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11.新婚旅行(前編)

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「新婚旅行ですか?」

「そうだよ。暖かくなってきたし、ソフィーと二人で旅行したいと思ってね」

 レイモンドが寝る支度を整えながら私に旅行の提案をした。

 新婚旅行かぁ……
 なんとも言えない幸せな響きに胸が弾む。

「やっと仕事が一段落したことだし、また結婚式で忙しくなる前に行こうよ」

 レイモンドの言う結婚式とは、イザベラとアルフレッドの結婚式だ。

 ロイヤルウエディングだけあって、大掛かりな準備が必要らしい。騎士団長の一人であるレイモンドも近頃ひどく忙しそうだ。

「イザベラ様の結婚式は夏になるのかな?」

「いや、多分秋になるだろうね」

 イザベラの婚約が決まった時の、国王陛下の喜びはすごいものだった。きっと結婚の時も大変な騒ぎになるだろう。

「結婚式のことなんかより……」

 レイモンドは私が座っているベッドにあがってきた。後ろからぎゅっと抱きしめられ、心臓が大きな音をたてる。

「新婚旅行、一緒に行ってくれるかい?」

 耳元で囁かれたかと思った次の瞬間には、首すじにちゅっとキスをされた。背中全体にレイモンドを感じて体が熱い。

 もう……これじゃうまく頭が働かない……

「ソフィー、返事は?」

「行きたいです」

 こうして私達はめでたく新婚旅行に出発することになったのだ。



「ごめんね、ソフィー……二人ともついてくるって聞かなくて……」
 ため息をつきながら、レイモンドが申し訳なさそうな表情で私を見た。

「いいじゃない、私達だってソフィアと一緒に旅行したいわ」

 私に向かって楽しそうな笑顔を見せているのは、レイモンドの両親だ。

「私はご一緒できて嬉しいです」
 レイモンドの両親は私にもよくしてくれるいい人達だ。

 ただどんなにいい人達でも、一緒にいると緊張してしまう。それに二人から特に何かを言われたわけではないけれど、私がレイモンドよりも6つも年上な事に、どうしても引け目を感じてしまうのだ。

 はぁ……

 心の中で大きなため息をついた。
 狭い馬車の中で義理の両親とずっと一緒なのは、思った以上に肩が凝る。

 さすがのレイモンドも、自分の両親の前では私に触れてはこず大人しくしている。心のどこかで甘々すぎて困ってしまう新婚旅行を期待していたのかもしれない。ほっとしたような、少し残念なような気分だ。

 それにしても馬車の旅は体がきついし、時間もかかる。早く誰か車を開発してくれないかしら……

 今回の新婚旅行先は国の最南端で、レイモンドの叔父さんの所だと聞いている。

 初めて会う親戚もいるんだし、皆に好きになってもらえるよう頑張ろう。狭い馬車の中でこっそりと気合いをいれた。



「ようこそ。長旅で疲れたでしょう」

「お会いできて嬉しいわ」

 にこやかな笑顔で出迎えてくれるレイモンドの叔父夫婦に丁寧に挨拶をしていると、一人の少女が廊下をかけてくるのが目に入った。

「お兄様!!」
 少女は走り込んで来た勢いのまま、レイモンドにとびついた。

「お兄様、お会いしたかったですわ」
 
 少女を抱き止めたレイモンドの嬉しそうな顔を見て心がざわつく。

「ソフィーおいで。紹介するよ。いとこのメリッサだ」

 よろしくお願いしますと少女は笑って頭をさげた。

 いとこなら仲良くても仕方ないわよね……

 そう思っているのに、レイモンドとメリッサが仲良さそうに笑い合う姿を見てもやもやするのは、メリッサがとても美しいからだろう。

 年齢は13、14歳くらいだろうか。白く透き通った肌はとてもハリがあり若々しい。金色の長い髪、薄い緑がかった大きな目、小さなピンクの唇……どれをとっても素晴らしく可愛らしい。

 張り合っても仕方ないことだけど、勝てる要素が見つからない。並んで立つレイモンドとメリッサは美しく、悔しいけれどお似合いだ。

「後でウォーレンも来るって言ってました」

 メリッサの言葉に、「それは楽しみだ」とレイモンドは嬉しそうな顔を見せた。

 ウォーレンというのは、メリッサの幼馴染で、レイモンドとは仲のよい友人のようだ。

 アニメに出てくる王子様、それがウォーレンの第一印象だった。レイモンドやアルフレッドは同じ男前でもたくましいヒーロー系だ。それに対してウォーレンには、高貴な香り漂う王者の風格があった。

 私に会うなりウォーレンは、 
「ずっとお会いしたいと思ってたんですよ」

 っと言って、私の両手をぎゅっと握った。イケメンのあんまりにも人懐っこい笑顔に、思わずときめいてしまう。

「レイモンドから話は聞いてましたが、こんなに可愛いらしい方だったなんてびっくりだ」
 
 ウォーレンが私の手に挨拶のキスをした瞬間、胸がトクンと鳴った。かぁっと顔が熱くなるのを感じる。

「……悪いけど、ソフィーは長旅で疲れているみたいだ。少し休ませてもらおう。おいでソフィー」

 レイモンドはあきらかに不機嫌だ。

「そうか。では夕食の時にゆっくり話そう」

 レイモンドの態度を特に気にすることもなく、ウォーレンは私達に手を振った。

 用意された部屋へ戻ると、ドアが閉まるなりドンっとレイモンドの両腕に閉じ込められた。背中にドアの冷たさを感じる。

「はぁ……」

 私を閉じ込め、レイモンドは大きなため息をついた。俯いているためその表情は見えない。

「レイ?」

「ねぇソフィー? どうしてあんな顔してるの?」

「えっ?」
 レイモンドの言っている意味が分からず首を傾げた。

「ダメだよ、あんな顔しちゃ……」
 
「レイ? ……んっ……」

 強引に唇が奪われる。いつもの優しいキスではなく、噛み付くような荒々しいキスだ。痛いほどにきつく抱きしめられて息が苦しい。

 レイモンドが怒っている理由が、私がウォーレンに対して赤面したことだと気づくのに時間がかかったことで、余計にレイモンドはイラついているようだ。

 毎日レイモンドのようなイケメンを見続けているのにも関わらず、不覚にもときめいてしまった自分が情けない。

「ごめんね。もう他の人に赤くなったりしないから許して」

 レイモンドの胸に顔をスリスリすると、レイモンドの腕が少し緩んだ。

「ねぇ、まだ怒ってる?」

「怒ってるよ。でも、ソフィーからキスしてくれたら許してあげる」

「もう、レイってば……」 

 レイの手を握り、精一杯背伸びをした。瞳を閉じて、レイモンドの唇にそっと唇を重ねる。

 どうやらレイモンドの機嫌はなおったようで、ピリついた空気がなくなった。では今度は私の番だ。

「レイの方こそ、ずいぶん可愛らしい方と抱き合ってたよね……」

 私を抱きしめたまま、レイモンドは訳が分からないというように眉間に皺を寄せた。

「メリッサ様のことよ。ずいぶん仲がいいのね」

「抱き合ってって言うから何のことかと思ったよ」
 レイモンドはおかしそうに声を出して笑った。

「メリッサは私のいとこだし、小さい頃よく遊んでいたからね。まぁ妹みたいなものかな」

 だから挨拶のハグくらい当たり前だとでもいうようなレイモンドの口調は気に入らない。

「じゃあ私とアルフレッド様は義理の兄妹なんだから、同じように……」

 とびついてもいいのよね……?
 っと言い終える前に慌てて口を継ぐんだ。

「同じように……の続きは?」

 口調に変化はなかったが、私を見るレイモンドの瞳の中には、苛立つような光が見えた。

 もちろん本気でアルフレッドに抱きつくつもりはない。ちょっと意地悪で言ってみたくなっただけなのに……レイモンドにこの手の冗談は通じそうもなかった。

「……何でもないわ」
 レイモンドが、よしよしと私の頭を撫でる。

「でも、やっぱりレイがあんな可愛い子を抱きしめてるのを見るのは嫌だな」
 私の呟きに、レイモンドの顔がほころんだ。

「もしかして……ソフィー、妬いてるの?」

「はい、妬いてます」
 素直に頷いた私を、レイモンドは声を出して笑いながら抱きしめた。

「ソフィー、可愛い!!」

「だって……メリッサ様は本当に美しくて、私よりだいぶ若いんだもん」

「あぁ。ソフィーにやきもちを焼かれるなんて、最高の気分だ」

 子供のようにはしゃぐレイモンドを見ていたら、何だかさっきまでのモヤモヤした気持ちが消えてしまった。

 本当に、レイモンドったら可愛いんだから……

「ねぇ、レイ? 私、めちゃくちゃ怒ってるんだけどな」

「それは困った。どうすれば許してもらえるかな?」
 レイモンドが何かを期待するような瞳で私を見ている。

「キスしてくれたら、許してあげるわ」
 
「喜んで」
 レイモンドが両手で私の頬を包むように触れ、そっと優しいキスをくれる。

「お義母様達の前ではできないから、今のうちにしっかりレイに触っておかなきゃ」

 しがみついて胸に額をスリスリっとこすりつける私を見て、レイモンドは楽しそうに笑った。

「ソフィーが触ってくれるなら、例え両親の前だろうと、国王陛下の前だろうと大歓迎だよ」

「そんな冗談言ってたら、本当に触っちゃうんだからね」

 レイモンドと見つめあうと、自然と笑みが浮かんでくる。つかの間だけれど、新婚旅行らしい二人きりの甘い時間を満喫することができた。
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