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114.結婚式

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 どうしよう……うまくできなくて、ウィルをがっかりさせちゃった?

 恐る恐るウィルの顔を見上げると、予想に反してウィルの表情は明るかった。というより崩れていた。

「あぁ……アリス……本当に綺麗だよ……」

 えっと……もしかしてさっきのは呆れてついたため息じゃなくて、私に見惚れて漏れちゃったため息だったとか? 

 コホン

 歩き出さない私達に痺れを切らせたルーカスが咳払いをした。私の事しか目に入らないとでもいうように、じぃっと私を見つめていたウィルのニヤけた顔が一瞬で凛々しさを取り戻す。

「さぁ、行こうか」

 頷いてウィルと共に赤い絨毯の上を歩いていく。
 結婚の儀については、何度も説明された上にリハーサルもしたおかげでとりあえず無事に終了することができた。

 儀式を執り行う神官が私達の結婚が成立したことを宣言すると、歓声と共に大きな拍手が聞こえてくる。

 よかった……
 とりあえず言われたことは全部できたという安堵感で自然と顔が緩んでくる。自分の結婚式ってもっと感動するものかと思ってたけど、実際にはかなりハードなものだった。

 極度の緊張で喉はカラカラだし、精神的疲労はかなりなものだったけれど、こんな風に多くの人に祝福されるのは嬉しいことだ。立ち上がり拍手をしてくれる人の中に、キャロラインやオリヴィア、セスやアーノルドの姿も見える。

 あぁ。私本当に幸せ……

「もう儀式も終わったし、キスしていいんだよね?」

 はい?
 いきなり真顔で尋ねてくるウィルに何と答えていいのか分からない。

「さ、さぁ? どうなんでしょう?」

 儀式の説明にもリハーサルにも誓いのキス的なものはなかった。でも儀式の後の事までは何も説明されてないし……

 私が首を傾げたもんだから、ウィルってば振り向いて神官に聞いている。神官は「もちろんいいですよ。思う存分愛を交わしてください」なんて事を言っちゃった。

「じゃあアリス、結婚して初めてのキスをしよう」

 じゃあって何、じゃあって?
 ぐいっと顔を寄せてくるウィルをさりげなく押し返した。

 こんな大勢の人の前でキスなんて絶対嫌だぁ。
 もちろん儀式としてやらなきゃいけないものならするけれど、しなくていいなら絶対パスよ。

 ウィルが私の背に腕を回し体を引き寄せた。片手で顎をくいっと持ち上げ、臨戦体制に入る。
 キャーっという興奮したような悲鳴はオリヴィアのものだろうか。

 やだやだ、恥ずかしい。
 顎を持ち上げられたまま、プルプルと小刻みに首を横に振った。

「どうして? きっと皆もわたし達のキスを見たいと思うよ」

 そりゃアナベルとオリヴィアは見たいかもしれないけど、ほとんどの人は興味ないってばぁ。っというか、このキスするかしないかのやり取りを、こうやって皆の前で見せつけてるのだけでもかなりの恥だ。

 私がこんなに嫌がって涙目になってるってのに、どうしてウィルはこんなに嬉しそうなの?

「あー、だめだ。たまらない」

 ウィルはキスを諦めるどころか、うっとりとした表情を浮かべている。っと、ウィルの手が顎から離れたかと思うと、私を横抱きに抱えた。いわゆるお姫様抱っこというやつだ。

 キスされなくてホッとしたっというより、突然のウィルの行動に亜然としてしまう。ウィルは私を抱いたまま赤い絨毯の上を扉に向かって歩いて行く。そのまますたこらと会場を出て行っちゃったけど、よかったのかしら?

「ウィル、勝手に出てきてよかっ……!!」 

 ウィルの唇が私の唇を塞いだ。

「ちょっとウィル待っ……んんっ」

 逃げようとする私の唇を決して逃すまいとするように、ウィルの唇が私を捕まえる。

 息を吸えないくらいに求められて、溺れてしまいそうだ。はぁはぁっと息があがる私を見て、ウィルがとろけそうな顔をしている。

「あぁ、本当にアリスは可愛いなぁ。食べてしまいたいよ」

「やっ、食べないでください」

 両手で唇を押さえ、再び近づいたウィルの形の良い唇を阻止した。

「そんな可愛い事してもダメだよ」

 明るく笑いながらウィルが私を抱えたまま廊下を歩き出した。行き先は私の部屋ではないようだ。

「アリスの部屋はアナベル達が待ち構えているだろうからね。二人きりになれるところに行こう」

 二人きりって……私ってば、このままウィルに食べられちゃうの?

 「ウィル、ちょっと待ってください」

 って言っても止まってくれるわけもなく、あっという間に部屋の前に着いてしまった。

 いやーん。まだ心の準備ができてないのに!!

 ウィルに横抱きにされたまま扉を開くと……

「お待ちしておりました」

 扉の前には仁王立ちで出迎えるアナベル達侍女軍団の姿が!!

「ア、アナベル……どうしてここに……」

「ウィルバート様の事ですから、きっとここにアリス様を連れ込むだろうと思って張ってたんですよ」

「分かっているのなら、しばらく二人きりにしてくれてもいいんじゃないかい」

 不満を口にしながら、ウィルは仕方ないといった様子で私を下ろした。

「いいえ!! ウィルバート様とのイチャラブより、アリス様のお披露目パーティーの方が重要ですから」

 まぁ珍しい!! 恋愛至上主義のアナベルの言葉とは思えない。でもそっか。今からパーティーがあるんだったっけ。

 ウィルとのラブラブタイムじゃなくってほっとしたような、ちょっとだけ残念なような……

 ウィルを追い出したアナベル達が私の準備を整えていく。お披露目会のドレスはウィルの母であるメイシー様が選んでくれたものだ。

 ラメ入りの薄いピンクのドレスは、レースやチュールでボリュームのある作りになっている。そのふんわりしたスカートにはたくさんのシルクでできたバラがついていてとても可愛いらしい。

 アナベル達の気合いが入った準備が終わり、再びウィル迎えに来た。

「あぁ、アリス……まるで花のお姫様みたいだ」

 そんな大袈裟に褒められたら嬉しいというより恥ずかしい。

 ウィルは私を抱きしめたかったようだが、ドレスの花が崩れてしまうからとアナベルに阻止されてしまった。そんなアナベルを見て、ウィルと顔を見合わせる。

 アナベルが私達のラブラブっぷりを見たがらないなんて。普通の侍女みたいで驚きなんですけど……

 まぁとりあえず、アナベルがおかしいのは熱があるとかいうわけではなさそうなので、私達はお披露目会へ。

 「わーお!!」

 お披露目会の会場を見て、変なリアクションをしてしまった。てっきり結婚式に出席した人だけかと思っていたけど、倍、いや、3倍以上の人がいるだろうか。

 年忘れの夜会と春喜宴も豪華だったけれど、今日はそれ以上に賑やかで華々しい。

 さすが王太子の結婚披露宴!! ウィルが結婚式をアットホームだと言った理由も分かる気がする。この会場に比べたら、式なんてずっとおとなしいものだった。

 でも式に比べたらずっと気は楽だ。お披露目会は名前の通りお披露目が目的なので、とにかくいろんな人に挨拶していけばいいだけ。挨拶だけなら私にだってうまくできるはずだもの。

 初めて会う人達への挨拶もそつ無くこなし会場を進んでいく。会う人会う人、祝福の言葉をかけてくれるのは本当にありがたい。

 っと、人混みの中にセスの姿を発見した。
 セスは王宮にはいるものの、国の騎士養成所なるものに通っているらしくほとんど会うことはない。
 養成所で訓練し、試験をクリアした者が王宮騎士団の騎士になれるのだ。

「アーノルドから話は聞いてるよ。訓練頑張っているみたいだね」

 噂をすれば何とやら、私達を見つけたアーノルドが話に加わった。隊長の一人であるアーノルドは、今日は一日警備の任についている。

「お前らは好きに飲み食いできていいよなぁ」

 私だって挨拶ばかりで食べたり飲んだりしてないんだけど。きっとこの後も挨拶三昧だろうから、食事はパーティーが終わってからになるのかな。

 私達を羨ましがるアーノルドの事を、セスは羨ましく思っているらしい。
「早く試験に合格して騎士になりたいです」
 そう言ったセスの顔は生き生きとしていた。

「おぉ、お前ならすぐなれるぞ。ってかアリスの騎士になったらいんじゃねーか?」

「私の?」

「アリスも王太子妃になったんだし、専属の護衛がつくだろ?」

 そうなの?
 確認の意味でウィルを見ると、何やら渋い顔をしている。ウィルがぐいっと私の肩を抱いた。

「アリス専属の護衛は必要ないよ。わたしがいるからね」

「ウィルバート、お前騎士になるつもりなのか?」

 ええー!!
 ウィルが騎士になって私の護衛になるの!?

 ……なんかそれって、おかしくない?
 私はウィルと結婚したから護衛対象になっただけで、本当に守られなきゃいけないのは王太子のウィルなんだから。

 驚く私達を見てウィルバートはおかしそうに笑い、騎士になるつもりはないと言った。

「わたしはただ、アリスを守るのは常にわたしでありたいと思っているんだよ」

 あぁ、ウィルってばかっこいい……
 熱のこもったウィルの瞳に胸がキュンとする。

「要するに、他の男に守らせたくないと……」
「くだらねぇ嫉妬だよな」

 せっかくウットリいい気分だったのに、セスとアーノルドの呆れたようなため息でぶち壊しだ。

 ウィルがコホンと咳払いをした。
「とにかく、アリスに他の男は必要ないよ。特にアリスの好きな腹直筋の綺麗な男なんて問題外だ」

 ん? 私の好きな……何ですって?

 そろそろ他の人にも挨拶をっと私の肩を抱いたまま歩き出したウィルを引き留める。

「あの……今、私の好きな……何って言いました?」
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