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69.私を助けたのは!?

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「……顔色はよくなったみたいだな」
 エドワードの手が私から離れた。

「なんだ? キスでもされると思ったのか?」
 エドワードがからかうような瞳で私を見た。

「そ、そんなこと思うわけないじゃないですか」

 図星を指されて顔が熱くなる。悔しいけどエドワードの言う通り、キスされるかと思って身構えちゃったわよ。

 さっきほっぺたに触ったことといい、今の顎を持ち上げたことといい、絶対私に勘違いさせて反応を楽しんでいるとしか思えない。

「エドワード様って性格悪いですよね」

「ほぉ。わざわざお前をここまで連れてきて飯まで食わせた俺に向かって性格悪いとかよく言えるよな」

「それは感謝してますけど……できれば悪魔な方じゃなくて、紳士な方のエドワード様がよかったです」

「お前ひとりのためにわざわざ演技するのは面倒だ。貴重な俺の素を見れると思って感謝すんだな」

 全くありがたくないお言葉だ。
 できればエドワードの素の姿なんて知らずに過ごしたかった。

 けれど悪魔であっても、私を助けてくれたのは事実だ。

「エドワード様、助けてくださってありがとうございました。エドワード様がいなかったら、私はあの怪しい男に殺されてたかもしれません」 

「怪しい男?」

「はい、馬車にいた黒いマスクとフードで顔を隠した……」

「ああ」
 誰の事だか分かったようにエドワードが頷いた。

「別に俺に礼を言う必要はないぞ。なんせその怪しい男と俺はグルだからな」

「グ、グル?」
 固まるわたしを見てエドワードはくくっとおかしそうに笑った。

「エドワード様とあの男がグルだなんて嘘ですよね?」

 またどうせからかってるだけでしょっと期待してみるが、「いや、本当だ」と答えたエドワードは嘘をついているようには見えなかった。

「だいたい俺とあいつが繋がってなければ、こうやってお前を連れてくるのは不可能だろ。それともお前の危機に俺が偶然通りかかったとでも思ってたのかよ?」

 それは……
 返事をしない私を見てエドワードがため息をついた。

「思ってたんだな。本当にめでたいお嬢さんだ」

「だって……エドワード様が悪い人と繋がってるだなんて思えないから……」

「さっき性格悪いとか言ってなかったか?」

 うっ。確かにそう言ったばかりだ。
 でも……エドワード様は口は悪いし意地悪な時もあるけれど、悪人じゃない。なぜかそんな確信があった。

「私、エドワード様のこと信用してるので……グルだって聞いても、やっぱりエドワード様が助けてくれたとしか思えないです」

 少し驚いた顔をしたエドワードが、おかしそうに声を出して笑った。

「本当にめでたいお嬢さんだな。ウィルバート殿下が夢中になるわけだ」
 小さな声でそう呟いたエドワードの瞳はとても優しい。

「お前を助けたのは、俺じゃない。お前が怪しいと言ったあの男だ。俺はその協力をしただけだ」
 エドワードの言うことがよく分からなくて首を傾げた。

 あの黒いマスクの人が私を助けた? 
 どう見ても悪役にしか見えなかった、あの男が?

「あいつの名前は、カーティス カサラング」

「カサラング!?」

 カサラングって言ったら……
 エドワードが私の顔を見て頷いた。

「そうだ。あのカサラング公爵の長男で、グレース嬢の兄だ」

 グレースのお兄さん!? 

 男の顔を思い出そうとしても、ほとんどの部分が隠れていて目くらいしか見えなかった。それも薄暗い馬車の中だったから、グレースの兄だと言われても似てるとも似てないとも言いようがない。

「そのカーティスっていう人が私を助けたって、どういうことですか?」

 男にされたことと言えば、羽交い締めにされ口を塞がれ、変な薬を飲まされた事だけだ。やはり助けられたと言われてもまるでピンとこない。

「しばらく前の事になるが、カーティスから内密に話があると連絡がきたんだ」

 エドワードが再び焚き火に小枝を投げ入れた。投げ入れられた枝がパチパチっという音を立てる。日はすでに沈み、湖の四方の森は真っ暗闇だ。

「その時のカーティスの話を簡単に言うと、カサラング公爵がお前を処分する計画を企てているといった内容だった」

「えぇー!?」
 驚いた私の声が暗闇に響き渡る。

 ちょっと待ってよ! 処分って私を殺しちゃうってことでしょ? そんなの嫌すぎるんだけど。

「詳しい計画内容はこうだ」っと、エドワードが公爵が仕組んだ計画について話し始めた。

 まず私のフリをした女性に賊を雇わせる。これは非常に簡単だとエドワードは言う。私のフリはこの世界では珍しい黒い髪を印象づければいいだけだし、街には金さえ出せばなんでもするような連中がいるからだ。

 次にその賊にグレースを襲わせる。ウィルと一緒の時ならば、護衛である騎士団が間違いなく制圧できるはすだ。捕まった賊が、私に指示されたと言えば、後は私をカサラング邸に連行するだけ。連行途中なら私を殺害するのは簡単だろう。

 私を殺害した理由だって、抵抗したからでも、逃亡を企てたからでも、後でいくらでも好きなように作れる。

「どうしてですか? どうしてカサラング公爵は私を処分したいなんて思ってるんですか?」

「自分の娘を王太子妃にしたいと思っているからに決まっているだろう。殿下のお気に入りであるお前は邪魔者でしかないからな」

「だからって殺さなくてもいいのに……」

 っていうか、邪魔だからって理由だけで殺そうなんて思わないでよ。見たことのないカサラング公爵に怒りがわいてくる。

「それに、私を処分したいからって、自分の娘を賊に襲わせるなんてどうかしてます!!」

 副団長からはウィルが襲われたと聞いていたが、カサラング公爵の計画だと狙われたのはグレースだということになる。

「殿下の護衛にあたっているのはアーノルド達だからな。無事に制圧されると分かってのことだろう」

「それでもやっぱり酷すぎます」

「それだけのことをしても娘を王太子妃にしたいんだろうよ」

 王太子妃という地位はそれほどまでに魅力的なのだと言われても、やっぱり娘を賊に襲わせるなんて理解できない。

「父親の企みに利用されるなんて、グレース様がかわいそうです」
 賊に襲わせるなんて……きっと怖い思いをしたに違いない。

「それで王太子妃になれるなら、グレース嬢にとってもありがたいことだろうよ。まぁ結局この計画もカーティスが俺に話した時点で失敗は決まったようなものだったがな」

「そういえば、そのカーティスって人はどうして計画をバラしたりしたんですか?」

 公爵の息子でグレースの兄ならば、計画に賛同していてもおかしくない。簡単に信じてしまって、カーティスの罠にハマってしまうということはないのだろうか?

 私が疑うのももっともだとしながらも、カーティスは信用できるとエドワードは断言する。

「カーティスは、公爵を憎んでいるからな」
「自分の父親なのにですか?」

「親子だって色々あるだろう」 
「まぁ、そうですけど……」

 私自身も親子関係がうまくいっていなかったから、エドワードの言うことが分からなくもない。
それでもいまいちカーティスのことを信用できない私に、エドワードはカーティスについて語り始めた。

「カーティスには昔から好きだった娘がいたんだが、身分的に釣り合わないとカサラング公爵に結婚を反対されてな。それでもその娘以外とは結婚する気はないと反対を押しきって妻に迎えたんだ」 

「素敵な話ですね」

「その後その娘が人質になってなけりぁな」

「人質!?」
 ロマンティックな恋の話かと思いきや、いきなり物騒な話題に変わってしまった。

「カサラング公爵がカーティスに言うことを聞かせるため、その娘をどこかへ監禁したんだよ」
 エドワードの声には微かに怒りが滲んでいる。

「表向きは病のため田舎で療養中ってことになってんだが、どんなに手を尽くしても妻の居場所が分からないんだ」

「そうなんですか……」

「生きてればいいんだけどな……」
 火の勢いを調節していたエドワードがポツリと呟いた。

 生きてればって……そんなレベルの話なの!? 

 反対を押し切ってまで結婚した相手が行方知れずになるなんて辛すぎる。しかも自分の父親が自分に言うことをきかせるためにしたことだなんて。そりゃ確かに憎んでも仕方がない。カサラング親子の確執に妙に納得してしまう。

「結婚した次の年には男の子が産まれてな……あいつら本当に幸せそうだったよ……」

 懐かしむように遠くを見ているエドワードの顔を見て確信にも似た考えが浮かぶ。

「カーティスさんとお友達だったんですね?」
 何も答えないということはイエスということなのだろう。

 友達だったのならカーティスがエドワードに話を持ってきたのも分かるし、エドワードがカーティスのことを信用するのも分かる。

「まぁそんなわけでカーティスには父親を俺に売るのに正当な理由があるってわけ。それにあいつがお前を助けるかわりに、こちらもあいつの要求をのむ約束をしてるからな。だからカーティスのことは信用してんだよ」

「カーティスさんの要求って何だったんですか?」

 エドワードによると、カーティスの出した要求は3つだ。

 一つ目は、カサラング公爵が捕まり罪人として裁かれても公爵家を存続させること。

 二つ目は、グレースは何も知らなかったのだから、お咎めなしとすること。

 そして三つ目は、どこかに幽閉されているであろうカーティスの妻を見つけ出すこと。

 この三つ目の要求が、おそらくカーティスが私を助けた一番の目的なのだろう。悪人にしか見えなかったカーティスの、妻を思う気持ちになんだか感動してしまう。

「でもよかったです。カサラング公爵が捕まるなら、私はもう殺されないってことですよね?」

「まぁな。でも公爵が言い逃れできないように証拠固めが先だな」
 公爵に罪を認めさせるのは難しい仕事なのだろう。火を見つめながら話すエドワードの顔は険しい。

「それまでお前は死んだってことになってるからな」
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