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第1章.三年前の聖女
05.聖女は帰る
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わたしは意識を戻すと魔法陣のど真ん中に座り込んだ。王とフェレイドの顔を脳裏から振り払う。
そう、もう男なんてこりごりなのだ。
「もういいから早く帰して」
「で、ですが」
エルディスはまだ戸惑ったような顔をしている。わたしはそんなエルディスに早くしろと催促をした。
「わたしは二年以上この国に尽くしてきたわ。あなた達はこれ以上何を要求するの?」
エルディスはそのセリフにはっと息を呑んだ。また「申し訳ありません」と項垂れてしまう。
「かしこまりました……」
エルディスは再び杖を掲げ魔力を増幅させた。白い光が一気に明るさを増し部屋を包み込む。わたしはその光の中に体がふわりと浮かぶのを感じた。ところが今まさに地球に帰らんとするその時、突然話題の脳筋王子が駆け込んできたのである。
「サーヤ!!」
扉が大きな音を立てて開かれる。後ろでひとつに束ねた金の髪が揺れ、海のように青い瞳がわたしに向けられた。形のよい唇からは荒く息が吐きだされている。恐らく王から話を聞き慌てて飛んできたのだろう。
フェレイドは濃紺のジャケット、お揃いのズボンを着ていたけれども、一番上のボタンは留められていない。そう言えば城に戻ってからの着替えは召使に任さず、全部自分でやるのだと自慢していたな。けれどもやっぱりまだ慣れていないのだろう。
あれだけ服はちゃんと着なさいと言ったのに――旅の中でいつもしていたように、わたしは手を伸ばしボタンを留めてあげたくなった。ああ、いけないと伸ばしかけた手を引っ込める。わたしはまた同じことを繰り返そうとしている。
「サーヤ、どうしてっ……」
フェレイドは我を忘れていてすら美しい。ジャケットのシンプルなデザインが、八頭身のスタイルを引き立てている。こんな男が2年以上わたしの近くに居たのだと不思議な気分になった。きっとそれが間違いの始まりだったのだろう。
フェレイドはすでに三メートルは宙に浮くわたしを見上げる。
「行かないでくれ。わたしはまだあなたに何も伝えていない!!」
「……」
わたしは光の中でフェレイドに向かい微笑んだ。
「大丈夫よ。あなたはわたしのことなんてすぐに忘れる」
あの人と同じようにすぐにわたしを忘れて他の女と幸せになるだろう。
「平和な時代になればあなたはわたしに飽きる。あなたが欲しいのはわたしじゃない。あなたが特別な女を手に入れたと実感できる女。そして無償であなたの世話係をしてくれる母親代わりよ」
フェレイド王子はそれを恋だと錯覚しているのだろう。わたしはそんな不安定な感情のために、家族や、友人や、仕事をすべて捨てて、異世界に残るなどまっぴらなのだ。わたしはもう二度と男に振り回されたくはない。二度と本気の恋なんてしたくはないのだ。また捨てられて傷つけられるだけだから。
「……っ」
フェレイドの美貌に動揺が走る。
「サーヤ、わたしはそんなつもりではないっ!!わたしはっ!!」
「もう何も言わないで!!」
わたしは両の耳を抑えた。
「この世界であなたに尽くして、それで心変わりをされてしまったら、わたしは今度はどこに行けばいいの? 愛なんて不確かなものに怯えるより、元の世界に帰ってひとりで生きて行ったほうがマシよ!!」
青い目が大きく、大きく見開かれる。フェレイドは宙に浮かぶわたしを悲しげに見上げた。
「わたしはあなたを愛しているんだ。決して心変わりなどしない。どうしたら信じてくれる……?」
そう、もう男なんてこりごりなのだ。
「もういいから早く帰して」
「で、ですが」
エルディスはまだ戸惑ったような顔をしている。わたしはそんなエルディスに早くしろと催促をした。
「わたしは二年以上この国に尽くしてきたわ。あなた達はこれ以上何を要求するの?」
エルディスはそのセリフにはっと息を呑んだ。また「申し訳ありません」と項垂れてしまう。
「かしこまりました……」
エルディスは再び杖を掲げ魔力を増幅させた。白い光が一気に明るさを増し部屋を包み込む。わたしはその光の中に体がふわりと浮かぶのを感じた。ところが今まさに地球に帰らんとするその時、突然話題の脳筋王子が駆け込んできたのである。
「サーヤ!!」
扉が大きな音を立てて開かれる。後ろでひとつに束ねた金の髪が揺れ、海のように青い瞳がわたしに向けられた。形のよい唇からは荒く息が吐きだされている。恐らく王から話を聞き慌てて飛んできたのだろう。
フェレイドは濃紺のジャケット、お揃いのズボンを着ていたけれども、一番上のボタンは留められていない。そう言えば城に戻ってからの着替えは召使に任さず、全部自分でやるのだと自慢していたな。けれどもやっぱりまだ慣れていないのだろう。
あれだけ服はちゃんと着なさいと言ったのに――旅の中でいつもしていたように、わたしは手を伸ばしボタンを留めてあげたくなった。ああ、いけないと伸ばしかけた手を引っ込める。わたしはまた同じことを繰り返そうとしている。
「サーヤ、どうしてっ……」
フェレイドは我を忘れていてすら美しい。ジャケットのシンプルなデザインが、八頭身のスタイルを引き立てている。こんな男が2年以上わたしの近くに居たのだと不思議な気分になった。きっとそれが間違いの始まりだったのだろう。
フェレイドはすでに三メートルは宙に浮くわたしを見上げる。
「行かないでくれ。わたしはまだあなたに何も伝えていない!!」
「……」
わたしは光の中でフェレイドに向かい微笑んだ。
「大丈夫よ。あなたはわたしのことなんてすぐに忘れる」
あの人と同じようにすぐにわたしを忘れて他の女と幸せになるだろう。
「平和な時代になればあなたはわたしに飽きる。あなたが欲しいのはわたしじゃない。あなたが特別な女を手に入れたと実感できる女。そして無償であなたの世話係をしてくれる母親代わりよ」
フェレイド王子はそれを恋だと錯覚しているのだろう。わたしはそんな不安定な感情のために、家族や、友人や、仕事をすべて捨てて、異世界に残るなどまっぴらなのだ。わたしはもう二度と男に振り回されたくはない。二度と本気の恋なんてしたくはないのだ。また捨てられて傷つけられるだけだから。
「……っ」
フェレイドの美貌に動揺が走る。
「サーヤ、わたしはそんなつもりではないっ!!わたしはっ!!」
「もう何も言わないで!!」
わたしは両の耳を抑えた。
「この世界であなたに尽くして、それで心変わりをされてしまったら、わたしは今度はどこに行けばいいの? 愛なんて不確かなものに怯えるより、元の世界に帰ってひとりで生きて行ったほうがマシよ!!」
青い目が大きく、大きく見開かれる。フェレイドは宙に浮かぶわたしを悲しげに見上げた。
「わたしはあなたを愛しているんだ。決して心変わりなどしない。どうしたら信じてくれる……?」
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