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身も心も縛られて(3)

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――濡れた鳶色の髪が音もなく広がり、純白のシーツの上にじわりと染みを作った。

「か、薫……」

 ベッドに強引に組み伏せられながらも、真琴はどうにか薫の腕に縋り付き哀願する。

「お、願い。今夜はもう……眠りたいの……」

 浴室でシャワーを浴びながら背後から貫かれ、さんざん啼かされ欲を注ぎ込まれ、すでに涙も喉も枯れ果てている。

 その後抱きかかえられて部屋にまで連れて来られた。まさか、まだセックスを続ける気なのだろうか。薫の底なしの体力についていけなかった。

 だが、薫は「駄目だ」と無情に真琴の手を振り払い、小刻みに震える両足を肩に乗せたかと思うと、力を込めて細い体をぐっと二つに折った。蜜口が真上を向きひやりとした空気に触れる。

「な、にを……」

 次の瞬間、垂直に肉の楔を打ち込まれ、真琴は全身を仰け反らせて目を見開いた。

「ああっ……」

 屹立の先端が奥の更に奥を繰り返し突き、同時に互いの放った体液が混じり合い一体となり、繋がる箇所でぐちゅぐちゅと泡立った。

 薫は一旦動きを止めて腰をぐっと引き、浅い箇所にまで戻ったところで、ずんと最奥にまで突き入れ真琴の胎内を掻き回す。子壺へと続く隘路を貪欲にこじ開けようとする。

「あっ……あっ……あっ……だ、め……だめ……」

 涼しげな目元から一滴の汗が流れ落ち、頬、首筋を辿って、真琴のピンと立った胸の頂に落ちた。

「真琴、俺がいなくてほっとしていただろう? ……俺はずっと寂しくて、会いたくてたまらなかったのに」

「ち、ちが……あっ……ああっ」

「でも、俺を忘れられなかっただろう」

「……」

 どこにいようと忘れられるはずがない。身には交わるごとの苛烈なまでの快感が刻み込まれ、心には猛々しい雄へと化した薫への恐れが、深い楔となって打ち込まれているのだから。

 続く強烈な一撃に体が上下に揺れ、腹の奥から背筋に電流が走る。

「ああっ……」

 真琴はもはや口をわずかに開けて、弱々しく息を吐き出すしかなかった。

 薫にとっての「好き」とは、どのような感情なのだろうと、心のどこかでぼんやりと思う。

 真琴にとって愛情とは恋であれ家族愛であれ、愛する者を守り、慈しみ、与えることで、同じだけの思いやりが返ってくればなお嬉しい――そうした温かく穏やかな感情であり、真琴自身が望む愛の形でもあった。

 例え和歌子の不貞が理由であれ、薫もそうして育ててきたつもりだった。

 なのに、薫は罰を与えるかのように、真琴を激しく責め苛むばかりだ。駅で「寂しかった」と切々と囁いた薫と一致せず、混乱してどうすればいいのかわからない。わからないまま翻弄されるしかなかった。

「真琴――」

 薫が興奮に掠れた声で名を呼んだかと思うと、真琴に伸し掛かり、繋がる箇所に全体重をかけた。白く豊かな乳房に両膝が押し付けられて形を変える。薫はその間にも無言で腰を押し込んできた。体を圧迫され肺から息が押し出される。

 真琴は次に何が起こるのかを察し、「だ、め」と呻いて再び薫の腕を掴んだ。

「や、めて。もうやめて……」
 
「――真琴」

 だが、力ない訴えはやはり聞き入れられなかった。最後の仕上げとばかりに最奥へ入り込んだ男の欲が、力強く脈打ちながら灼熱を放ったのだ。

「……っ!」

(ああ……あ、つい……あつい……)

 じわりと胎内に染み込んでいくのを、体中で嫌というほど味わってしまう。

 初めて、いや、二度目に抱かれた卒業式のあの夜から、何度こうして精を受け入れさせられただろうか――真琴はぶるりと身を震わせ顔を背けた。

 だが、薫はそうしたささやかな抵抗すら許してくれなかった。真琴の顎を掴んで荒々しく唇を奪い、こじ開ける。

「んんっ……」

 逃れようとする舌を口内で搦め捕られ、絶え絶えの吐息さえ奪われてしまった。

「……」

 またしても無理矢理感じさせられてしまった絶望に、とっくに流し切ったはずの涙がまだ一滴零れ落ちる。

 薫はそんな真琴の右の胸をぐっと掴んだ。

「……真琴は俺のものだ」

 低く、昏い声がそう宣言するのとともに、再びその分身が胎内で熱を帯びる。

「もう誰にも渡さない」



 その夜、執拗な交わりの果ての泥のような眠りの中で、真琴は薫の胸に深く抱かれながら夢を見ていた。

 夢の薫はまだ小学生五年生で、腕に収まるほど小さな子どもだった。

(ああ、この時のこと、覚えている……)

 確か、友人と行った日帰り旅行のお土産に、家族全員に現地限定のボールペンを買って帰った。学生が小遣いの範囲内で買うものなので、さほど高くもなければ凝ってもいない。

 帰宅すると薫は真っ先に迎えに出てきてくれた。早速ボールペンを渡すと、「明日から使うんだ」と、飛び上がらんばかりに大喜びだった。

 ところが、その後父にも義母にも同じものを渡したと知ると、あからさまに拗ねて一日口を利いてくれなかった。

 翌日、そのボールペンが無惨に折られ、ゴミ箱に捨てられていたのを見た時には、さすがに驚き呆れて怒った。薫の好みに合わせたつもりだったからだ。

 だが、まずなぜこんなことをしたのかを聞き、いけないことだと教え諭そうと心を落ち着けた。

 薫は叱られるだろうと覚悟していたらしく、呼び出されると大人しく部屋へとやって来た。

『どうしてこんなことをしたの? せっかく買ってきたのに』

 辛抱強く義弟の答えを待つ。

 薫は拳を握り締めて俯いていたが、やがて蚊の鳴くような声で、「……だって、それは僕だけにじゃない」と呻くように呟いた。

『なんだってよかったけど……僕だけにがよかった。お義父さんにもお母さんにもじゃなくて、僕一人だけにしてほしかったんだ』
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