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第1章.三年前の聖女

06.聖女は泣く

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 白い光の中で指先の輪郭が徐々に曖昧になり、ああ本当に帰るんだと実感できる。なのに、あれだけ望んでいたのになぜだろう。胸がまた針で刺されたように痛む。

「男は初めはそう言うの」

 そう、初めは不器用に誠実に愛を囁く。好きで、好きで、大好きで、やっと付き合えた、初恋のあの人もそうだった。けれどもそれは永遠ではない。三年後には飽きたからと打ち切られる。そして、「所帯じみてきて、女に見えなくなった」と言われあっさり捨てられるのだ。きれいにネイルを塗って毎日メイクをし、家事ひとつしない女の子に走られてしまう。

 どうして?わたしはあなただけが好きだったのに。あなたの役に立ちたかっただけなのに。わたしの何がいけなかったのだろう?……どうして?

 フェレイドは必死に首を振り、わたしに向かい届かない手を伸ばした。

「わたしは他の男とは違う!!」

 嘘の無い強い目に心が揺れる。ダメよ、とわたしは自分に言い聞かせた。それも男の定番の台詞じゃない。ところがわたしはふと名案を思い付き、そうよとフェレイドを見下ろした。

「……だったらこうしましょう」

 わたしはどこか意地悪な気持ちでフェレイドに告げた。それはフェレイドにと言うよりは、馬鹿な自分とわたしを捨てたあの人への、代理の復讐だったのかもしれない。

「三年間わたしに会えなくても他の女に一度も心を奪われず、まだわたしを好きだと言うのなら考えてあげてもいいわ」

 こんな約束をフェレイドが、男が守れるわけがないと思った。

「じゃあね、フェレイド」

「サーヤっ……!!」

 フェレイドの絶叫とともに光が弾け、わたしは眩さに思わず目を閉じた。



 光が収まりカァカァとカラスの鳴く声が聞こえた。カラスはカレンドールには存在しない。わたしはまさかと思いながらも恐る恐る目を開けた。そして、見慣れた風景の中に立っていることに気が付く。

 ここは召喚される直前にいた会社から駅へと向かう帰り道だ。夕焼けが辺り一面を茜色に染めている。路線からはカンカンと電車の通り過ぎる音がした。慌てて身なりを確認すると、ちゃんとスーツを着て、肩にはトートバッグをかけている。腕時計は二年半前わたしが消えた日時と一秒も変わらない。背まで伸びていた髪も元通りのボブヘアに戻っている。

「戻って来たんだ……」

 緊張が一気に解けその場にしゃがみ込んだ。自分で自分を抱き締め大きく溜息を吐く。もう二度とあんな世界に召喚されることはない。フェレイドのお守りからも解放され、せいせいするはずだった。なのに、涙が溢れ出てきてしまう。

「うっ……えっ……」

 通りすがりのサラリーマンや買い物帰りの奥さんが、訝しげにわたしにちらちらと目を向けている。それでもわたしは頬に毀れる雫を止めることができなかった。
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