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第二章「容疑者ですが、侍女に昇格しました。」
(14)
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もう日付は翌日に変わっているのに、一体何をしているのだろう。
もう一度確かめようとしたのだが、雲のヴェールに覆われた月明かりでは頼りない。
アルフレッドは国王であり、王国軍の最高指揮官であり、屈強な肉体の持ち主だ。加えて剣の腕では大陸で並び立つ者がない。
しかも、ここは城壁と衛兵に守られた王宮の敷地内だ。一人歩きをしてもなんの問題もないとわかっているが、なぜか妙な胸騒ぎがしてならなかった。
ソランジュは扉に駆け寄り、思い切って扉に手を掛けた。
今まで実質軟禁されていたので、てっきり鍵が掛けられているのかと思いきや、軽く軋む音とともにゆっくりと開く。廊下に見張りもいなかった。
息を呑みながらも一歩踏み出す。あとで咎められるかもしれなかったが構わなかった。
壁掛けランプが数十メートルおきに設置されているが、この世界の燃料はまだ効率が悪く灯りは弱い。あとは窓から差し込む儚い月光だけが頼りだった。
深夜の石造りの廊下は足音が不気味に響き渡る。ソランジュは恐ろしさを堪えながら、階段を下り、導かれるように外への出入り口を見つけて抜け出した。
敷地内には庭園がいくつか設けられており、王宮裏手にも春や夏には色とりどりの花が咲き誇る花畑があるが、冬の今はすべてが枯れ果てひっそりとしている。
そして、アルフレッドは一人でそこで佇んでいた。寝間着にマントを羽織っただけに見える。同じく眠れなかったのだろうか。
不意に肌を刺す冬の風が薄雲を払い、欠けた月がアルフレッドをくっきりと照らし出す。
アルフレッドは手に剣を持って天にかざしていた。恐らく愛剣のレヴァインだ。剣でありながら意志を持ち、みずからあるじを選ぶという魔剣――。
黒い瞳は不吉に黒光りのする刀身に向けられている。
その姿はたった一頭で月を見上げ、遠吠えをする狼さながらに孤独に見えた。
ソランジュははっとして目を瞬かせた。
闇よりも深く黒く、禍々しい霧がアルフレッドに纏わり付き、その身を呑み込まんとして蠢いている。
「……!」
気が付くと無我夢中で飛び出し、広い背に抱き付いていた。その拍子にアルフレッドの手から魔剣が落ちる。
「駄目っ……! 離れてっ……!」
この霧は魔だ。血の穢れを受けた時と満月の夜だけだと思っていたのになぜ――。
アルフレッドを庇おうと手を広げる。
「あっちへ行ってっ……! アルフレッド様に近付かないでっ……!」
冬の夜空にソランジュの悲鳴が響き渡る。
同時に、ソランジュに拒絶された魔も甲高い声で絶叫し、取り憑いていたアルフレッドから離れる。そして、悶え苦しむように全体がぐにゃりと歪んだかと思うと、次の瞬間にはその黒い霧を一瞬で四散させ、跡形もなく消え失せた。
「……っ」
逞しい背に顔を埋める。
心臓が早鐘を打っている。アルフレッドを守れた安堵から、足から力が抜け落ちそうになった。
すかさずアルフレッドが振り返り手を伸ばし、ソランジュの華奢な体を支え、胸にもたれさせる。
「ソランジュ、なぜここにいる」
それよりもと四散した魔のあった空間を凝視した。
「お前があの魔を祓ったのか」
ソランジュはアルフレッドのマントを握り締めた。
「アルフレッド様……あの魔は……いつから取り憑いていたのですか」
アルフレッドの目がソランジュに移る。
「さあな。昨日だったか今日だったか」
「……っ」
つまり、全体的に魔の影響が強まりつつあるということだ。
こんな設定は黒狼戦記では書かれていなかったと愕然とする。ようやくレジスが危機感を抱いて研究を急ぐわけがわかった。
やっとの思いで声を出す。
「恐くは……ないんですか」
「……」
アルフレッドは答えの代わりに地に転がるレヴァインを見つめた。
「魔はこの世に生まれ落ちた時からともにあった」
もはや光よりも馴染んでいると呟く。
「俺は母の胸の代わりに呪いに抱かれ、乳の代わりに魔を啜って育ったようなものだからな」
それでも時折今夜のような夜には、レヴァインの刀身にみずからを映し、問い掛けるのだ、とアルフレッドは語る。
「俺は人なのか、魔なのか、それとも――」
ソランジュは堪らずにアルフレッドの胸に縋り付いた。
「――あなたは人間です!」
人間でありたいと願う限り人間でしかないのだと訴える。
「お願い。どうかあなたでいて……」
アルフレッドが母の呪い通りに父王を牙で切り裂いた時のような、あんな恐ろしい異形に二度となってほしくはなかった。
アルフレッドはソランジュを見下ろしていたが、やがて細い背に手を回し、そっと胸に抱き締めて目を閉じた。
「……ああ、そうだな」
また風が吹き月を覆い隠す。
「人の男でなければお前を抱けない」
ソランジュの耳にかかるアルフレッドの吐息は、凍て付く夜気とは対照的に熱かった。
もう一度確かめようとしたのだが、雲のヴェールに覆われた月明かりでは頼りない。
アルフレッドは国王であり、王国軍の最高指揮官であり、屈強な肉体の持ち主だ。加えて剣の腕では大陸で並び立つ者がない。
しかも、ここは城壁と衛兵に守られた王宮の敷地内だ。一人歩きをしてもなんの問題もないとわかっているが、なぜか妙な胸騒ぎがしてならなかった。
ソランジュは扉に駆け寄り、思い切って扉に手を掛けた。
今まで実質軟禁されていたので、てっきり鍵が掛けられているのかと思いきや、軽く軋む音とともにゆっくりと開く。廊下に見張りもいなかった。
息を呑みながらも一歩踏み出す。あとで咎められるかもしれなかったが構わなかった。
壁掛けランプが数十メートルおきに設置されているが、この世界の燃料はまだ効率が悪く灯りは弱い。あとは窓から差し込む儚い月光だけが頼りだった。
深夜の石造りの廊下は足音が不気味に響き渡る。ソランジュは恐ろしさを堪えながら、階段を下り、導かれるように外への出入り口を見つけて抜け出した。
敷地内には庭園がいくつか設けられており、王宮裏手にも春や夏には色とりどりの花が咲き誇る花畑があるが、冬の今はすべてが枯れ果てひっそりとしている。
そして、アルフレッドは一人でそこで佇んでいた。寝間着にマントを羽織っただけに見える。同じく眠れなかったのだろうか。
不意に肌を刺す冬の風が薄雲を払い、欠けた月がアルフレッドをくっきりと照らし出す。
アルフレッドは手に剣を持って天にかざしていた。恐らく愛剣のレヴァインだ。剣でありながら意志を持ち、みずからあるじを選ぶという魔剣――。
黒い瞳は不吉に黒光りのする刀身に向けられている。
その姿はたった一頭で月を見上げ、遠吠えをする狼さながらに孤独に見えた。
ソランジュははっとして目を瞬かせた。
闇よりも深く黒く、禍々しい霧がアルフレッドに纏わり付き、その身を呑み込まんとして蠢いている。
「……!」
気が付くと無我夢中で飛び出し、広い背に抱き付いていた。その拍子にアルフレッドの手から魔剣が落ちる。
「駄目っ……! 離れてっ……!」
この霧は魔だ。血の穢れを受けた時と満月の夜だけだと思っていたのになぜ――。
アルフレッドを庇おうと手を広げる。
「あっちへ行ってっ……! アルフレッド様に近付かないでっ……!」
冬の夜空にソランジュの悲鳴が響き渡る。
同時に、ソランジュに拒絶された魔も甲高い声で絶叫し、取り憑いていたアルフレッドから離れる。そして、悶え苦しむように全体がぐにゃりと歪んだかと思うと、次の瞬間にはその黒い霧を一瞬で四散させ、跡形もなく消え失せた。
「……っ」
逞しい背に顔を埋める。
心臓が早鐘を打っている。アルフレッドを守れた安堵から、足から力が抜け落ちそうになった。
すかさずアルフレッドが振り返り手を伸ばし、ソランジュの華奢な体を支え、胸にもたれさせる。
「ソランジュ、なぜここにいる」
それよりもと四散した魔のあった空間を凝視した。
「お前があの魔を祓ったのか」
ソランジュはアルフレッドのマントを握り締めた。
「アルフレッド様……あの魔は……いつから取り憑いていたのですか」
アルフレッドの目がソランジュに移る。
「さあな。昨日だったか今日だったか」
「……っ」
つまり、全体的に魔の影響が強まりつつあるということだ。
こんな設定は黒狼戦記では書かれていなかったと愕然とする。ようやくレジスが危機感を抱いて研究を急ぐわけがわかった。
やっとの思いで声を出す。
「恐くは……ないんですか」
「……」
アルフレッドは答えの代わりに地に転がるレヴァインを見つめた。
「魔はこの世に生まれ落ちた時からともにあった」
もはや光よりも馴染んでいると呟く。
「俺は母の胸の代わりに呪いに抱かれ、乳の代わりに魔を啜って育ったようなものだからな」
それでも時折今夜のような夜には、レヴァインの刀身にみずからを映し、問い掛けるのだ、とアルフレッドは語る。
「俺は人なのか、魔なのか、それとも――」
ソランジュは堪らずにアルフレッドの胸に縋り付いた。
「――あなたは人間です!」
人間でありたいと願う限り人間でしかないのだと訴える。
「お願い。どうかあなたでいて……」
アルフレッドが母の呪い通りに父王を牙で切り裂いた時のような、あんな恐ろしい異形に二度となってほしくはなかった。
アルフレッドはソランジュを見下ろしていたが、やがて細い背に手を回し、そっと胸に抱き締めて目を閉じた。
「……ああ、そうだな」
また風が吹き月を覆い隠す。
「人の男でなければお前を抱けない」
ソランジュの耳にかかるアルフレッドの吐息は、凍て付く夜気とは対照的に熱かった。
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