6 / 26
第1章.三年前の聖女
06.聖女は泣く
しおりを挟む
白い光の中で指先の輪郭が徐々に曖昧になり、ああ本当に帰るんだと実感できる。なのに、あれだけ望んでいたのになぜだろう。胸がまた針で刺されたように痛む。
「男は初めはそう言うの」
そう、初めは不器用に誠実に愛を囁く。好きで、好きで、大好きで、やっと付き合えた、初恋のあの人もそうだった。けれどもそれは永遠ではない。三年後には飽きたからと打ち切られる。そして、「所帯じみてきて、女に見えなくなった」と言われあっさり捨てられるのだ。きれいにネイルを塗って毎日メイクをし、家事ひとつしない女の子に走られてしまう。
どうして?わたしはあなただけが好きだったのに。あなたの役に立ちたかっただけなのに。わたしの何がいけなかったのだろう?……どうして?
フェレイドは必死に首を振り、わたしに向かい届かない手を伸ばした。
「わたしは他の男とは違う!!」
嘘の無い強い目に心が揺れる。ダメよ、とわたしは自分に言い聞かせた。それも男の定番の台詞じゃない。ところがわたしはふと名案を思い付き、そうよとフェレイドを見下ろした。
「……だったらこうしましょう」
わたしはどこか意地悪な気持ちでフェレイドに告げた。それはフェレイドにと言うよりは、馬鹿な自分とわたしを捨てたあの人への、代理の復讐だったのかもしれない。
「三年間わたしに会えなくても他の女に一度も心を奪われず、まだわたしを好きだと言うのなら考えてあげてもいいわ」
こんな約束をフェレイドが、男が守れるわけがないと思った。
「じゃあね、フェレイド」
「サーヤっ……!!」
フェレイドの絶叫とともに光が弾け、わたしは眩さに思わず目を閉じた。
光が収まりカァカァとカラスの鳴く声が聞こえた。カラスはカレンドールには存在しない。わたしはまさかと思いながらも恐る恐る目を開けた。そして、見慣れた風景の中に立っていることに気が付く。
ここは召喚される直前にいた会社から駅へと向かう帰り道だ。夕焼けが辺り一面を茜色に染めている。路線からはカンカンと電車の通り過ぎる音がした。慌てて身なりを確認すると、ちゃんとスーツを着て、肩にはトートバッグをかけている。腕時計は二年半前わたしが消えた日時と一秒も変わらない。背まで伸びていた髪も元通りのボブヘアに戻っている。
「戻って来たんだ……」
緊張が一気に解けその場にしゃがみ込んだ。自分で自分を抱き締め大きく溜息を吐く。もう二度とあんな世界に召喚されることはない。フェレイドのお守りからも解放され、せいせいするはずだった。なのに、涙が溢れ出てきてしまう。
「うっ……えっ……」
通りすがりのサラリーマンや買い物帰りの奥さんが、訝しげにわたしにちらちらと目を向けている。それでもわたしは頬に毀れる雫を止めることができなかった。
「男は初めはそう言うの」
そう、初めは不器用に誠実に愛を囁く。好きで、好きで、大好きで、やっと付き合えた、初恋のあの人もそうだった。けれどもそれは永遠ではない。三年後には飽きたからと打ち切られる。そして、「所帯じみてきて、女に見えなくなった」と言われあっさり捨てられるのだ。きれいにネイルを塗って毎日メイクをし、家事ひとつしない女の子に走られてしまう。
どうして?わたしはあなただけが好きだったのに。あなたの役に立ちたかっただけなのに。わたしの何がいけなかったのだろう?……どうして?
フェレイドは必死に首を振り、わたしに向かい届かない手を伸ばした。
「わたしは他の男とは違う!!」
嘘の無い強い目に心が揺れる。ダメよ、とわたしは自分に言い聞かせた。それも男の定番の台詞じゃない。ところがわたしはふと名案を思い付き、そうよとフェレイドを見下ろした。
「……だったらこうしましょう」
わたしはどこか意地悪な気持ちでフェレイドに告げた。それはフェレイドにと言うよりは、馬鹿な自分とわたしを捨てたあの人への、代理の復讐だったのかもしれない。
「三年間わたしに会えなくても他の女に一度も心を奪われず、まだわたしを好きだと言うのなら考えてあげてもいいわ」
こんな約束をフェレイドが、男が守れるわけがないと思った。
「じゃあね、フェレイド」
「サーヤっ……!!」
フェレイドの絶叫とともに光が弾け、わたしは眩さに思わず目を閉じた。
光が収まりカァカァとカラスの鳴く声が聞こえた。カラスはカレンドールには存在しない。わたしはまさかと思いながらも恐る恐る目を開けた。そして、見慣れた風景の中に立っていることに気が付く。
ここは召喚される直前にいた会社から駅へと向かう帰り道だ。夕焼けが辺り一面を茜色に染めている。路線からはカンカンと電車の通り過ぎる音がした。慌てて身なりを確認すると、ちゃんとスーツを着て、肩にはトートバッグをかけている。腕時計は二年半前わたしが消えた日時と一秒も変わらない。背まで伸びていた髪も元通りのボブヘアに戻っている。
「戻って来たんだ……」
緊張が一気に解けその場にしゃがみ込んだ。自分で自分を抱き締め大きく溜息を吐く。もう二度とあんな世界に召喚されることはない。フェレイドのお守りからも解放され、せいせいするはずだった。なのに、涙が溢れ出てきてしまう。
「うっ……えっ……」
通りすがりのサラリーマンや買い物帰りの奥さんが、訝しげにわたしにちらちらと目を向けている。それでもわたしは頬に毀れる雫を止めることができなかった。
0
お気に入りに追加
829
あなたにおすすめの小説
逆行令嬢は聖女を辞退します
仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。
死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって?
聖女なんてお断りです!
【完結】逆行した聖女
ウミ
恋愛
1度目の生で、取り巻き達の罪まで着せられ処刑された公爵令嬢が、逆行してやり直す。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めて書いた作品で、色々矛盾があります。どうか寛大な心でお読みいただけるととても嬉しいですm(_ _)m
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
泣き虫令嬢は自称商人(本当は公爵)に愛される
琴葉悠
恋愛
エステル・アッシュベリーは泣き虫令嬢と一部から呼ばれていた。
そんな彼女に婚約者がいた。
彼女は婚約者が熱を出して寝込んでいると聞き、彼の屋敷に見舞いにいった時、彼と幼なじみの令嬢との不貞行為を目撃してしまう。
エステルは見舞い品を投げつけて、馬車にも乗らずに泣きながら夜道を走った。
冷静になった途端、ごろつきに囲まれるが謎の商人に助けられ──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる