、同じ色のカロットを頭に乗せた、三十代半ばほどの司教だった。どうやらこの司教が教皇のあてがった男らしい。

 長身痩躯でくせのあるアッシュブロンドの短髪、琥珀色の瞳で、顔立ちの整った知的な印象の男だったが好意を抱けるはずもなかった。

 それにしてもまた教会関係者かとげんなりする。いくら教皇の命令とはいえ、女を犯せと命じられ、言われるままに犯しにくるなど、同様に狂っているとしか思えなかった。

 いずれにせよ、やるべきことはただひとつ。

 司教が鍵を開けるのと同時に立ち上がる。一気に走り出し体当たりを仕掛ける。

 しかし、いくら神に祈るばかりの日々でも相手は男性。ソランジュの攻撃は呆気なく男に抱き留められ、封じられてしまった。

 そのまま抱き上げられ、ベッドに横たえられる。

 ソランジュは足をバタつかせた。

「はっ……放してっ……!」
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