上 下
19 / 47

君は誰よりも美しい(4)

しおりを挟む
 ところが、すぐさま菊乃に電話をかけ、十万円について説明すると、

『えっ? お金? そんな大金いくらなんでも本なんかに挟まないわよ?』

、とあっさり否定された。

「じゃあ、一体誰が……」

『うちの主人の仕業とも思えないし、となると、冬馬さんのお金じゃない?』

 現金は薄手の封筒に入っていたのだが、冬馬が束の間本を預かった際に帯から滑り落ち、間に挟まったのではないかというのが菊乃の推理だった。 

「いつもそんなにたくさんの現金を持ち歩いているんですか?」

『そうとも限らないけど、冬馬さんはうちへのお布施だけじゃなくて、市内の神社にもよく散歩がてらに奉納しているから。むしろ、十万円なら少ない方よ』

「そ、そうなんですか……」

 真琴も両親の墓のある寺には、一般の檀家レベルで布施をしているし、正月には神社に賽銭を投げ入れる。薫の大学受験の年には、御神体に向かって約三十分間手を合わせ続け、合格を祈願しまくった果てに、奮発して一万円を奉納した。

 しかし、一度に十万円で、しかもそれが安い方だと聞くと、金持ちとは恐ろしいものだと慄くしかない。

『なんだったら、冬馬さんの電話番号と住所を教えましょうか?』

「あっ、いえ、それは……」

 たとえ薫の嫉妬と束縛がなくとも、独身男性の自宅を訪れるのは、さすがに抵抗があって躊躇われた。  

『そうねえ、この際私が預かっておきましょうか。冬馬さん、月に三、四回はうちにいらっしゃるから、次来た時にでも渡しておくわよ』

 親切心にありがたく甘えることにして、菊乃の都合のいい日時を聞き出しアポイントを取る。

 薫に隠し事が増えていくのが後ろめたかった。



 再びあの古く苔むした寺へ行く前夜、薫に求められて抱かれたのだが、行為の最中になんとなく目を合わせられずにいた。
  
 そうした真琴の態度が気に入らなかったのだろうか。

「真琴、どこを見ているんだ?」

 薫が突然、歯を立てて首筋を噛んだのだ。

「痛っ……」

 思わず目の前にある厚い胸に手を当てて、押し返そうとしてしまったが、筋肉質の肉体はびくともしない。

 それどころか、真琴の腰を抱え直すと、一層激しく分身を打ち込んできた。

「あんっ……やんっ……んあっ……」

 弱いところを繰り返し突かれ、耐え切れずに喉を仰け反らせ、快感に喘ぎながら涙を流す。

 薫がこうして軽く傷付けてくるのは初めてではない。首筋は血が滲むほどではないが、今頃赤くなってはいるだろう。

 やがて、一度熱を放って怒りも鎮まったのか、不意に狂おしいほど激しい動きが止まる。しかし、薫は真琴の胎内にみずからの一部を収めたままだった。

 真琴はどうにか呼吸を落ち着けて薫を見上げ、喘ぎ過ぎて枯れた声で途切れ途切れに尋ねる。

「薫は、どうして、私に、痛くするの……?」 

 しばしの沈黙と溜め息ののち、薫は真琴の頬を撫でながらこう答えた。

「……好きだから」

 真琴を抱いていると時折激情に駆られ、そのまま壊してしまいたくなるのだと語る。

「壊してしまえば、もう誰にも奪られない」

 レンズ越しではない黒い瞳は昏く熱くどこまでも真摯で、薫が本心を語っているのだとありありと伝える。

 真琴はあらためて義弟の情熱に震え上がった。引き締まった二の腕を掴んで訴える。

「誰も、私なんか、奪らないよ……。だから、お願い……。そんなに怖いこと、言わないで……」 

「……」

 義姉の弱々しい声にそそられたのだろうか。薫の分身がみるみるかたさを取り戻し、体積を増して真琴の隘路を押し広げた。

「あっ……」

 更なる欲望の気配を体で感じ取り、真琴の目が大きく見開かれる。

「真琴……愛してる」

 掠れた声での愛の囁きは優しさすら感じさせるのに、動きは強引で細い腕をぐいと引っ張り上げる。一方、真琴は力ない体を繋がったまま起こされ、ベッドの上で胡坐を掻いた薫の腰に載せられた。

「あっ……んっ……」

 これ以上は無理だと思っていたのに、角度が垂直となって、更に奥まで肉の固まりが入り込む。切っ先で子壺への入り口をこじ開けられる苛烈な快感が、稲妻となって下腹部から脳髄へと走る。

「は……あっ……」

 広い背に両手を回してどうにか堪える。体と体がこれ以上ないほど密着し、二つの豊かな膨らみがかたい胸に圧し潰された。

 薫が真琴の細腰をしっかりと掴んで上下に揺すぶる。

「あっ……んっ……ひっ……あっ!」

 時折持ち上げられた腰をパンと音を立てて落とされ、最奥から串刺しにされたかのような感覚に陥った。

(壊れ、ちゃう)

 足腰は繰り返される刺激に小刻みに震え、結合部は愛液と白濁とが入り混じり、ぐちゅぐちゅと淫らな音を立てている。

 同時に、真琴の思考も快感に掻き混ぜられて混乱し、次第に言語で思考できなくなっていった。代わって体が反応して薫の分身を締め付ける。

「ああ……」

 再び灼熱が最奥に放たれたのを感じながら、真琴はなぜか写真の月子の表情を思い出していた。そして、あの顔は男が壊したいと思うものではなく、すでに壊れかけている女性のものだと気付いたのだ。 

 だが、そう悟った時には真琴の意識は、薫の手によって奈落の底にまで引きずり込まれ、交わりの悦楽に塗れてどこまでも堕ちるばかりだった。



――菊乃との約束の日の天気は、あいにく曇天ののちの小雨だった。

 肌寒く、カーディガンでは足りなかったので、ベージュのワンピースにライトブルーのGジャンを羽織り、バス停から傘を広げて例の寺へと向かう。

 この街には青空よりも雨が似合うと思う。景色が煙り、柔らかく温かみのある趣きになるからだ。   

 きっと木造りの寺院や家々が多いからだろう。木材は切られてもなお生きているのだと聞いたことがある。湿気を与えられ、かつて木であった頃を思い出し、命のぬくもりを伝えるのかもしれなかった。

 十分ほど歩いて、荘厳な門構えの前で傘を閉じ、誰でもいらっしゃいとばかりに開け放たれた玄関を潜る。

「ごめんくださーい。狩野ですがー」

「はいはいはーい!」

 割烹着姿の菊乃が奥の戸を開け、満面の笑みで小走りにやって来た。

「いらっしゃい!」

「前はありがとうございました。あのう、こちらなんですけど……」

 早速バッグから封筒を取り出し、受け取ってもらおうとしたのだが、菊乃は首を振り、「裏に回って」と玄関から出るよう促した。

「ちょうどよかったわ。今、冬馬さんがお墓参りにいらしてるの。直接手渡したほうがいいんじゃない?」

「あっ、そうなんですか」

 確かに本人に説明も確認もできる。

「じゃあ、おじゃましますね」

 軽く頭を下げたのち墓地へと向かう。

 江戸時代にまで遡るという、広々としたその墓地は、何百人、何千人もの霊が横たわっているのにもかかわらず、不気味さや重苦しい死の気配はなかった。

 代わりに、音がまったくない以上の静けさが落ちている。名もなき鳥が鳴く声と野の花が風に揺られる葉ずれだけが聞こえ、皆、仏のもとで安らかな眠りに就いているのだと思えた。

 苔むした道を黙々と歩いて行くと、規則正しく並んだ長方体の簡素な墓や、寺社の屋根が載ったような形の墓、竹柵で区切られた区画の中にある、歴史上の著名人などの墓が目に入る。年月に磨り減り名が読めないものも多かった。

 更に三分ほど奥に歩いて行くと、代々の檀家の墓のある区画となり、うち一つの五輪塔型の古い墓の前で、黒橡の羽織を身に纏った男が、腰を屈めて手を合わせていた。

 真琴の気配と足音に気付いたのか、立ち上がり、唇の端に笑みを浮かべながら振り返る。

「やあ、真琴さん、またお会いできましたね」
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない

斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。 襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……! この人本当に旦那さま? って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!

彼氏に別れを告げたらヤンデレ化した

Fio
恋愛
彼女が彼氏に別れを切り出すことでヤンデレ・メンヘラ化する短編ストーリー。様々な組み合わせで書いていく予定です。良ければ感想、お気に入り登録お願いします。

×一夜の過ち→◎毎晩大正解!

名乃坂
恋愛
一夜の過ちを犯した相手が不幸にもたまたまヤンデレストーカー男だったヒロインのお話です。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

処理中です...