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109.嫌われるより怖いのは
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「ラウル、あなたはまだアリスときちんとお別れをできてないんですってね」
レジーナ様に言われたら、ラウルも逃げるわけにはいかない。少し困ったような笑みを浮かべ、私を庭園への散歩に誘った。
ラウルと連れだって歩くのは非常に緊張する。レジーナ様に会うため普段よりは気合いをいれて化粧はしたけど、それでもラウルのような美しい人の隣に並ぶのは気がひけてしまう。
まるで薔薇のトンネルのようにいくつも続くミニバラのアーチを通り抜けると、そこは絵画のように美しい薔薇の世界が広がっている。もちろん昼も美しいけれど、夜のバラ園は幻想的でまた違った美しさがある。
「王宮の庭園は本当に美しいですね」
いやいや、美しいのはあなたですから。
庭園の美しさに思わず感嘆のため息をついたラウルは、大輪のバラに負けず劣らず美しい。一体何食べたらあんな風にお肌ツルツルになるのかしら?
「どうしましたか? わたしの顔に何かついてますか?」
うわっ。私がガン見してた事に気づいちゃった? てっきり薔薇に見入ってて気づかれてないと思ってたのに。
「す、すいません。別に悪気があるわけじゃないんです。ただラウル様は本当にお綺麗だなって思って、つい見惚れて……」
って、あわわわわ。どうしよ。男性に綺麗って言っても大丈夫なんだっけ? 私的には褒め言葉のつもりなんだけど……
「あなたに見惚れてもらえるなんて、光栄ですね」
よかった。特に気は悪くしていないようだ。優雅な微笑みを浮かべるラウルを見てほっとする。
「それにしても……あなたはわたしが思っていたより、はるかに強いようですね」
「それはどういう意味でしょうか?」
一体私の何を見て強いと思ったのかしら? そりゃ確かにペンより重いものを持った事がない的な貴族のお嬢様達よりは腕に筋肉はついてるけど、それでも文化系女子高生レベルだ。
「わたしがあなたを嫌いだと言った事を忘れたわけではないでしょう?」
ラウルが私を強いと言ったのは、私が平気な顔をしてこんな風にラウルと二人で散歩をしていることを言っているようだ。
「二度とわたしに会いたくないとは思わなかったんですか?」
「全く思わなかったですね」
「全く……ですか……」
私の返答にラウルは驚いたようだが、私としてはラウルが驚いたことが驚きだ。
そりゃもちろん嫌いって言われるのは嬉しいことじゃない。でも嫌いって言われたくらいで二度と会わないなんて言ってたら、この世の中生きていけないじゃない。
それに嫌いって言われるのは、存在を認められている分ましな気がする。本当に最低なのは……
「大丈夫ですか?」
「えっ?」
顔をあげるとラウルが心配そうな顔で私を見ていた。
「顔色が悪いですよ。倒れたら大変ですし、少し座りましょうか」
「いえ、大丈夫です。ちょっと昔の事を思い出していただけなので」
そう。ラウルに嫌われている事なんて正直たいしたことじゃない。本当に怖いのは、私という存在が誰からも見えていないかのように扱われることだ。
私の家族は誰一人として私に興味なんてなかった。もしかしてこの人達に私は見えてないのかもしれないなんて本気で考えた事があるほど、家庭内に私の居場所はなかった。それに比べればラウルの私への態度なんて嫌がらせにもなっちゃいない。
私の事を嫌いだと言いながらも、こんな風に心配してくれるくらいラウルは優しいしね。
「オリヴィア様達は王宮に残られると聞きましたが、ラウル様はどうされるんですか?」
「わたしは帰ります」
悩む素振りもなくラウルは答えた。
「オリヴィアとセス、あと弟が何人かこのまま王宮に残る予定です」
「ラウル様は王都で何かやりたい事があったんじゃないですか?」
ラウルが何をしたいのかは分からない。けれどウィルバートを嫌うほど手に入れたいものがあることや、重要な役職を得るための政略結婚について考えていたことからして何か難しいことなのだろう。
「そうですね」
そう頷きながらも、やはり帰らなくてはならとラウルは言った。
「そうでなければ、わたしは憎しみに潰されてしまいますから」
ほほ笑みを浮かべるラウルの瞳はどこか切なげで目が離せない。
「本当はずっとこんな日が来る事を望んでいたんです」
ラウルがなし得たかった事、それは自分達兄弟が何の制限もかけられず自由に動ける権利を手に入れることだった。
自分が皆に認められるほど優秀であれば、いつか王都から招かれる日がくるはずだ。そうすれば国の重要ポストにつき、いつか家族の地位を向上させることができる。そう思ってラウルは小さい頃から頑張ってきたそうだ。
その頑張りは認められ、年に一度王都に来た際にはそれなりにいい待遇を受けられるようになったらしい。それでもラウルが望む、自由に王都に来れるようになるというのは実現が難しいと思われていた。
「悔しいですよ。わたしがあれだけ努力してもなしえなかった事が、ウィルバートの一声で実現されるのですから。しかもウィルバートが動くきっかけになったのは、あなたがオリヴィアの事をお願いしたからだとか。わたしが幼い頃から目指していたことは、あなたのお願いだけで解消されるレベルの事だったんですね」
うわぁ。ラウルのやりたい事って、そういう事だったんだ……
確かにラウルの立場からしたら、はぁ? ってなっても仕方ない。今まで頑張ってきた分、簡単にやってのけたウィルの事を憎らしいと思うのも当然だ。しかもそれが私に頼まれたからだなんて……
ここは私が謝るべきなんだろうか? でも謝るのも何か違う気がする。
「ラウル様は今まで頑張ってこられたんですから、せっかくだし国の重要ポストについたらいいじゃないですか」
自分でもかなりでしゃばりな発言だと思うし、ラウルからしたらお前に言われたくないって感じだと思うけど、口に出さずにはいられなかった。
「今までずっと頑張ってきたんですよね? このまま帰るなんて、もったいないですよ」
ラウルは何も答えなかった。ただ黙って空を見上げている。今夜は雲が多くて星はあまり見えない。どんよりとした空を見つめたままラウルがポツリと呟いた。
「……あなたは変わった人ですね……」
「そうですか?」
私はいたって普通、面白くないほど平々凡々だと思うんだけど。
「ええ。わたしはあなたの事もウィルバートの事も嫌いなんですよ。それなのに、わたしにここにいるよう勧めるんですから」
「……ラウル様が私を嫌いでも、私はラウル様の事を嫌いじゃありませんから」
だってラウルがウィルを嫌う理由も理解できるもの。人間なんだから、人を羨んだり妬んだりしちゃう事があって当然だ。
ラウルが柔らかな表情で私を見た。
「本当にあなたは変わっていますよ」
そう言うとラウルは私の右手をとった。私の手をはさむようにしているラウルの手はとても冷たい。
「ウィルバートと離れている間に、あなたをわたしのものにしておけばよかったですね。そうすればウィルバートへの最高の嫌がらせになったのに」
ラウルの表情からは、冗談なのか本気なのかわからなかった。
「そんな事のために私の事を口説くなんてもったいないですよ」
「もったいない?」
「はい。美貌の無駄遣いです」
一瞬キョトンとしたラウルがプッと吹き出した。
「美貌の無駄遣いですか。面白い事を言いますね」
おかしそうに目を細めているラウルは、いつもの美しいけれど、どこか冷たさを感じさせる表情よりも数百倍素敵だ。
あぶないあぶない。もしこの笑顔で口説かれてたら、ちょっとクラッとしていたかも……なんてね。
そんなちょっと打ち解けた私達の所に走り込んで来たのはウィルバートだ。
「はぁ……やっと見つけた!!」
ハァハァと息を荒くしながら駆け寄って来たウィルバートが私を見て眉を顰めた。
「アリス、こっちにおいで」
そう言うやいなや、ウィルの腕の中に引きずりこまれる。
ちょ、ちょっと何事!?
いきなり現れたウィルに抱きしめられ戸惑っていると、ウィルが不機嫌さを隠すことなくラウルに詰め寄った。
「わたしのアリスにちょっかいを出すのはやめていただきたい」
「おかしな事を言いますね。わたしがいつアリス嬢にちょっかいを出したのでしょうか」
「あんな風に手を握るのはちょっかいではないと?」
どうやらウィルは、ラウルが私の手を握っていたことを怒っているようだ。ウィルにキツく抱きしめられていて二人の顔が全く見えないが、ピリピリした空気を背中全体に感じる。
「ウィルバートのこんな姿を見れるなんて思いもしませんでしたよ」
ラウルの口調からはこの状況を楽しんでいる様子がうかがえる。
「ではアリス嬢を口説くのはまたの機会にしましょう」
「なっ!!」
ウィルバートが言葉に詰まった。ラウルがフッと笑う声が私の耳に届く。
「ではまた」
足音と共に、ラウルの楽しげな笑い声が遠ざかって行った。
レジーナ様に言われたら、ラウルも逃げるわけにはいかない。少し困ったような笑みを浮かべ、私を庭園への散歩に誘った。
ラウルと連れだって歩くのは非常に緊張する。レジーナ様に会うため普段よりは気合いをいれて化粧はしたけど、それでもラウルのような美しい人の隣に並ぶのは気がひけてしまう。
まるで薔薇のトンネルのようにいくつも続くミニバラのアーチを通り抜けると、そこは絵画のように美しい薔薇の世界が広がっている。もちろん昼も美しいけれど、夜のバラ園は幻想的でまた違った美しさがある。
「王宮の庭園は本当に美しいですね」
いやいや、美しいのはあなたですから。
庭園の美しさに思わず感嘆のため息をついたラウルは、大輪のバラに負けず劣らず美しい。一体何食べたらあんな風にお肌ツルツルになるのかしら?
「どうしましたか? わたしの顔に何かついてますか?」
うわっ。私がガン見してた事に気づいちゃった? てっきり薔薇に見入ってて気づかれてないと思ってたのに。
「す、すいません。別に悪気があるわけじゃないんです。ただラウル様は本当にお綺麗だなって思って、つい見惚れて……」
って、あわわわわ。どうしよ。男性に綺麗って言っても大丈夫なんだっけ? 私的には褒め言葉のつもりなんだけど……
「あなたに見惚れてもらえるなんて、光栄ですね」
よかった。特に気は悪くしていないようだ。優雅な微笑みを浮かべるラウルを見てほっとする。
「それにしても……あなたはわたしが思っていたより、はるかに強いようですね」
「それはどういう意味でしょうか?」
一体私の何を見て強いと思ったのかしら? そりゃ確かにペンより重いものを持った事がない的な貴族のお嬢様達よりは腕に筋肉はついてるけど、それでも文化系女子高生レベルだ。
「わたしがあなたを嫌いだと言った事を忘れたわけではないでしょう?」
ラウルが私を強いと言ったのは、私が平気な顔をしてこんな風にラウルと二人で散歩をしていることを言っているようだ。
「二度とわたしに会いたくないとは思わなかったんですか?」
「全く思わなかったですね」
「全く……ですか……」
私の返答にラウルは驚いたようだが、私としてはラウルが驚いたことが驚きだ。
そりゃもちろん嫌いって言われるのは嬉しいことじゃない。でも嫌いって言われたくらいで二度と会わないなんて言ってたら、この世の中生きていけないじゃない。
それに嫌いって言われるのは、存在を認められている分ましな気がする。本当に最低なのは……
「大丈夫ですか?」
「えっ?」
顔をあげるとラウルが心配そうな顔で私を見ていた。
「顔色が悪いですよ。倒れたら大変ですし、少し座りましょうか」
「いえ、大丈夫です。ちょっと昔の事を思い出していただけなので」
そう。ラウルに嫌われている事なんて正直たいしたことじゃない。本当に怖いのは、私という存在が誰からも見えていないかのように扱われることだ。
私の家族は誰一人として私に興味なんてなかった。もしかしてこの人達に私は見えてないのかもしれないなんて本気で考えた事があるほど、家庭内に私の居場所はなかった。それに比べればラウルの私への態度なんて嫌がらせにもなっちゃいない。
私の事を嫌いだと言いながらも、こんな風に心配してくれるくらいラウルは優しいしね。
「オリヴィア様達は王宮に残られると聞きましたが、ラウル様はどうされるんですか?」
「わたしは帰ります」
悩む素振りもなくラウルは答えた。
「オリヴィアとセス、あと弟が何人かこのまま王宮に残る予定です」
「ラウル様は王都で何かやりたい事があったんじゃないですか?」
ラウルが何をしたいのかは分からない。けれどウィルバートを嫌うほど手に入れたいものがあることや、重要な役職を得るための政略結婚について考えていたことからして何か難しいことなのだろう。
「そうですね」
そう頷きながらも、やはり帰らなくてはならとラウルは言った。
「そうでなければ、わたしは憎しみに潰されてしまいますから」
ほほ笑みを浮かべるラウルの瞳はどこか切なげで目が離せない。
「本当はずっとこんな日が来る事を望んでいたんです」
ラウルがなし得たかった事、それは自分達兄弟が何の制限もかけられず自由に動ける権利を手に入れることだった。
自分が皆に認められるほど優秀であれば、いつか王都から招かれる日がくるはずだ。そうすれば国の重要ポストにつき、いつか家族の地位を向上させることができる。そう思ってラウルは小さい頃から頑張ってきたそうだ。
その頑張りは認められ、年に一度王都に来た際にはそれなりにいい待遇を受けられるようになったらしい。それでもラウルが望む、自由に王都に来れるようになるというのは実現が難しいと思われていた。
「悔しいですよ。わたしがあれだけ努力してもなしえなかった事が、ウィルバートの一声で実現されるのですから。しかもウィルバートが動くきっかけになったのは、あなたがオリヴィアの事をお願いしたからだとか。わたしが幼い頃から目指していたことは、あなたのお願いだけで解消されるレベルの事だったんですね」
うわぁ。ラウルのやりたい事って、そういう事だったんだ……
確かにラウルの立場からしたら、はぁ? ってなっても仕方ない。今まで頑張ってきた分、簡単にやってのけたウィルの事を憎らしいと思うのも当然だ。しかもそれが私に頼まれたからだなんて……
ここは私が謝るべきなんだろうか? でも謝るのも何か違う気がする。
「ラウル様は今まで頑張ってこられたんですから、せっかくだし国の重要ポストについたらいいじゃないですか」
自分でもかなりでしゃばりな発言だと思うし、ラウルからしたらお前に言われたくないって感じだと思うけど、口に出さずにはいられなかった。
「今までずっと頑張ってきたんですよね? このまま帰るなんて、もったいないですよ」
ラウルは何も答えなかった。ただ黙って空を見上げている。今夜は雲が多くて星はあまり見えない。どんよりとした空を見つめたままラウルがポツリと呟いた。
「……あなたは変わった人ですね……」
「そうですか?」
私はいたって普通、面白くないほど平々凡々だと思うんだけど。
「ええ。わたしはあなたの事もウィルバートの事も嫌いなんですよ。それなのに、わたしにここにいるよう勧めるんですから」
「……ラウル様が私を嫌いでも、私はラウル様の事を嫌いじゃありませんから」
だってラウルがウィルを嫌う理由も理解できるもの。人間なんだから、人を羨んだり妬んだりしちゃう事があって当然だ。
ラウルが柔らかな表情で私を見た。
「本当にあなたは変わっていますよ」
そう言うとラウルは私の右手をとった。私の手をはさむようにしているラウルの手はとても冷たい。
「ウィルバートと離れている間に、あなたをわたしのものにしておけばよかったですね。そうすればウィルバートへの最高の嫌がらせになったのに」
ラウルの表情からは、冗談なのか本気なのかわからなかった。
「そんな事のために私の事を口説くなんてもったいないですよ」
「もったいない?」
「はい。美貌の無駄遣いです」
一瞬キョトンとしたラウルがプッと吹き出した。
「美貌の無駄遣いですか。面白い事を言いますね」
おかしそうに目を細めているラウルは、いつもの美しいけれど、どこか冷たさを感じさせる表情よりも数百倍素敵だ。
あぶないあぶない。もしこの笑顔で口説かれてたら、ちょっとクラッとしていたかも……なんてね。
そんなちょっと打ち解けた私達の所に走り込んで来たのはウィルバートだ。
「はぁ……やっと見つけた!!」
ハァハァと息を荒くしながら駆け寄って来たウィルバートが私を見て眉を顰めた。
「アリス、こっちにおいで」
そう言うやいなや、ウィルの腕の中に引きずりこまれる。
ちょ、ちょっと何事!?
いきなり現れたウィルに抱きしめられ戸惑っていると、ウィルが不機嫌さを隠すことなくラウルに詰め寄った。
「わたしのアリスにちょっかいを出すのはやめていただきたい」
「おかしな事を言いますね。わたしがいつアリス嬢にちょっかいを出したのでしょうか」
「あんな風に手を握るのはちょっかいではないと?」
どうやらウィルは、ラウルが私の手を握っていたことを怒っているようだ。ウィルにキツく抱きしめられていて二人の顔が全く見えないが、ピリピリした空気を背中全体に感じる。
「ウィルバートのこんな姿を見れるなんて思いもしませんでしたよ」
ラウルの口調からはこの状況を楽しんでいる様子がうかがえる。
「ではアリス嬢を口説くのはまたの機会にしましょう」
「なっ!!」
ウィルバートが言葉に詰まった。ラウルがフッと笑う声が私の耳に届く。
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