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104.ウィルバートの昔話

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「それより、あの……少しお話してもいいですか?」

 アリスに改まって話と言われると、何か悪い事ではないかと緊張してしまう。しかも疲れているからか、アリスの表情は暗い。何か心配事でもあるのだろうか?

「いいよ。何の話かな?」

「あの……私、少し気になって……ごめんなさい」

 やっぱりいいですと話をやめられたら、こっちの方が気になってしまう。アリスは言うか言うまいか悩んでいるのだろう。口元に手を当て、何かを考えている。

「……オリヴィアの事かな?」

 わたしの言葉に、アリスがハッとしたように顔をあげわたしを見た。

 やっぱりか。

 アリスの顔には、その通りだとしっかり書いてある。まぁあれだけ暴れるのを見たんだから、頭から離れないのも頷ける。悩んだ末に言うと決めたのだろうが、アリスの口は重い。

「実は……オリヴィア様が暴れ始めたのは私の言葉が原因なんです」

 アリスの話は先程のアナベルの話よりも詳しかった。オリヴィアがアリスの部屋を尋ねて来た時、軽く酔ってはいるようだったが、暴れるほど不機嫌ではなかったらしい。オリヴィアが不機嫌だった原因は、晩餐会で周りから何か馬鹿にされたからだとアリスは言う。

 それでも一緒にお茶を飲んでいるうちにオリヴィアの機嫌も直り始めた。お茶を飲んでいる時のオリヴィアは、明日帰らなければならないことについて、不満を口にしていたらしい。

 明日帰ってしまうと次に王宮に来るのは一年後だ。帰りたくない帰りたくないと駄々をこねる子供のようなオリヴィアを宥めるつもりで、「ではもうしばらくこちらにいらっしゃってはどうですか?」とアリスは言ったそうだ。それがオリヴィアの気に障ったらしい。

「『そんな事できるわけないじゃない。何も知らないくせに勝手な事言わないでよ!!』と言って後は……」

 アリスははっきり言わなかったが、飲んでいたカップを投げたり机の上にあったシュークリーム投げたのだろう。

「私……オリヴィア様が王宮に来ない理由も知らないのにいらない事を言ってしまいました」

 きっと頭の中がオリヴィアへの申し訳なさでいっぱいに違いない。しょぼんとしているアリスの肩を抱くと、いつもなら真っ赤になって身をかたくするのに、今日はわたしの肩にしなだれかかってくる。

「アリスが気にする事はないよ。きっかけは何にせよ、あれだけ暴れたオリヴィアが悪いのだから」

 肩を抱いたままぽんぽんっと頭を優しく叩くが、アリスから何の反応も帰ってこない。

 本当にアリスは優しいな。オリヴィアが暴れ始めたのはアリスの言葉がきっかけだったとしても、恐ろしい程に迷惑をかけられたのだから怒ってもいいはずだ。

 それなのにオリヴィアに対する不満一つ口にすることなく、自分の言葉を後悔するアリスはとても健気で庇護欲が掻き立てられる。

 もうオリヴィアの事なんか考えず、明るい顔を見せてほしい。無理矢理話題を変えてみたが、アリスの浮かない顔は変わらない。話題が変えられないのなら、オリヴィアについて話すのが一番なのかもしれない。

「アリスはオリヴィアが一年に一度しか王宮に来ない理由を知りたいかい?」

「それは……」
 アリスの返事を待つ。

「私が知っていい話なら知りたいです。でももしオリヴィア様が人に知られたくないと思っているようでしたら知りたくありません」

「オリヴィアは特に気にしないと思うよ」
 というより、オリヴィアは皆が知ってると思ってるんじゃないだろうか。

 まぁジャニス叔母達一家が一年に一度、春喜宴にしか王都に来ない理由については、王族や貴族だけでなく平民でさえも知っている事だ。別にアリスに隠さなくてはいけない理由など何もない。

「オリヴィアが一年に一度しか王宮に来れないのはね、彼女の母親が原因なんだ」 

 彼女の母でありわたしの叔母であるジャニスの昔話に、アリスは真剣な顔をして耳を傾けた。

 父の妹であるジャニスは幼い頃、今のような自由奔放な性格ではなかったらしい。王太子である一歳違いの兄が優秀だった事もあり、さほど手をかけられず、何の期待もされず育ったがために、いつしか稀代の自分至上主義王女になってしまったというのだ。

 本当の自分を抑え込み堅苦しく生きている人間の中で、本能のまま生きているようなジャニスはかなり浮いていただろう。けれど根が悪い人間ではないので、白い目で見られながらもそれなりに受け入れられていたそうだ。

 そんなジャニスの事を心配したのは当時国を治めていたわたしの祖母だった。ジャニスが何か問題を起こす前に、きちんとした家の者に嫁がせた方がよいと考えたのだ。

 じゃじゃ馬とはいえ、ジャニスも王女である。政略結婚するのは当たり前だと思っていたようで、ジャニスの婚約は無事成立した。

 問題が起こったのはそれから数年たってからだった。ジャニスが舞踏会である男性に出会ったのだ。先に言ってしまうが、それは現在ジャニスの夫となったアランである。

 もちろんジャニスは婚約中、他の男性との恋愛などもってのほかだった。ジャニスは婚約解消を望んだが、さすがにわがままを通す事はできなかったそうだ。

 ジャニスの婚約者は貴族社会でもトップを争うデンバー家の跡取りだった。そう、エドワード達兄妹の父であるデンバー公爵だ。それに対してジャニスが結婚を望んだアランは、貴族とはいっても名ばかりの底辺貴族で、決して王族の結婚相手になれるような家柄ではなかった。

 困ったのは祖母である。何をしでかすか分からないジャニスのことだ、このまま放っておいては駆け落ちでもしかねない。とにかくジャニスとアランを引き離さなくては……その一心で祖母はアランを適当な令嬢と結婚させることにした。

 女王の命令を下流貴族であるアランが断れるわけはない。すぐさま婚礼の準備が整えられた。これでジャニスも諦めるだろうと思われたが甘かった。諦めきれなかったジャニスはアランの結婚式に乗り込むという強硬手段に出たのだ。しかも自分がアランの相手だと言わんばかりに花嫁衣装を着て。

 アランの結婚式は中止になり、祖母は激怒した。それでもへこたれるジャニスではない。二人の仲が認められないなら認めさせればいいとばかりに、今度は子供を作ったのだ。しかもその事をデンバー家で催された舞踏会で暴露したから、さぁ大変。ジャニスの望み通り、婚約は白紙に戻ってしまった。

 婚約者から自分以外の男の子供を妊娠したと皆の前で言われてしまったデンバー公爵の気持ちを考えると胸が痛むが、あの叔母と結婚して苦労するよりはマシではないかと思ったりもする。

 それまで絶対にアランとの結婚は認めないと言っていた祖母も、子供ができたとなれば二人の仲を認めざるをえなかった。

 二人の結婚に祖母は条件を出した。国の外れの城に移住し、今後一切王都に戻らないこと。ジャニスだけでなく、アランも産まれてくる子供も王都に戻ることは禁じられたが、ジャニスもアランも気にしていないようだった。

 国外れの城に移ってすぐジャニスは子供を産んだ。それがあのラウルだ。その後も子供は増え続け、今では10人になったのだから夫婦仲はとても良いのだろう。

 結婚する時に今後一切王都に戻らない約束をした叔母達だが、その約束はすぐに変更されることになった。どういう理由からだかは知らないが、今はもう亡くなってしまったわたしの祖父が一年に一度、王族が集合する春喜宴には戻ってくるよう言ったらしい。

 幼い頃のわたしはこんな事情など知るはずもなく、年の近い従兄弟達に会えるのを楽しみにしていた。そう言えば、年々従兄弟の数が増えていくのもまた春喜宴の楽しみの一つだった気がする。

 それでも周りの叔母達に対する態度がおかしいというのは、子供ながらに何となくだが感じていた。

 まぁ婚約者がいるのに他の男と結婚したいがために既成事実を作る王女なんて、スキャンダルもいいところだ。冷ややかな目で見られるのも、陰口をたたかれるのも叔母にとっては自業自得だろう。

「……というわけで、未だにオリヴィア達は一年に一度しか王都に来ないんだよ」

「そうだったんですね……」

 黙ってわたしの話を聞いていたアリスは驚くと同時に、納得もした様子だった。
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