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 俺とアディはベッドの上に腰掛け、しばらくの間黙り込んでいた。やがてアディが「驚いたわ」とぽつりと呟く。

「でも、そっちがほんとのジェラールなのよね。やっぱりそっちのほうがずっと素敵よ」

 アディの屈託のない笑顔に胸が痛む。これから婚約破棄について話さなければならない。きっと傷つくに違いなかったけれども、隠しておくよりはいいと思った。

 俺は「アディ」とアディの目を真っ直ぐに見つめた。

「アディ、話があるんだ。落ち着いて聞いてほしい」

 大きな紫の二つの目が俺に向けられる。俺は心臓がどきんとなるのを感じた。その目が俺よりずっと大人に見えたからだ。

 アディは「わかっているわ」と顔を伏せた。

「フィリップ様から婚約を破棄されたんでしょう?」

「なっ……」

 さすがに驚きベッドから立ち上がる。

 まだ何も言っていないのに、どうしてそこまでわかるんだ?

 アディは「知っているのよ」と苦笑しながら微笑んだ。

「私は全部知っているの」

 「聞いてくれる?」と俺を困ったような目で見上げる。

「ジェラールには聞いてほしいの。お願い」

 アディはそれから一時間をかけて、アディが別人だったころの「前世」を語った。

「私の前世はさえないアラサーのOLで、恋愛なんて一度もしたことがなかったの。そんな中で唯一の楽しみが乙女ゲームだった」

 何がなんだかさっぱり理解できないが、とにかくそのおとめげーむの世界は、俺たちがいるこの世界とそっくりなんだそうだ。

「その中でメインヒーローのフィリップ様が一番好きだったの。金髪碧眼で、いつもヒロインを庇ってくれて、夢の王子様みたいに思えていた。グッズも集めちゃってほんとハマっちゃってね」

 でもね、とアディの目から涙が一粒落ちる。

「私、インフルエンザをこじらせて、そのまま一人ぼっちでアパートで死んじゃったんだ」

 そして、ある日はっと気づいた時には、「アデライード」に生まれ変わっていた。

「私は……アデライードはこの世界では悪役令嬢なの。ヒロインの恋路を邪魔するフィリップ様の婚約者。でもね、私、悪役令嬢だけど、フィリップ様が好きだった。あこがれの人の婚約者になれて嬉しくて、ヒロインに負けないようにって頑張った」

 けれども、アディは病に倒れてしまった。

「ああ、やっぱり悪役は悪役だから神様が見張っていて、幸せになっちゃいけないんだろうなって思っていた」
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