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堕ちる者と堕ちない者と(2)
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*緊縛R18シーンがあります。地雷な方は飛ばしてください。
吐き出さなければと思うのに、冬馬に抱き締められながら、再び深く口付けられ動けない。
「……っ」
結局薬が喉の奥を通り抜け、胃に収まるのを感じながら、身を震わせることしかできなかった。
冬馬はまだ真琴を離そうとはしない。薬が回るのを待っているのだと気付いたが、もはやどうにもならずに目を見開くばかりだった。
その後、着物越しの背を繰り返し愛おしげに撫でられていたのだが、手の動きとともに次第に瞼が重くなり、視界が灰色の霧に閉ざされて行く。
(な……に。これ……)
同時に体が内から熱を発し始める。脳髄が薬に侵されたのか、心が熱に溶けて形を無くし、意識があるかなきかの儚いものになっていった。
この消失の感覚は初めてではないと気付く。だが、いつ、どこでだったかまでは思い出せなかった。
自分が自分でなくなる凄まじい恐怖に駆られ、握り締めた拳で冬馬の二の腕を叩いたが、すぐに手首を捉えられてしまう。圧倒的な力でベッドに押し倒され、なのに、優しくすらある声で、耳元に繰り返し囁かれた。
「君があの坊やを忘れるまで、こうして抱いていてやろう」
(や、だ。こんなの、嫌……)
しかし、抗う心も次第に熱と薄闇に入り混じり、あとには意志を行使できない肉体だけが残された。
体の上から重みが消える。
心を失う薬であるはずなのだが、量が足りなかったのだろうか。わずかながらの感情が残されていた。だが、もはやおのれをどうにもできない。
「真琴、起きなさい」
艶のある低い声での命令に反応し、体がロボットとなったかのように勝手に動く。
「さあ、こちらにおいで。綺麗にしてあげよう」
一体どこから取り出したのか、その手には練紅が入れられた小皿と、優美な黒塗りの紅筆があった。薄紅色のそれを筆に含ませ、真琴の潤んだ唇を丁寧に塗っていく。
「君にはやはり真紅や唐紅よりも、薄紅のような儚い色が似合う」
はみ出した練紅を指で拭うと、真琴をしみじみと見下ろし、「ああ、綺麗だ」と呟く。続いてたった一言、「脱ぎなさい」と命じた。
手がひとりでに帯をするりと解き、白生地の着物をベッドの上に脱ぎ捨てる。琥珀色を帯びた狂愛と劣情を孕んだ双眸に、一糸纏わぬ瑞々しい女体が映し出された。
「やはり、君の体は女神のようだね。若々しさと成熟が共存している」
「……」
何を言われているのかはわからない。だが、琥珀色を帯びた視線が熱を持ち、体の線を辿っているのは感じ取れた。
「さあ、真琴、背を向けて、手を後ろに回しなさい」
数分後、両手首に軽い痛みを覚え、体が反射的にびくりと震える。
「……っ」
「痛かったかい? 何、すぐに慣れる」
どうやら縄で縛られているらしい。縄は右腕、胸部、左腕に回され、上半身の身動きがまったく取れなくなった。
「やはり君はそうしている時が最も美しい」
「なのに」との言葉とともに、剥き出しの肩に唇が押し当てられる。
「……なぜだろうな。月子さんの時にはこんな不安はなかった」
続いて顎を掴んで上向かせられ、唇を重ねられたかと思うと、肩をとんと軽く押され、ベッドに仰向けに倒れ込んだ。
「足を開きなさい」
命じられるままにそうすると、衣擦れと帯を解く音とともに、男の吐息が肌をくすぐった。
体の奥に眠る官能を引き出そうとするかのように、胸を、腹を、腿を骨ばった手が愛撫する。すると、熱い体が更に熱を持ち、腹の奥が雄を求めてずくりと疼いた。
やがて、右の膨らみに唇が落とされる。
(……違う)
この熱はよく知る誰かのものではない、違う、違う、違う、嫌だと心が訴える。
なのに、体は火照り熱を押さえ切れずに、どうにもならずにこうして身を任せるしかない。
目の奥から悲しみが凝った滴が漏れ出し、涙となって頬から零れ落ちる。
「……なぜ泣く」
わからない。何が辛いのかすらも理解できない。なのに、涙が止まらない。
「私の前で泣くんじゃない」
落ち着きのある低い声に苛立ちが混じる。ぎしりとベッドが軋んで体に重みが伸し掛かった。
(どうして……?)
なぜ自分が何者かすら把握できないのに、あの瞳だけは脳裏から離れないのだろうと思う。拒絶される不安を孕んだ黒い瞳――その奥底にある深い闇に呑まれそうになりながらも、信じよう、愛そうと決めたからこそ、もう恐ろしくはなく、むしろ守らなければと感じていた。
なのに、目の前にある琥珀色を帯びた瞳は、よく似た不安と暗闇を宿しているのに、心が受け入れてくれない。
なのに、体は心に反して開いていくのがひどく悲しかった。
吐き出さなければと思うのに、冬馬に抱き締められながら、再び深く口付けられ動けない。
「……っ」
結局薬が喉の奥を通り抜け、胃に収まるのを感じながら、身を震わせることしかできなかった。
冬馬はまだ真琴を離そうとはしない。薬が回るのを待っているのだと気付いたが、もはやどうにもならずに目を見開くばかりだった。
その後、着物越しの背を繰り返し愛おしげに撫でられていたのだが、手の動きとともに次第に瞼が重くなり、視界が灰色の霧に閉ざされて行く。
(な……に。これ……)
同時に体が内から熱を発し始める。脳髄が薬に侵されたのか、心が熱に溶けて形を無くし、意識があるかなきかの儚いものになっていった。
この消失の感覚は初めてではないと気付く。だが、いつ、どこでだったかまでは思い出せなかった。
自分が自分でなくなる凄まじい恐怖に駆られ、握り締めた拳で冬馬の二の腕を叩いたが、すぐに手首を捉えられてしまう。圧倒的な力でベッドに押し倒され、なのに、優しくすらある声で、耳元に繰り返し囁かれた。
「君があの坊やを忘れるまで、こうして抱いていてやろう」
(や、だ。こんなの、嫌……)
しかし、抗う心も次第に熱と薄闇に入り混じり、あとには意志を行使できない肉体だけが残された。
体の上から重みが消える。
心を失う薬であるはずなのだが、量が足りなかったのだろうか。わずかながらの感情が残されていた。だが、もはやおのれをどうにもできない。
「真琴、起きなさい」
艶のある低い声での命令に反応し、体がロボットとなったかのように勝手に動く。
「さあ、こちらにおいで。綺麗にしてあげよう」
一体どこから取り出したのか、その手には練紅が入れられた小皿と、優美な黒塗りの紅筆があった。薄紅色のそれを筆に含ませ、真琴の潤んだ唇を丁寧に塗っていく。
「君にはやはり真紅や唐紅よりも、薄紅のような儚い色が似合う」
はみ出した練紅を指で拭うと、真琴をしみじみと見下ろし、「ああ、綺麗だ」と呟く。続いてたった一言、「脱ぎなさい」と命じた。
手がひとりでに帯をするりと解き、白生地の着物をベッドの上に脱ぎ捨てる。琥珀色を帯びた狂愛と劣情を孕んだ双眸に、一糸纏わぬ瑞々しい女体が映し出された。
「やはり、君の体は女神のようだね。若々しさと成熟が共存している」
「……」
何を言われているのかはわからない。だが、琥珀色を帯びた視線が熱を持ち、体の線を辿っているのは感じ取れた。
「さあ、真琴、背を向けて、手を後ろに回しなさい」
数分後、両手首に軽い痛みを覚え、体が反射的にびくりと震える。
「……っ」
「痛かったかい? 何、すぐに慣れる」
どうやら縄で縛られているらしい。縄は右腕、胸部、左腕に回され、上半身の身動きがまったく取れなくなった。
「やはり君はそうしている時が最も美しい」
「なのに」との言葉とともに、剥き出しの肩に唇が押し当てられる。
「……なぜだろうな。月子さんの時にはこんな不安はなかった」
続いて顎を掴んで上向かせられ、唇を重ねられたかと思うと、肩をとんと軽く押され、ベッドに仰向けに倒れ込んだ。
「足を開きなさい」
命じられるままにそうすると、衣擦れと帯を解く音とともに、男の吐息が肌をくすぐった。
体の奥に眠る官能を引き出そうとするかのように、胸を、腹を、腿を骨ばった手が愛撫する。すると、熱い体が更に熱を持ち、腹の奥が雄を求めてずくりと疼いた。
やがて、右の膨らみに唇が落とされる。
(……違う)
この熱はよく知る誰かのものではない、違う、違う、違う、嫌だと心が訴える。
なのに、体は火照り熱を押さえ切れずに、どうにもならずにこうして身を任せるしかない。
目の奥から悲しみが凝った滴が漏れ出し、涙となって頬から零れ落ちる。
「……なぜ泣く」
わからない。何が辛いのかすらも理解できない。なのに、涙が止まらない。
「私の前で泣くんじゃない」
落ち着きのある低い声に苛立ちが混じる。ぎしりとベッドが軋んで体に重みが伸し掛かった。
(どうして……?)
なぜ自分が何者かすら把握できないのに、あの瞳だけは脳裏から離れないのだろうと思う。拒絶される不安を孕んだ黒い瞳――その奥底にある深い闇に呑まれそうになりながらも、信じよう、愛そうと決めたからこそ、もう恐ろしくはなく、むしろ守らなければと感じていた。
なのに、目の前にある琥珀色を帯びた瞳は、よく似た不安と暗闇を宿しているのに、心が受け入れてくれない。
なのに、体は心に反して開いていくのがひどく悲しかった。
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