魔術師は黒猫がお好き-転生使い魔の異世界日記-

東 万里央(あずま まりお)

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第一話「月の光と胸の痛み」

036.お月様にお願い(4)

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「クルト……!」
 
 私はまえあし……両手で頬を押さえた。身体が一気に冷たくなって、顔が真っ青になるのがわかる。

 ワイバーンの口はひとつだけでも大きくて、クルトが十人いても飲み込んでしまいそうだった。なのにクルトは構えの姿勢を取ったまま、一歩も足を動かそうとはしない。

 どうして逃げないの!? 食べられちゃうよ!!

 私がもうがまんできなくなって、その場に駆けよろうとした瞬間だった。クルトが杖を利き手に持ちかえて、大きく振りかぶったんだ。

「……!?」

 振りかぶった杖の黒い支柱が、一瞬強くまばゆく輝く。私が思わずまぶたを閉じて、やっと開けられた時には、杖には青い水が渦巻くようにまとわりついていた。

「にゃっ!?」

 続いて水はみるみる先から凍りつき、杖を飲み込んで鋭い氷の槍を生み出す。その大きさは人間の大人ほどあった。私はクルトが何をしようとしているのがが、やっとわかってあっと口を押さえた。

 ワイバーンのウロコは鋼鉄みたいに硬くて、ヨロイに加工されることもある。そのワイバーンを倒すためには、ウロコのない場所を狙わなければならない。

 その場所は身体にたったふたつしかなくて、そのうちのひとつである目は、ワイバーンは小さくて狙いにくい。でも、もういっぽう口の中は、危険だけれども確実に倒せる。クルトはワイバーンが向かってくるように、わざと怒らせて待っていたんだ!!

 ワイバーンが斜め上からまっしぐらに飛んでくる。クルトとの距離が建物一つ分にまで縮まり、ワイバーンがひときわ大きく口を開いた!

 二つの青い目を意志で強く光らせ、クルトはざっと音を立てて氷の槍を……投げた!! 槍はまっすぐにワイバーンに向かっていく。

『『……!?』』

 ワイバーンもクルトの意図に気づいたけれどももう遅い。槍は右の頭の口のすぐそばにまで迫っていた。

『『オォオオオオオッッッ―――』』

 槍がワイバーンに骨を砕き肉を裂く、不吉な破壊音とともにつき刺さる。槍はワイバーンの喉から胴体を斜めに貫き、血をまとってまたこの世に現れた。氷は外に出るなりすぐに溶けてしまい、元のキメラの杖となってぐるりと旋回し、またクルトの手の中に戻ってくる。

 クルトが杖をしっかり掴むのと同時に、ワイバーンが地面にどっと落ちた。あまりにも大きかったので、ガレキのカケラが跳ねて地面が揺れる。それから数分間は辺りはしぃんとして、クルトも私も何も言わなかった。言えなかった。

 クルトはぴくりとも動かないワイバーンに、やっと勝ったと思ったんだろうか。身体ががくりと崩れ落ち杖にすがりついた。魔力を使い切ってしまったんだろう。こうなってしまうと一日は動けなくなる。

「――クルトっ!」

 私がすぐに手当てをしようと、立ち上がったその時だった。なんとワイバーンの残された頭の目が、カッと開いてクルトを睨みつけたんだ。こっちはまだ生きていたんだ! 頭はクルトに向かって口を大きく開いて、火炎を吐きだそうとしていた。

 ところが私が「危ない」と叫ぶ前に、その頭は真上から突然飛び乗った、戦士の剣にどっと貫かれ、今度こそ二頭とも死んでしまったのだ。私は何が起きたのかわからずに、左の頭に乗る剣の持ち主を見る。

 ん? どこかで見たことのあるロング・ソードだにゃあ? それに、このちょっと頭がさみしいブラック・ベアーみたいな顔は――

「クマ男!?」

 クマ男はより深くロング・ソードをワイバーンの頭に押し込むと、「よくも俺の店をむちゃくちゃにしやがったな」と呟いた。

「けどよう、へへっ、これで、おあいこ……かあ?」

 クマ男が手にしている剣は、あの売りに出していたはずの、ロング・ソードだった。ワイバーンの鋼鉄のウロコは、ふつうの剣では通らないはずなのに――。

 クマ男はニヤリと笑うとロング・ソードを引き抜き、呆気に取られるクルトに目を向けた。

「へへっ……。やって、やったぜ……! なあ、相棒!」

 そして、笑ったまま地面に転がり落ち、仰向けに倒れてしまったのだ。
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