上 下
23 / 60
第二章「容疑者ですが、侍女に昇格しました。」

(14)

しおりを挟む
 もう日付は翌日に変わっているのに、一体何をしているのだろう。


 もう一度確かめようとしたのだが、雲のヴェールに覆われた月明かりでは頼りない。


 アルフレッドは国王であり、王国軍の最高指揮官であり、屈強な肉体の持ち主だ。加えて剣の腕では大陸で並び立つ者がない。


 しかも、ここは城壁と衛兵に守られた王宮の敷地内だ。一人歩きをしてもなんの問題もないとわかっているが、なぜか妙な胸騒ぎがしてならなかった。


 ソランジュは扉に駆け寄り、思い切って扉に手を掛けた。


 今まで実質軟禁されていたので、てっきり鍵が掛けられているのかと思いきや、軽く軋む音とともにゆっくりと開く。廊下に見張りもいなかった。


 息を呑みながらも一歩踏み出す。あとで咎められるかもしれなかったが構わなかった。


 壁掛けランプが数十メートルおきに設置されているが、この世界の燃料はまだ効率が悪く灯りは弱い。あとは窓から差し込む儚い月光だけが頼りだった。


 深夜の石造りの廊下は足音が不気味に響き渡る。ソランジュは恐ろしさを堪えながら、階段を下り、導かれるように外への出入り口を見つけて抜け出した。


 敷地内には庭園がいくつか設けられており、王宮裏手にも春や夏には色とりどりの花が咲き誇る花畑があるが、冬の今はすべてが枯れ果てひっそりとしている。


 そして、アルフレッドは一人でそこで佇んでいた。寝間着にマントを羽織っただけに見える。同じく眠れなかったのだろうか。


 不意に肌を刺す冬の風が薄雲を払い、欠けた月がアルフレッドをくっきりと照らし出す。


 アルフレッドは手に剣を持って天にかざしていた。恐らく愛剣のレヴァインだ。剣でありながら意志を持ち、みずからあるじを選ぶという魔剣――。


 黒い瞳は不吉に黒光りのする刀身に向けられている。


 その姿はたった一頭で月を見上げ、遠吠えをする狼さながらに孤独に見えた。


 ソランジュははっとして目を瞬かせた。


 闇よりも深く黒く、禍々しい霧がアルフレッドに纏わり付き、その身を呑み込まんとして蠢いている。


「……!」


 気が付くと無我夢中で飛び出し、広い背に抱き付いていた。その拍子にアルフレッドの手から魔剣が落ちる。


「駄目っ……! 離れてっ……!」


 この霧は魔だ。血の穢れを受けた時と満月の夜だけだと思っていたのになぜ――。


 アルフレッドを庇おうと手を広げる。


「あっちへ行ってっ……! アルフレッド様に近付かないでっ……!」


 冬の夜空にソランジュの悲鳴が響き渡る。


 同時に、ソランジュに拒絶された魔も甲高い声で絶叫し、取り憑いていたアルフレッドから離れる。そして、悶え苦しむように全体がぐにゃりと歪んだかと思うと、次の瞬間にはその黒い霧を一瞬で四散させ、跡形もなく消え失せた。


「……っ」


 逞しい背に顔を埋める。


 心臓が早鐘を打っている。アルフレッドを守れた安堵から、足から力が抜け落ちそうになった。


 すかさずアルフレッドが振り返り手を伸ばし、ソランジュの華奢な体を支え、胸にもたれさせる。


「ソランジュ、なぜここにいる」


 それよりもと四散した魔のあった空間を凝視した。


「お前があの魔を祓ったのか」


 ソランジュはアルフレッドのマントを握り締めた。


「アルフレッド様……あの魔は……いつから取り憑いていたのですか」


 アルフレッドの目がソランジュに移る。


「さあな。昨日だったか今日だったか」


「……っ」


 つまり、全体的に魔の影響が強まりつつあるということだ。


 こんな設定は黒狼戦記では書かれていなかったと愕然とする。ようやくレジスが危機感を抱いて研究を急ぐわけがわかった。


 やっとの思いで声を出す。


「恐くは……ないんですか」


「……」


 アルフレッドは答えの代わりに地に転がるレヴァインを見つめた。


「魔はこの世に生まれ落ちた時からともにあった」


 もはや光よりも馴染んでいると呟く。


「俺は母の胸の代わりに呪いに抱かれ、乳の代わりに魔を啜って育ったようなものだからな」


 それでも時折今夜のような夜には、レヴァインの刀身にみずからを映し、問い掛けるのだ、とアルフレッドは語る。


「俺は人なのか、魔なのか、それとも――」


 ソランジュは堪らずにアルフレッドの胸に縋り付いた。


「――あなたは人間です!」


 人間でありたいと願う限り人間でしかないのだと訴える。


「お願い。どうかあなたでいて……」


 アルフレッドが母の呪い通りに父王を牙で切り裂いた時のような、あんな恐ろしい異形に二度となってほしくはなかった。


 アルフレッドはソランジュを見下ろしていたが、やがて細い背に手を回し、そっと胸に抱き締めて目を閉じた。


「……ああ、そうだな」


 また風が吹き月を覆い隠す。


「人の男でなければお前を抱けない」


 ソランジュの耳にかかるアルフレッドの吐息は、凍て付く夜気とは対照的に熱かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】ファンタジー陵辱エロゲ世界にTS転生してしまった狐娘の冒険譚

みやび
ファンタジー
エロゲの世界に転生してしまった狐娘ちゃんが犯されたり犯されたりする話。

ラヴィニアは逃げられない

恋愛
大好きな婚約者メル=シルバースの心には別の女性がいる。 大好きな彼の恋心が叶うようにと、敢えて悪女の振りをして酷い言葉を浴びせて一方的に別れを突き付けた侯爵令嬢ラヴィニア=キングレイ。 父親からは疎まれ、後妻と異母妹から嫌われていたラヴィニアが家に戻っても居場所がない。どうせ婚約破棄になるのだからと前以て準備をしていた荷物を持ち、家を抜け出して誰でも受け入れると有名な修道院を目指すも……。 ラヴィニアを待っていたのは昏くわらうメルだった。 ※ムーンライトノベルズにも公開しています。

【完結】【R18】男色疑惑のある公爵様の契約妻となりましたが、気がついたら愛されているんですけれど!?

夏琳トウ(明石唯加)
恋愛
「俺と結婚してくれたら、衣食住完全補償。なんだったら、キミの実家に支援させてもらうよ」 「え、じゃあ結婚します!」 メラーズ王国に住まう子爵令嬢マーガレットは悩んでいた。 というのも、元々借金まみれだった家の財政状況がさらに悪化し、ついには没落か夜逃げかという二択を迫られていたのだ。 そんな中、父に「頼むからいい男を捕まえてこい!」と送り出された舞踏会にて、マーガレットは王国の二大公爵家の一つオルブルヒ家の当主クローヴィスと出逢う。 彼はマーガレットの話を聞くと、何を思ったのか「俺と契約結婚しない?」と言ってくる。 しかし、マーガレットはためらう。何故ならば……彼には男色家だといううわさがあったのだ。つまり、形だけの結婚になるのは目に見えている。 そう思ったものの、彼が提示してきた条件にマーガレットは飛びついた。 そして、マーガレットはクローヴィスの(契約)妻となった。 男色家疑惑のある自由気ままな公爵様×貧乏性で現金な子爵令嬢。 二人がなんやかんやありながらも両想いになる勘違い話。 ◆hotランキング 10位ありがとうございます……! ―― ◆掲載先→アルファポリス、ムーンライトノベルズ、エブリスタ

二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです

矢野りと
恋愛
ある日、マーコック公爵家の屋敷から一歳になったばかりの娘の姿が忽然と消えた。 それから十六年後、リディアは自分が公爵令嬢だと知る。 本当の家族と感動の再会を果たし、温かく迎え入れられたリディア。 しかし、公爵家には自分と同じ年齢、同じ髪の色、同じ瞳の子がすでにいた。その子はリディアの身代わりとして縁戚から引き取られた養女だった。 『シャロンと申します、お姉様』 彼女が口にしたのは、両親が生まれたばかりのリディアに贈ったはずの名だった。 家族の愛情も本当の名前も婚約者も、すでにその子のものだと気づくのに時間は掛からなかった。 自分の居場所を見つけられず、葛藤するリディア。 『……今更見つかるなんて……』 ある晩、母である公爵夫人の本音を聞いてしまい、リディアは家族と距離を置こうと決意する。  これ以上、傷つくのは嫌だから……。 けれども、公爵家を出たリディアを家族はそっとしておいてはくれず……。 ――どうして誘拐されたのか、誰にひとりだけ愛されるのか。それぞれの事情が絡み合っていく。 ◇家族との関係に悩みながらも、自分らしく生きようと奮闘するリディア。そんな彼女が自分の居場所を見つけるお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※作品の内容が合わない時は、そっと閉じていただければ幸いです。 ※執筆中は余裕がないため、感想への返信はお礼のみになっております。……本当に申し訳ございませんm(_ _;)m

何でも出来る親友がいつも隣にいるから俺は恋愛が出来ない

釧路太郎
青春
 俺の親友の鬼仏院右近は顔も良くて身長も高く実家も金持ちでおまけに性格も良い。  それに比べて俺は身長も普通で金もあるわけではなく、性格も良いとは言えない。  勉強も運動も何でも出来る鬼仏院右近は大学生になっても今までと変わらずモテているし、高校時代に比べても言い寄ってくる女の数は増えているのだ。  その言い寄ってくる女の中に俺が小学生の時からずっと好きな桜唯菜ちゃんもいるのだけれど、俺に気を使ってなのか鬼仏院右近は桜唯菜ちゃんとだけは付き合う事が無かったのだ。  鬼仏院右近と親友と言うだけで優しくしてくれる人も多くいるのだけれど、ちょっと話すだけで俺と距離をあける人間が多いのは俺の性格が悪いからだと鬼仏院右近はハッキリというのだ。そんな事を言う鬼仏院右近も性格が悪いと思うのだけれど、こいつは俺以外には優しく親切な態度を崩さない。  そんな中でもなぜか俺と話をしてくれる女性が二人いるのだけれど、鵜崎唯は重度の拗らせ女子でさすがの俺も付き合いを考えてしまうほどなのだ。だが、そんな鵜崎唯はおそらく世界で数少ない俺に好意を向けてくれている女性なのだ。俺はその気持ちに応えるつもりはないのだけれど、鵜崎唯以上に俺の事を好きになってくれる人なんていないという事は薄々感じてはいる。  俺と話をしてくれるもう一人の女性は髑髏沼愛華という女だ。こいつはなぜか俺が近くにいれば暴言を吐いてくるような女でそこまで嫌われるような事をしてしまったのかと反省してしまう事もあったのだけれど、その理由は誰が聞いても教えてくれることが無かった。  完璧超人の親友と俺の事を好きな拗らせ女子と俺の事を憎んでいる女性が近くにいるお陰で俺は恋愛が出来ないのだ。  恋愛が出来ないのは俺の性格に問題があるのではなく、こいつらがいつも近くにいるからなのだ。そう思うしかない。  俺に原因があるなんて思ってしまうと、今までの人生をすべて否定する事になってしまいかねないのだ。  いつか俺が唯菜ちゃんと付き合えるようになることを夢見ているのだが、大学生活も残りわずかとなっているし、来年からはいよいよ就職活動も始まってしまう。俺に残された時間は本当に残りわずかしかないのだ。 この作品は「小説家になろう」「ノベルアッププラス」「カクヨム」「ノベルピア」にも投稿しています。

【R-18】踊り狂えその身朽ちるまで

あっきコタロウ
恋愛
投稿小説&漫画「そしてふたりでワルツを(http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/630048599/)」のR-18外伝集。 連作のつもりだけどエロだから好きな所だけおつまみしてってください。 ニッチなものが含まれるのでまえがきにてシチュ明記。苦手な回は避けてどうぞ。 IF(7話)は本編からの派生。

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

バツ2旦那様が離婚された理由は「絶倫だから」だそうです。なお、私は「不感症だから」です。

七辻ゆゆ
恋愛
ある意味とても相性がよい旦那様と再婚したら、なんだか妙に愛されています。前の奥様たちは、いったいどうしてこの方と離婚したのでしょうか? ※仲良しが多いのでR18にしましたが、そこまで過激な表現はないかもしれません。

処理中です...