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過去(3)
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この王国では王族や貴族は十二歳で、全寮制の学園に入学することになっている。将来の支配層のための教育だけではなく、コネクションを構築させるのが目的だ。
来年十二歳になるアディは当然だけれども、なんと俺も閣下の好意で入学が決まっていた。アディのお守り役を引き受けてほしいのだと言う。
俺は二つ返事で「もちろんです」と頷いていた。学園にはアディの婚約者も来ると聞いていたからだ。王太子・フィリップはどんなやつなのかを、この目でちゃんと見ておきたかった。
ところが入学まで二ヵ月を切るころになって、アディが重い病にかかってしまったんだ。身体が血をうまく作れなくなって、異常に疲れやすくなる症状が出た。
この病は不治でも、一生治らないというわけでもない。けれども完治までに数年から、場合によっては十年以上かかることもあると医師に言われた。
アディは医師の診断を聞いて以来、ベッドに伏せって泣き続けていた。これじゃ結婚なんて一生できないと。王家との婚約は破棄されるかもしれない――閣下も重苦しい表情でそう言っていた。
王太子の婚約者の絶対条件は健康な身体だ。風邪ならともかくこれだけの病になれば、婚約破棄もやむを得ないと見なされるんだそうだ。
俺はそんなと拳を握り締めるしかなかった。アディは王太子の婚約者になって以来、毎日、毎日、毎日、勉強も、ダンスも、マナーも一生懸命頑張って来た。王太子は幸せ者だと俺が何度も嫉妬したくらいだ。それなのに――。
俺は毎日見舞いに行ったけれども、なんの慰めにもならないみたいだった。その日アディは気持ちが沈んだのか、とんでもないことを言い始めた。
「私は……きっと神様に嫌われているんだ」
「アディ」
「だから前世でも早く死んで、今世でも早く死んじゃうんだ」
「……!!」
俺は我慢しきれずにベッドに駆け寄ると、「アディ!」とすっかり痩せた腕を掴んだ。
「俺がアディになるよ。アディの病気が治るまで、俺がアディになる」
「えっ……」
「だから、そんなこと言うんじゃない!! 元気になることだけを考えろ!!」
閣下は俺の提案に「何を考えている!?」と目を見開いた。
「お前が身代わりになるだと!?」
俺は大きく頷き姿勢を正した。
「閣下、アディ……お嬢様は王太子殿下を好いていらっしゃいます。今婚約を破棄されては、お嬢様が生きる気力を失ってしまいます」
けれども、それだけじゃないと閣下を真っ直ぐに見つめる。
「それに、今王太子殿下との婚約が破棄されては、代わって隣国の王女が後釜になる可能性が高い。それでは我が国は危うい……違いますか?」
こう言えば閣下が断れないことは、今までアディといっしょに学んできた、歴史や、地理や、外交の授業から推測できた。
隣国は俺達の王国を侵略しようと狙っている。もし王太子とアディとの婚約が破棄されれば、これ幸いと自国の王女を押し付けてくるだろう。当然それを理由に国政に干渉してくるはずだ。閣下が最も望まない結末だろう。
だから、俺はそれを交渉の材料に使ったんだ。恐れ多くもシャルトル公に向かって――。
「責任はすべて俺が取ります」
「お願いします」と俺は頭を下げた。
「どうかお願いします」
「ジェラール、お前は……」
閣下からの答えはそれきりなく、俺はやっぱり駄目だったかと目を閉じた。ところが次の瞬間ぽんと肩を叩かれ、「顔を上げなさい」と言われたのだ。
「お前がこれほど賢いとは思わなかった」
閣下は俺の目をじっと見つめて、「……頼んだ」と小さな声で言った。
「お前にしかできないことだ」
来年十二歳になるアディは当然だけれども、なんと俺も閣下の好意で入学が決まっていた。アディのお守り役を引き受けてほしいのだと言う。
俺は二つ返事で「もちろんです」と頷いていた。学園にはアディの婚約者も来ると聞いていたからだ。王太子・フィリップはどんなやつなのかを、この目でちゃんと見ておきたかった。
ところが入学まで二ヵ月を切るころになって、アディが重い病にかかってしまったんだ。身体が血をうまく作れなくなって、異常に疲れやすくなる症状が出た。
この病は不治でも、一生治らないというわけでもない。けれども完治までに数年から、場合によっては十年以上かかることもあると医師に言われた。
アディは医師の診断を聞いて以来、ベッドに伏せって泣き続けていた。これじゃ結婚なんて一生できないと。王家との婚約は破棄されるかもしれない――閣下も重苦しい表情でそう言っていた。
王太子の婚約者の絶対条件は健康な身体だ。風邪ならともかくこれだけの病になれば、婚約破棄もやむを得ないと見なされるんだそうだ。
俺はそんなと拳を握り締めるしかなかった。アディは王太子の婚約者になって以来、毎日、毎日、毎日、勉強も、ダンスも、マナーも一生懸命頑張って来た。王太子は幸せ者だと俺が何度も嫉妬したくらいだ。それなのに――。
俺は毎日見舞いに行ったけれども、なんの慰めにもならないみたいだった。その日アディは気持ちが沈んだのか、とんでもないことを言い始めた。
「私は……きっと神様に嫌われているんだ」
「アディ」
「だから前世でも早く死んで、今世でも早く死んじゃうんだ」
「……!!」
俺は我慢しきれずにベッドに駆け寄ると、「アディ!」とすっかり痩せた腕を掴んだ。
「俺がアディになるよ。アディの病気が治るまで、俺がアディになる」
「えっ……」
「だから、そんなこと言うんじゃない!! 元気になることだけを考えろ!!」
閣下は俺の提案に「何を考えている!?」と目を見開いた。
「お前が身代わりになるだと!?」
俺は大きく頷き姿勢を正した。
「閣下、アディ……お嬢様は王太子殿下を好いていらっしゃいます。今婚約を破棄されては、お嬢様が生きる気力を失ってしまいます」
けれども、それだけじゃないと閣下を真っ直ぐに見つめる。
「それに、今王太子殿下との婚約が破棄されては、代わって隣国の王女が後釜になる可能性が高い。それでは我が国は危うい……違いますか?」
こう言えば閣下が断れないことは、今までアディといっしょに学んできた、歴史や、地理や、外交の授業から推測できた。
隣国は俺達の王国を侵略しようと狙っている。もし王太子とアディとの婚約が破棄されれば、これ幸いと自国の王女を押し付けてくるだろう。当然それを理由に国政に干渉してくるはずだ。閣下が最も望まない結末だろう。
だから、俺はそれを交渉の材料に使ったんだ。恐れ多くもシャルトル公に向かって――。
「責任はすべて俺が取ります」
「お願いします」と俺は頭を下げた。
「どうかお願いします」
「ジェラール、お前は……」
閣下からの答えはそれきりなく、俺はやっぱり駄目だったかと目を閉じた。ところが次の瞬間ぽんと肩を叩かれ、「顔を上げなさい」と言われたのだ。
「お前がこれほど賢いとは思わなかった」
閣下は俺の目をじっと見つめて、「……頼んだ」と小さな声で言った。
「お前にしかできないことだ」
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