10 / 51
第一話「月の光と胸の痛み」
010.ハチ退治にいこう!(4)
しおりを挟む
「だが、その前に――」
クルトは私を肩に乗せるときびすを返し、もと来た道の脇にある一本の木に目を向けた。
「そこの男、命が惜しければ出てこい」
「みゃっ!?」
私は警戒にしっぽを限界にまで膨らませる。
まさか人間が紛れ込んでいただなんて! ハチにばかり気を取られてわからなかった!!
ところがクルトに驚きはないみたいだ。淡々と木陰にひそむ何者かに告げる。
「戦いの半ばからいたようだが何が目的だ」
「……」
草むらが音を立てたけれども、誰も出てこようとはしない。
「答えないのならその木ごと焼き尽くす」
「……!! ま、待ってくれ!!」
焦った声が上がり一人の男の人が姿を見せた。
縦も横も大きなブラック・ベアーみたいな人だ。焦げ茶のレザー・アーマーに袖なしのシャツ、黒いズボンにやっぱり焦げ茶のロングブーツを履いている。
アーマーから伸びる腕が太くてたくましい。片手にはロングソードを持っていた。これは戦士の冒険者の典型的な装備だ。
ちなみにクルトは魔術師なので、濃紺でたて襟の膝まであるジャケットに、白いズボンと黒いロングブーツ、その日毎のマントを羽織っている。職業ごとにだいたい決まっているのだ。
男の人の年はクルトよりきっとずっと上なのだろう。硬く黒い肩までの髪を後ろでひとつに束ねている。ほとんどない眉と目つきの悪い三白眼、横に広がる鼻に魚を丸飲みできる大きな口で、オデコは妙に後ろに広くなっている。
うん、ちょっと頭がさみしいブラック・ベアーだ。
クマ男は青ざめあたふたとしながらも、ズボンからカードを取り出して見せた。
「俺はランクBの戦士のフーゴだ。ほら、これがギルドカード」
確かにカードには「フーゴ・フォン・ゲッツ(二十五歳)」とあり、マーヤ市民の印章も押されている。クマ男はフーゴって名前なんだ。ところでそのフーゴがどうしてこんなところにいるんだろう?
「……」
クルトが目を逸らさずクマ男を見つめると、クマ男は必死に手を振り言い訳を始めた。
「い、いや、そのな、パーティ組んで受けようかな~と思っていた依頼が、もう取られたって受付の子に聞いて悔しくてさ。どんな戦い方をする奴だって気になって……」
そんなこんなでこっそり偵察にきたところ、クルトの魔術のすさまじさに腰を抜かしたのだそうだ。
「悪かった!!」
クマ男ことフーゴは勢いよく謝ると、今度は目を輝かせクルトを眺めた。
「しかし、お前はすごい魔術師だな。詠唱なしなんて初めて見た。ランクはSか、SSか、SSSか? なんて二つ名なんだ? 絶対有名なやつだろ?」
「……」
クルトはまったくの無表情だけれども私にはわかる。絶対に「面倒なことになった」って考えているよ。
それからクマ男はクルトが追い払っても、また追い払ってもどすどすとついてきた。
女王バチを巣から誘い出してやっつけた時も、キラー・ビーの巣を起こした火で焼いている時も、木陰から顔をのぞかせ「すげえ、すげえ」と呟いていた。
最後に私たちが女王バチを解体し、証拠となるその心臓を取り出すころには、「来てよかったぜ」と溜息を吐いていた。
「……ルナ」
クルトが透明の宝石のような心臓を皮袋に入れながら、クマ男には聞こえないよう肩の上の私にささやく。
『どうしたの?』
「これが終わったらあの男を撒く」
『えっ?』
「そろそろササミを買う時間がなくなるからな」
『……!!』
私はこくこくと頷きクルトにしっかりとしがみついた。
「さてと」
クルトは手を拭うと立ち上がり、身を翻し進路を確認する。するとクマ男が「おっ」と叫び、木陰から草を払いつつ飛び出てきた。
「終わったか。なあ、あんた、話がある」
「――あいにく俺にはない」
ざわりとクルトと私の周りに風が巻き起こる。クルトが軽く片足で地を蹴ると、私たちははふわりと空中に舞い上がった。
途中何羽かの小鳥とすれ違ったけれども、みんな驚き「ピピッ!?」と鳴いている。クマ男も唖然としているみたいだった。
「お、おい!?」
何も知らなければ空を飛んでいるように見えただろう。実際には魔力で強風のブーストをかけ、高く遠くにまでジャンプしているだけだ。
三度目のジャンプの後には森の外れにまで来ていて、もうクマ男の姿は見えず声も届かなかった。私は目を白黒とさせながら森を振り返る。
『あ、あの男の人、にゃんだったの?』
クルトは「さあな」とジャケットの乱れを直した。
「よっぽどヒマだったのかもしれないな」
クルトは私を肩に乗せるときびすを返し、もと来た道の脇にある一本の木に目を向けた。
「そこの男、命が惜しければ出てこい」
「みゃっ!?」
私は警戒にしっぽを限界にまで膨らませる。
まさか人間が紛れ込んでいただなんて! ハチにばかり気を取られてわからなかった!!
ところがクルトに驚きはないみたいだ。淡々と木陰にひそむ何者かに告げる。
「戦いの半ばからいたようだが何が目的だ」
「……」
草むらが音を立てたけれども、誰も出てこようとはしない。
「答えないのならその木ごと焼き尽くす」
「……!! ま、待ってくれ!!」
焦った声が上がり一人の男の人が姿を見せた。
縦も横も大きなブラック・ベアーみたいな人だ。焦げ茶のレザー・アーマーに袖なしのシャツ、黒いズボンにやっぱり焦げ茶のロングブーツを履いている。
アーマーから伸びる腕が太くてたくましい。片手にはロングソードを持っていた。これは戦士の冒険者の典型的な装備だ。
ちなみにクルトは魔術師なので、濃紺でたて襟の膝まであるジャケットに、白いズボンと黒いロングブーツ、その日毎のマントを羽織っている。職業ごとにだいたい決まっているのだ。
男の人の年はクルトよりきっとずっと上なのだろう。硬く黒い肩までの髪を後ろでひとつに束ねている。ほとんどない眉と目つきの悪い三白眼、横に広がる鼻に魚を丸飲みできる大きな口で、オデコは妙に後ろに広くなっている。
うん、ちょっと頭がさみしいブラック・ベアーだ。
クマ男は青ざめあたふたとしながらも、ズボンからカードを取り出して見せた。
「俺はランクBの戦士のフーゴだ。ほら、これがギルドカード」
確かにカードには「フーゴ・フォン・ゲッツ(二十五歳)」とあり、マーヤ市民の印章も押されている。クマ男はフーゴって名前なんだ。ところでそのフーゴがどうしてこんなところにいるんだろう?
「……」
クルトが目を逸らさずクマ男を見つめると、クマ男は必死に手を振り言い訳を始めた。
「い、いや、そのな、パーティ組んで受けようかな~と思っていた依頼が、もう取られたって受付の子に聞いて悔しくてさ。どんな戦い方をする奴だって気になって……」
そんなこんなでこっそり偵察にきたところ、クルトの魔術のすさまじさに腰を抜かしたのだそうだ。
「悪かった!!」
クマ男ことフーゴは勢いよく謝ると、今度は目を輝かせクルトを眺めた。
「しかし、お前はすごい魔術師だな。詠唱なしなんて初めて見た。ランクはSか、SSか、SSSか? なんて二つ名なんだ? 絶対有名なやつだろ?」
「……」
クルトはまったくの無表情だけれども私にはわかる。絶対に「面倒なことになった」って考えているよ。
それからクマ男はクルトが追い払っても、また追い払ってもどすどすとついてきた。
女王バチを巣から誘い出してやっつけた時も、キラー・ビーの巣を起こした火で焼いている時も、木陰から顔をのぞかせ「すげえ、すげえ」と呟いていた。
最後に私たちが女王バチを解体し、証拠となるその心臓を取り出すころには、「来てよかったぜ」と溜息を吐いていた。
「……ルナ」
クルトが透明の宝石のような心臓を皮袋に入れながら、クマ男には聞こえないよう肩の上の私にささやく。
『どうしたの?』
「これが終わったらあの男を撒く」
『えっ?』
「そろそろササミを買う時間がなくなるからな」
『……!!』
私はこくこくと頷きクルトにしっかりとしがみついた。
「さてと」
クルトは手を拭うと立ち上がり、身を翻し進路を確認する。するとクマ男が「おっ」と叫び、木陰から草を払いつつ飛び出てきた。
「終わったか。なあ、あんた、話がある」
「――あいにく俺にはない」
ざわりとクルトと私の周りに風が巻き起こる。クルトが軽く片足で地を蹴ると、私たちははふわりと空中に舞い上がった。
途中何羽かの小鳥とすれ違ったけれども、みんな驚き「ピピッ!?」と鳴いている。クマ男も唖然としているみたいだった。
「お、おい!?」
何も知らなければ空を飛んでいるように見えただろう。実際には魔力で強風のブーストをかけ、高く遠くにまでジャンプしているだけだ。
三度目のジャンプの後には森の外れにまで来ていて、もうクマ男の姿は見えず声も届かなかった。私は目を白黒とさせながら森を振り返る。
『あ、あの男の人、にゃんだったの?』
クルトは「さあな」とジャケットの乱れを直した。
「よっぽどヒマだったのかもしれないな」
10
お気に入りに追加
1,455
あなたにおすすめの小説
公園のベンチで出会ったのはかこちゃんと・・・・。(仮)
羽月☆
恋愛
のんびりと公園のベンチで本を読みながらパンを食べてる私。
何に負けて、それでも手に入れた時間。
平和な時間を一人で過ごしてる時。
まさか足元に・・・。
声をかけられて訳も分からずに従って、見せられたのはかこちゃんだった。
ある天気のいい日、出会った衝撃はいろいろあって。
ちょっとだけ前向きになった二人が出会う話です。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
異世界着ぐるみ転生
こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生
どこにでもいる、普通のOLだった。
会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。
ある日気が付くと、森の中だった。
誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ!
自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。
幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り!
冒険者?そんな怖い事はしません!
目指せ、自給自足!
*小説家になろう様でも掲載中です
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます
久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。
その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。
1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。
しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか?
自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと!
自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ?
ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ!
他サイトにて別名義で掲載していた作品です。
転生したらチートすぎて逆に怖い
至宝里清
ファンタジー
前世は苦労性のお姉ちゃん
愛されることを望んでいた…
神様のミスで刺されて転生!
運命の番と出会って…?
貰った能力は努力次第でスーパーチート!
番と幸せになるために無双します!
溺愛する家族もだいすき!
恋愛です!
無事1章完結しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる