上 下
5 / 14

5.騎士、天国と地獄

しおりを挟む
 レイモンドはご機嫌だった。午前中には、ひとりでニヤニヤしすぎて同じ団の仲間達が若干引くほどだった。

 油断すると笑い出してしまいそうだ。顔に力を入れ、口元を引き締める。

 もちろん団員達も、レイモンドがソフィアに夢中な事は知っていた。ソフィアが婚約をオッケーしたことは、団員達にとっても嬉しい出来事だ。

 ここ数日は本当に忙しかった。
 久しぶりに会いに行ったソフィアの笑顔は相変わらず可愛らしい。見ているだけで、日頃の疲れなんて飛んでいってしまう。

 自分のために、自らお茶の用意をしてくれようとするソフィアを制止し、その白く柔らかい手を握った。その途端、白い顔が耳まで赤く染まる。あまりの可愛さに思わず手に力が入った。

 ソフィアは本当に天使か女神なんじゃないか……

 この世に、こんなにも可愛らしい存在があっていいのだろうか。レイモンドはソフィアの顔を見つめながら、本気でそう思っていた。手を握っているだけで、ソフィア不足だったのが満たされていく。

「あの、レイ?」
 ソフィアが難しい顔をしてこちらを見ている。

「ごめん、嫌だったかな?」
 慌ててパッと手を離した。

 もしかして、嫌われてしまったのだろうか?
 ソフィアのこんな顔は初めてで不安がよぎる。

「そうではなくて……」
 ソフィアが言った言葉に一瞬時が止まった。

 今何て言った?
 うまく言葉が出ない……

「今……好きって言った?」

 聞き間違いではないことを祈りながら聞き返すと、ソフィアは恥ずかしそうに頷いた。

 ソフィア、ソフィア、ソフィア……
 ソフィアを抱きしめながら、あまりの幸福に目頭が熱くなるのを感じた。

「もう一度言って」

 恥ずかしそうに視線をそらすソフィアのあごを持ち上げこちらを向かせる。

 もう一度聞きたい。間違いではない事を確認させて欲しい。

「レイのことが好き」

 少し涙ぐむソフィアがたまらなく愛しい。あぁ、なんでこんなに可愛いんだろう。

 抑えきれずにソフィアの可愛い唇にそっと口づける。真っ赤になって息をとめているソフィアが可愛すぎて困ってしまう。

 しつこくして嫌われたくない……でも抑えがきかない。

 もう一度だけ……そう思いながらレイモンドは何度もキスをするのだった。



  ☆ ☆ ☆



 いくらソフィアが自分を受け入れてくれたからといって、すぐに婚約できるわけではない。正式に婚約するためには、王の承認等、多くの手続きが必要なため最低でも1ヶ月以上はかかるのだ。それでも10年以上ソフィアを求め続けたレイモンドにとって、1カ月なんてあっと言う間に思えた。

「もう少しだ」

 レイモンドはこの状況に満足していた。あともう少しで、ソフィアを自分のものだと宣言できる。

 さて、ソフィアはどこにいるだろう?

 華やかな夜会会場を見回すが、ソフィアの姿は見えなかった。今日の夜会にはソフィアも来るはずだが、まだ来ていないのだろうか。

 本当は自分がソフィアをエスコートしたかったが、そうもいかない事情がレイモンドにはあった。今日の夜会は来賓の都合上、警備体制を万全に整えておく必要があったのだ。

 警備のものものしい雰囲気を感じさせぬよう、団長であるレイモンドは出席者として会場入りしている。

 もちろん仕事を疎かにするつもりはないが、少しくらいソフィアと過ごす時間はとれるだろう。今までは近づくことすらできなかったソフィアとの初めてのダンスを期待し、レイモンドは少しだけ浮かれていた。

 お偉いさんのご機嫌とりも、レイモンドの重要な仕事の一つだ。会場中、怪しい所がないかを警備しながら挨拶してまわる。

 笑顔で愛想を振りまいていると、一人で立ちつくしているイザベラ王女が目に留まった。

「イザベラ王女、どうされ……」
 レイモンドの言葉がとまる。

 イザベラ王女の視線の先には流れるように踊る1組の男女がいた。

「ソフィー」
 兄のアルフレッドと踊っているのは、愛しいソフィアだった。

「まぁご覧になって。アルフレッド様が踊ってらっしゃる」

「珍しいわ。私も踊っていただけないかしら」

「お相手はやっぱりソフィア様なのね」

「本当にお二人とも美しくて……」

 お似合いだと口々に言う令嬢達の声がやけに大きく聞こえた。

 体が冷たくなるのを感じる。
 微笑みあっている二人は、レイモンドから見てもお似合いだった。決して認めたくないはなかったが、アルフレッドと踊るソフィアはいつも以上に魅力的だ。

 やっぱり兄には敵わないのだろうか。
 そんな諦めにも似たような感情がレイモンドの胸に広がっていく。
 
 仕事も身のこなしも完璧な兄のアルフレッドは、レイモンドにとって憧れだ。兄にようになりたいと今でも思っている。

 そのアルフレッドがソフィアと見つめ合っている。そのことがレイモンドを不安にさせた。

 兄は非常に女性からの人気が高い。けれども、どれだけ多くの令嬢から想いを寄せられても軽く流しつづけている。そんな兄に、レイモンドは誰か思う人がいるのかと尋ねてみたことがあった。

「そんな女性はいないよ」

 その時は笑って否定されてしまったが、もし兄がソフィアの事を好きだったとしたら……

 恐ろしい考えに目眩がした。
 もしそうだとしたら、ソフィアも自分より兄の方がいいに決まっている。

 二人のダンスが終わった。
 ソフィアのそばに行かなくては……今すぐ側に……
 
 そう思うのに、二人の雰囲気が気になり体が動かない。

「……っ」

 言葉にならない声がレイモンドのくちから漏れた。アルフレッドがソフィアの手にキスをしたのだ。

 ソフィアに触れたアルフレッドに対する嫉妬と、ソフィアの心が奪われるのではないかという不安で押しつぶされそうだ。

 眩しい笑顔で見つめ合う二人見つめながら、レイモンドはただその場に立ち尽くすことしかできなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】お見合いに現れたのは、昨日一緒に食事をした上司でした

楠結衣
恋愛
王立医務局の調剤師として働くローズ。自分の仕事にやりがいを持っているが、行き遅れになることを家族から心配されて休日はお見合いする日々を過ごしている。 仕事量が多い連休明けは、なぜか上司のレオナルド様と二人きりで仕事をすることを不思議に思ったローズはレオナルドに質問しようとするとはぐらかされてしまう。さらに夕食を一緒にしようと誘われて……。 ◇表紙のイラストは、ありま氷炎さまに描いていただきました♪ ◇全三話予約投稿済みです

最悪なお見合いと、執念の再会

当麻月菜
恋愛
伯爵令嬢のリシャーナ・エデュスは学生時代に、隣国の第七王子ガルドシア・フェ・エデュアーレから告白された。 しかし彼は留学期間限定の火遊び相手を求めていただけ。つまり、真剣に悩んだあの頃の自分は黒歴史。抹消したい過去だった。 それから一年後。リシャーナはお見合いをすることになった。 相手はエルディック・アラド。侯爵家の嫡男であり、かつてリシャーナに告白をしたクズ王子のお目付け役で、黒歴史を知るただ一人の人。 最低最悪なお見合い。でも、もう片方は執念の再会ーーの始まり始まり。

貴方の子どもじゃありません

初瀬 叶
恋愛
あぁ……どうしてこんなことになってしまったんだろう。 私は眠っている男性を起こさない様に、そっと寝台を降りた。 私が着ていたお仕着せは、乱暴に脱がされたせいでボタンは千切れ、エプロンも破れていた。 私は仕方なくそのお仕着せに袖を通すと、止められなくなったシャツの前を握りしめる様にした。 そして、部屋の扉にそっと手を掛ける。 ドアノブは回る。いつの間にか 鍵は開いていたみたいだ。 私は最後に後ろを振り返った。そこには裸で眠っている男性の胸が上下している事が確認出来る。深い眠りについている様だ。 外はまだ夜中。月明かりだけが差し込むこの部屋は薄暗い。男性の顔ははっきりとは確認出来なかった。 ※ 私の頭の中の異世界のお話です ※相変わらずのゆるゆるふわふわ設定です。ご了承下さい ※直接的な性描写等はありませんが、その行為を匂わせる言葉を使う場合があります。苦手な方はそっと閉じて下さると、自衛になるかと思います ※誤字脱字がちりばめられている可能性を否定出来ません。広い心で読んでいただけるとありがたいです

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。

若松だんご
恋愛
 「リリー。アナタ、結婚なさい」  それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。  まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。  お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。  わたしのあこがれの騎士さま。  だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!  「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」  そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。  「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」  なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。  あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!  わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

処理中です...