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第三章「侍女ですが、○○○に昇格しました。」

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 大分歩かされたので息が切れる。

「おい、まだか」

「もうすぐですから」

 宥められ連れて来られた階は一際廊下も窓も広く、特別な場所であることが窺えた。

「ほうほう、こんなところもあったのか。ん……?」

 気が付くとつい先ほどまで隣にいた女が姿を消している。

 準備のために先に寝室に行ったのだろうか。

 その寝室は一体どこだと辺りを見回していると、曲がり角から薄紅色のドレスを身に纏った、咲いたばかりのマロニエの花を思わせる女が現れた。

「おおっ……」

 もう一人の大柄な娼婦とは対照的な可憐な女だった。アルコールで危うく揺れる視界の中、輪郭のぶれる横顔しか見えないのにもう美しいとわかる。

 女というよりはまだ少女と言った方がいいか。年の頃十七、八歳で、ほっそりとした肢体とそれに見合わぬ豊かな胸、腰まで伸びた朝日を紡いだような淡い、眩い黄金の巻き毛に目を奪われる。

 好みから外れるが金髪だし十分守備範囲内。今宵は派手系と清楚系、二人の美女を侍らせようとワクワクした。

「これ、そこの女」

 女が驚いて立ち止まる。

「教皇……様? なぜここに?」

「寝室はどこだ。案内しなさい」

 女は困ったように辺りを見回していたが、やがて「かしこまりました」と頷き、おずおずとアレクサンドル二世の隣に立った。

「ええっと、教皇様の宿泊されているお部屋ですよね? 迷ったんですか?」

「ん? 何を言っておる」

 細腰に手を回しむにむにと指先で柔肌を嬲る。

「……っ」

 女は目を見開いて硬直し、「や、止めてください」と蚊の鳴くような声で懇願した。気が強いタイプではないようだ。

「これが仕事だろう」

 ついでに手を伸ばし、胸を揉もうとしたところで、女が悲鳴を上げて飛び退いた。

「なっ……何をなさるんですか!」

 しかし、その拒絶もアレクサンドル二世にはプレイの一環だとしか捉えられなかった。

「なるほど、なるほど、そういう趣旨か。たまにはいいだろう」

 ずかずかと怯える女に近付き壁際に追い詰める。

 ふと視線をずらすと近くの扉がわずかに開いており、隙間からベッドらしきものが見える。

 なるほどここかと足で蹴り開け、女の手首を掴んで連れ込んだ。

「いやあっ……!」

 高い声の悲鳴に嗜虐心をゾクゾクとそそられる。なるほど、これは世にも男にも慣れた大人の女では味わえない。

「いい声だ。ベッドの上ではもっといい声で鳴くのだろうなあ」

 女は必死に抵抗し、手足をバタつかせていたが、所詮女は非力だ。ベッドに押し倒して伸し掛かり、喉元をぐっと押さえると、首を絞められると思ったのか怯えて身を竦ませた。

「……っ」

「いい加減大人しくしなさい。演技は初めの五分だけでいい」

 可愛い顔を拝んでやろうと顔を近付ける。

「どれどれ、どんな目の色をしている? 茶か? 緑か? 紫か?」

 乱れた髪を払って顎を掴み、涙で潤んだその瞳を見て息を呑んだ。

 黄金をそのまま瞳の形に削り取ったのかと錯覚する純金色。この世のどの色よりも気高い、至高の光の色だったからだ。

「なっ……」

 驚愕のあまり弾かれたように身を起こす。ベッドに手をつき尻で後ずさる。

「――なぜお前があの男と同じ目をしている⁉」

 アレクサンドル二世は光を体現したその瞳を見たことがあった。

 忘れるはずがない。忘れたいのに忘れられない。今でも時折思い出し悪夢に魘されるほどなのだ。

 教皇にまで登り詰めた身に唯一恐怖を味合わせたあの男――。

――魔女狩りの最中のことだった。

 当時大司教だったアレクサンドル二世は罠をかけ、魔祓いの一族、ガラティア家のおさの男を捕らえ、魔女狩りの本拠地である教皇領の教会に連れて来させた。

 ガラティア家は古くより続く一族で、女神ルクスの直系の子孫だと名乗り、実際のその能力に並び立つ者はいなかった。特に当時の長の力は歴代の長の中でも際立っており、見るだけで魔を祓う破邪の目の持ち主だと聞いていた。

 アレクサンドル二世はこの男――イアサントを支配下に置きたかった。ガラティア家はエイエール南方に広大な領地を所有し、すべての魔祓いを束ね、率いている。イアサントが従いさえすれば南エイエールと魔祓いを教会の管轄下に置けると踏んだのだ。

『面を上げよ』

 両手首を後ろ手に縛られ、その場に跪かされたイアサントは、ゆっくり顔を上げ、敵意に満ちた目でアレクサンドル二世を睨め付けた。

 二十代半ばの美しい男だった。長身痩躯でロイヤルブルーの衣装と山吹色のマントがよく似合っている。

 くせのない金髪は長く背まで伸びており、一つに束ねられている。男も髪を長く伸ばすのはガラティア家の伝統だと聞いていた。髪にも光の女神ルクスの聖なる光が宿るからだと。

 瞳の色もまた黄金色で見栄えがし、寵臣として囲いたいほどだ。アレクサンドル二世は内心それも悪くないと頷いた。

『これ、そのように睨むでない。悪いようにはしない。儂に仕えんか』

『なんだと……?』

『よいか。世の流れというものがある。あのような邪神を信じる者はもはや魔祓いくらいだ。そんな邪神のために身を滅ぼすなど愚かとは思わんか』

『……』

 次の瞬間、射殺さんばかりの視線に射貫かれ、弾かれるように椅子から立ち上がり、後ずさる。

 本当に、視線だけで殺されると震え上がったのだ。

 イアサントの瞳の奥に黄金の怒りの炎が燃え上がる。

『貴様、祀る神は違えども、聖職者でありながら数多の民草に手を掛け、大地に血を流し穢したな』

「私には見える」と唸る。

『人々の憎悪が、怨念が凝り魔となり貴様に取り憑き、破滅させる未来が。あるいは、貴様自身が魔と化したのか?』

『なっ……私が魔に取り憑かれているだと⁉』

 何を血迷ったことをと反論しようとして、背後に悪寒を覚えて振り返り、目を見開いた。
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