4 / 14
4.イザベラ王女の憂鬱
しおりを挟む
イザベラは遅い朝食を済ませ、のんびりと本を読んでいた。そこへソフィアからのメッセージが届く。
ソフィアから会いたいと言ってくるのは珍しい。きっとレイモンドの事だろう。
よくもまぁこの10年間、ソフィアに秘密にできたことだ。自分もレイモンドも、彼女の周りの者達も、ソフィアには知らせないようにしてきた。けれどもソフィアも全く何も気づかないなんて、鈍すぎる。ふふっとイザベラは笑った。でもそれがソフィアのいい所かもしれない。
イザベラとソフィアが友人になったのは、3歳だったか4歳だったか……とにかく思い出せないくらい昔のことだ。
けれど国王である父の友人の娘であるソフィアが、イザベラの遊び相手として王宮へ連れて来られた時の事はよく覚えている。
ソフィアは昔からよく笑う子だった。自分が王女らしからぬ振る舞いをしても、他の子のようにひきつった愛想笑いではなく、本当に楽しそうに笑いとばしてくれた。その笑い声に何度救われたことか。それは今も昔も変わらない。
「お出かけ日和ですね」
馬車の前でイザベラを待っていたのはレイモンドだ。
また護衛を押し付けられたのね……
イザベラは少しだけ申し訳なく思った。
王女であるイザベラが外出の際は護衛がつくのだが、気になる物があると馬車を出てしまうイザベラは、騎士達に快く思われていなかった。
「じゃじゃ馬姫」
騎士達が自分の事をそう呼んでいるのも知っている。そのためイザベラとは旧知の仲であるレイモンドがお供の役を押し付けられることが多かったのだ。それはレイモンドが団長になった今も変わらない。
「ソフィアの所に行くわ。何か話があるみたい」
何の話でしょうね……とレイモンドは面白そうに笑った。レイモンドがソフィアに求婚した事はもちろん知っている。その話だと分かっているのに、とぼけた様子のレイモンドが気にいらない。
あんなにチビだったのに、ずいぶん生意気になったものだ。10年前は自分より小さかったレイモンドの端整な横顔を見上げる。
ああ……やっぱり似ている……
ツクンと胸が痛んだ。イザベラは心の中で静かに思いを寄せる人の名を呼んだ
……アルフレッド……
「アルフレッドとソフィアが婚約することになった」
そう父から言われたのはイザベラが14歳の時だった。父の言葉に頭の中が真っ白になる。
優しくてたくましいアルフレッド。そのアルフレッドにイザベラは密かに恋をしていたのだ。
大好きなアルフレッドが親友のソフィアと結婚する。こんな恐ろしいことはない。しかしイザベラにはどうすることもできなかった。できるのはただ、二人の婚約がなくなることを祈ることだけだ。
そんな時だった。学園のテラスでいつものようにお茶を飲んでいると、木々の間からこちらをのぞいている怪しい少年を見つけた。
ソフィアを見ているのね。
その子が誰だかは知っていた。レイモンド ブルースター。アルフレッドの6つ年下の弟だ。兄の婚約者を見に来たのだろう。ソフィアには気づかれないよう笑ってはいたが、イザベラの胸は悲しみで張り裂けそうだった。
毎日毎日飽きもせずやってくるな……
レイモンドの姿を初めて見かけてから何日たっただろうか……
毎日のようにソフィアを覗きにやってくるレイモンドを、半ば呆れたように見つめる。
目の前に座るソフィアはそんなイザベラやレイモンドに全く気付かない様子でお菓子を食べている。その幸せな様子にイザベラの心は癒される。その時、ソフィアの笑顔にレイモンドが表情を和らげた。
あれは恋をしている瞳だ。あの子も私と一緒で、告げることのできない想いを胸に抱いている。
なぜだか急に親近感が湧いてきた。レイモンドと話してみよう。何かが変わる予感を胸に、イザベラはすぐさま行動を起こした。
レイモンドに会いに行くと、そこにはアルフレッドもいた。アルフレッドに会えた嬉しさで幸せな気持ちになる。
イザベラがアルフレッドのことを好きだと知られてしまえば、彼女を愛してやまない父や兄は、すぐさまアルフレッドをイザベラの婚約者にするだろう。
そんな事は絶対に嫌だ。政略結婚が当たり前の家柄だとしても、自分のせいで大好きなアルフレッドに悲しい思いをさせるのは絶対に避けたかった。
風変わりだと皆に一歩も二歩も引かれている自分の婚約者なんて……迷惑がられるくらいなら、このまま密かに見つめている方が幸せだ。
自分の想いを告げられなくてもいい。
見つめているだけでもいい。
いつか誰かと幸せになってほしい。
でも……私の大好きなソフィアを愛する姿だけは見たくない。
馬車に揺られながら、イザベラは昔を思い出していた。自分はレイモンドの純粋な恋心を利用して、アルフレッドとソフィアの婚約をつぶしたのだ。
レイモンドに協力したのは自分のためだったと分かったら、ソフィアは私を軽蔑するだろうか……?
イザベラを迎えるソフィアの笑顔は、いつもと変わらず明るくてほっとする。イザベラの後ろにレイモンドの姿を見つけ、少し嬉しそうだ。ソフィアも満更でもないのかも知れないと思うと、イザベラは安心した。
このまま二人がうまく行けばいい。そうすれば、自分のしたことを責められることはないだろう。
テーブルは、プチトマトが山積みになっている。私がトマトを好きだと言ったら、自分で育てたトマトを食べさせてくれる友達なんて、ソフィア以外にはいないわ。
どうか大好きな親友が幸せになってくれますように……イザベラは心から祈るのだった。
ソフィアから会いたいと言ってくるのは珍しい。きっとレイモンドの事だろう。
よくもまぁこの10年間、ソフィアに秘密にできたことだ。自分もレイモンドも、彼女の周りの者達も、ソフィアには知らせないようにしてきた。けれどもソフィアも全く何も気づかないなんて、鈍すぎる。ふふっとイザベラは笑った。でもそれがソフィアのいい所かもしれない。
イザベラとソフィアが友人になったのは、3歳だったか4歳だったか……とにかく思い出せないくらい昔のことだ。
けれど国王である父の友人の娘であるソフィアが、イザベラの遊び相手として王宮へ連れて来られた時の事はよく覚えている。
ソフィアは昔からよく笑う子だった。自分が王女らしからぬ振る舞いをしても、他の子のようにひきつった愛想笑いではなく、本当に楽しそうに笑いとばしてくれた。その笑い声に何度救われたことか。それは今も昔も変わらない。
「お出かけ日和ですね」
馬車の前でイザベラを待っていたのはレイモンドだ。
また護衛を押し付けられたのね……
イザベラは少しだけ申し訳なく思った。
王女であるイザベラが外出の際は護衛がつくのだが、気になる物があると馬車を出てしまうイザベラは、騎士達に快く思われていなかった。
「じゃじゃ馬姫」
騎士達が自分の事をそう呼んでいるのも知っている。そのためイザベラとは旧知の仲であるレイモンドがお供の役を押し付けられることが多かったのだ。それはレイモンドが団長になった今も変わらない。
「ソフィアの所に行くわ。何か話があるみたい」
何の話でしょうね……とレイモンドは面白そうに笑った。レイモンドがソフィアに求婚した事はもちろん知っている。その話だと分かっているのに、とぼけた様子のレイモンドが気にいらない。
あんなにチビだったのに、ずいぶん生意気になったものだ。10年前は自分より小さかったレイモンドの端整な横顔を見上げる。
ああ……やっぱり似ている……
ツクンと胸が痛んだ。イザベラは心の中で静かに思いを寄せる人の名を呼んだ
……アルフレッド……
「アルフレッドとソフィアが婚約することになった」
そう父から言われたのはイザベラが14歳の時だった。父の言葉に頭の中が真っ白になる。
優しくてたくましいアルフレッド。そのアルフレッドにイザベラは密かに恋をしていたのだ。
大好きなアルフレッドが親友のソフィアと結婚する。こんな恐ろしいことはない。しかしイザベラにはどうすることもできなかった。できるのはただ、二人の婚約がなくなることを祈ることだけだ。
そんな時だった。学園のテラスでいつものようにお茶を飲んでいると、木々の間からこちらをのぞいている怪しい少年を見つけた。
ソフィアを見ているのね。
その子が誰だかは知っていた。レイモンド ブルースター。アルフレッドの6つ年下の弟だ。兄の婚約者を見に来たのだろう。ソフィアには気づかれないよう笑ってはいたが、イザベラの胸は悲しみで張り裂けそうだった。
毎日毎日飽きもせずやってくるな……
レイモンドの姿を初めて見かけてから何日たっただろうか……
毎日のようにソフィアを覗きにやってくるレイモンドを、半ば呆れたように見つめる。
目の前に座るソフィアはそんなイザベラやレイモンドに全く気付かない様子でお菓子を食べている。その幸せな様子にイザベラの心は癒される。その時、ソフィアの笑顔にレイモンドが表情を和らげた。
あれは恋をしている瞳だ。あの子も私と一緒で、告げることのできない想いを胸に抱いている。
なぜだか急に親近感が湧いてきた。レイモンドと話してみよう。何かが変わる予感を胸に、イザベラはすぐさま行動を起こした。
レイモンドに会いに行くと、そこにはアルフレッドもいた。アルフレッドに会えた嬉しさで幸せな気持ちになる。
イザベラがアルフレッドのことを好きだと知られてしまえば、彼女を愛してやまない父や兄は、すぐさまアルフレッドをイザベラの婚約者にするだろう。
そんな事は絶対に嫌だ。政略結婚が当たり前の家柄だとしても、自分のせいで大好きなアルフレッドに悲しい思いをさせるのは絶対に避けたかった。
風変わりだと皆に一歩も二歩も引かれている自分の婚約者なんて……迷惑がられるくらいなら、このまま密かに見つめている方が幸せだ。
自分の想いを告げられなくてもいい。
見つめているだけでもいい。
いつか誰かと幸せになってほしい。
でも……私の大好きなソフィアを愛する姿だけは見たくない。
馬車に揺られながら、イザベラは昔を思い出していた。自分はレイモンドの純粋な恋心を利用して、アルフレッドとソフィアの婚約をつぶしたのだ。
レイモンドに協力したのは自分のためだったと分かったら、ソフィアは私を軽蔑するだろうか……?
イザベラを迎えるソフィアの笑顔は、いつもと変わらず明るくてほっとする。イザベラの後ろにレイモンドの姿を見つけ、少し嬉しそうだ。ソフィアも満更でもないのかも知れないと思うと、イザベラは安心した。
このまま二人がうまく行けばいい。そうすれば、自分のしたことを責められることはないだろう。
テーブルは、プチトマトが山積みになっている。私がトマトを好きだと言ったら、自分で育てたトマトを食べさせてくれる友達なんて、ソフィア以外にはいないわ。
どうか大好きな親友が幸せになってくれますように……イザベラは心から祈るのだった。
0
お気に入りに追加
829
あなたにおすすめの小説
【完結】お見合いに現れたのは、昨日一緒に食事をした上司でした
楠結衣
恋愛
王立医務局の調剤師として働くローズ。自分の仕事にやりがいを持っているが、行き遅れになることを家族から心配されて休日はお見合いする日々を過ごしている。
仕事量が多い連休明けは、なぜか上司のレオナルド様と二人きりで仕事をすることを不思議に思ったローズはレオナルドに質問しようとするとはぐらかされてしまう。さらに夕食を一緒にしようと誘われて……。
◇表紙のイラストは、ありま氷炎さまに描いていただきました♪
◇全三話予約投稿済みです
最悪なお見合いと、執念の再会
当麻月菜
恋愛
伯爵令嬢のリシャーナ・エデュスは学生時代に、隣国の第七王子ガルドシア・フェ・エデュアーレから告白された。
しかし彼は留学期間限定の火遊び相手を求めていただけ。つまり、真剣に悩んだあの頃の自分は黒歴史。抹消したい過去だった。
それから一年後。リシャーナはお見合いをすることになった。
相手はエルディック・アラド。侯爵家の嫡男であり、かつてリシャーナに告白をしたクズ王子のお目付け役で、黒歴史を知るただ一人の人。
最低最悪なお見合い。でも、もう片方は執念の再会ーーの始まり始まり。
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。
若松だんご
恋愛
「リリー。アナタ、結婚なさい」
それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。
まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。
お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。
わたしのあこがれの騎士さま。
だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!
「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」
そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。
「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」
なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。
あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!
わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!
王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~
石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。
食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。
そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。
しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。
何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。
扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ★9/3『完全別居〜』発売
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる