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44.ウィルバートの頼み

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「ウィルバート様、お久しぶりでございます」
 キャロラインがうやうやしく頭を下げた。

「突然呼び出してすまないね」

「いえ、元々アリス様にお会いするため、王宮へ参る予定でしたので……」

 アリスがキャロラインと親しくなったと聞いた時は驚いた。キャロラインは自分の得になる場合を除いては、誰かと必要以上の付き合いをしない人間だ。

 アリスはキャロラインと仲良くなれたと嬉しそうにしているが、キャロラインが何かよからぬ事を企んでいないとは言いきれない。警戒心のないアリスのかわりにわたしが注意しておくべきだろう。

 キャロラインはいつものごとく艶やかな微笑みを浮かべている。この微笑み一つでたいていの人間はキャロラインに夢中になるのだから、たいしたものだ。

「ところでウィルバート様、何かわたくしに秘密のお話があったのではありませんか?」

 自分と会うのにアーノルドの部屋を指定したのは、何か人には聞かれたくない話があるのではないかとキャロラインは思ったようだ。

 相変わらず察しがいい。
 今日わざわざキャロラインを呼んだのは、アリスに内緒で頼みたい事があったからだ。

「……どんなことでしょうか?」

「明日の夜会で、あなたにアリスのサポートをお願いしたいんだ」

「アリス様のサポートですか?」

 キャロラインがその意味を確認するように言葉を繰り返す。

「あなたも知っているように、アリスは夜会に出るのは初めてだからね。色々戸惑うことがあると思うんだ。もちろんわたしが出来る限り側にいる予定だけれど、立場上そうもいない時もあるだろう。そんな時にあなたが側にいてアリスを助けてやってほしい」

 実のところ、キャロラインにこんな頼み事をするのは気がすすまない。しかしながらアリスのことを頼めるのは、キャロラインしか思いつかなかったのだ。

 キャロラインは本心が全く読めない完璧な作り笑顔で「分かりました。アリス様のことはわたくしにお任せくださいませ」と返事をした。

「その変わりと言ってはなんですが、わたくしのお願いも聞いていただけますか?」

「一体どんなお願いなんだい?」
 キャロラインとは長い付き合いだが、お願いなどされるのは初めての事だ。

「明日王宮に泊まる許可をいただきたいのです」

「何だそんなこ……」
 たいしたことのない申し出に軽くオッケーを出そうとして言葉をとめた。

 何故キャロラインはわたしにそんな許可を求めるのだろうか? キャロラインの立場からすれば、自身の父親に一言告げるだけでいくらでも泊まれるはずだ。

 現にキャロラインは今までも何度も王宮に泊まっているが、わたしにそれを願い出たことは一度もない。

 今回に限ってわたしに願い出たということは……

「明日王宮に泊まるのは構わないよ。せっかくだから、アーノルドと遅くまで夜会を楽しんでいったらどうだい?」

 毎年キャロラインは年を越す前に屋敷へ帰るが、宴好きのアーノルドは警備でありながら朝まで騒いでヘロヘロになっている。「これでは殿下の護衛として使い物になりません」とルーカスに小言を言われるのが恒例だ。

「おー、いいね。キャロラインも今年は俺と朝まで楽しもーぜ」
 アーノルドがぐっと親指をたてて見せた。

「遠慮いたしますわ。わたくしはアリス様とゆったりとお話をしながら年を越したいと思っております。そのために明日王宮に、と申しますか、アリス様のお部屋へ宿泊させていただきたいのです」

 そうか、キャロラインの狙いはアリスだったのか。もちろんそんな事は許可できない。

 なぜなら明日アリスと過ごすのはわたしだからだ。二人での年越しの瞬間に、アリスとの三度目のキスをしたいと意気込んでいるわたしの邪魔をさせてなるものか。

「それは困るな。わたしはアリスと二人きりで年を越したいと思っているんだ。もしあなたがアリスと夜通しおしゃべりをしたいと言うのであれば、他の日にしてもらえないだろうか」

「いえ、わたくしは明日アリス様とご一緒したいのです。ウィルバート様に頼まれました事は完璧にいたしますので、明日の夜はわたくしにアリス様を譲ってくださいませ」

 キャロラインの完璧ともいえる微笑みに対し、わたしも完璧な作り笑顔を返す。部屋の中をなんとも言えぬピリピリとした空気が流れ始めた。

「二人ともそう熱くなんなよ。落ちついて茶でも飲んだらどうだ?」

 いつものごとく、アーノルドが自らいれた茶を私達の前へと置いた。今このタイミングで出すか? と思ったが、おそらく新しい茶葉なのだろう。飲んでほしくてたまらないことがその表情から読み取れた。仕方なく一時休戦してカップに手をのばした。

「ん?」
 一口飲んでカップを持つ手がとまる。

 これは……やきいもだな。
 味と香りの不一致さに、口と頭がこんがらがってしまう。

 そういえば視察の時に変わった茶葉を買って喜んでいたな。何でわざわざ時間と手間をかけてまでやきいもを茶にしようと思ったのか全くもって理解できない。

「これならやきいもを食べながら普通の茶を飲んだ方がいいと思うんだが……」

「アリスと全く同じこと言ってんな。こんなにうまいのに、二人そろってダメ出しかよ」
 そう言ったアーノルドがやばっという顔をした。

 アリスと同じということは……アリスもこのお茶を飲んだということか?

「アリスもこのお茶を飲んだのかい?」

 いつ? どこで? どうしてアーノルドとアリスが一緒にお茶を飲んでいるのか?
 アーノルドに詰め寄りたいところだが、キャロラインの手前そうはいかない。

「まぁ、色々あってな……」
 アーノルドの歯切れの悪さが非常に気になる。

 ここ最近わたしは忙しくてアリスに会う時間が作れないのに、アーノルドはアリスと楽しく茶を飲むほど時間があるってわけだ。それならばそんな時間など持てぬよう、もっと働かせてやろうじゃないか。

「気になってらっしゃるみたいですね」
 キャロラインの表情は穏やかだが、瞳だけは観察するようにわたしをじっと見つめている。

「恋人のことを全て知っておきたいと思うのは当然でしょう」

「お二人の関係は恋人とは言っても形だけのものだとお聞きしましたわ」

 そんな話どこから聞いたのか?

 その答えはアーノルドを見れば一発で分かった。まるで自分には関係ないと言わんばかりにあさっての方向を見ている。全くいらないことをペラペラと。

「今は……ですよ。近いうちに本物の恋人になりますのでご心配なく」

「あら、わたくしは心配なんてしてませんわ。むしろウィルバート様がアリス様に愛想をつかされたらいいのにと思っておりますの」

 このお嬢さんは、可愛らしい顔をしてなんて酷い事を言ってくれるんだ。

「キャロライン、またお前はそんな事言ってんのか。たしかにウィルバートは少々めんどくさくて愛想つかされても仕方ない部分もあるが、いいところも多くあるんだぞ」

 いや、アーノルド、それ褒めてないから。親友とはいえ、結構な言いようだ。

「ウィルバート様に良いところがあるのはもちろん存じておりますし、尊敬もしております。でもわたくしはアリス様が大好きなのです」

「お前の気持ちと、アリスとウィルバートの仲を反対するのはどう関係があるんだ?」

 わたしがここで口を挟むと、キャロラインと揉めてしまうのが目に見えている。大人しく、そうだそうだと心の中でアーノルドに声援を送った。

「わたくし本当にアリス様が好きなのです。ですからアリス様にはお兄様と結婚していただきたいと思ってるんです」

「……」

 絶句とはこういう状態を言うのだろうか。思ってもみなかったことにアーノルドと二人、言葉を失ってしまった。

「キャロライン……お前、今何かおかしなことを言わなかったか?」

「おかしい事ではありませんよ。わたくしは本気でアリス様とお兄様の結婚を望んでいるのです」

 キャロラインは事もなげに答えた。自分の発言がおかしいとは全く思っていないようだ。

「はぁ? 何で俺がアリスと結婚しなきゃいけないんだ。冗談じゃない」

 アーノルドが心底嫌そうな顔をする。
 そんなに嫌がるなんて、アリスに失礼じゃないかっと思うが、アーノルドとアリスが結婚するなんて確かに冗談じゃない。考えただけで吐き気がする。

「誰もアーノルド兄様とアリス様が結婚して欲しいなんて思っていませんわ。エドワード兄様に決まってるじゃありませんか」

 エドワードと結婚してほしいだって!?
 アーノルドはほっとしたような表情を見せたが、わたしは内心の苛立ちを抑えるのに必死だった。

「エドワード兄様はお優しいので、わたくしに泊まりに来るなとはおっしゃらないでしょうね」
 キャロラインがチラッと意味あり気な目でこちらを見た。

 そうくるか……

 別にわたしも泊まりに来るなとは言っていない。ただ年越しの瞬間はアリスと二人きりで迎えたいと言っているだけだ。

 そもそもわたしとアリスは恋人同士なのだから、年越しから元旦、いや三が日くらいまでは二人きりにしてやろうという気遣いをキャロラインがみせるべきだろう。

 こほんっとわざとらしく咳払いを一つする。
「キャロライン嬢……明日ではなく、4日でどうだろうか?」

「……」

 キャロラインはにっこりとした笑みを浮かべてこちらを見ている。これでもだめか……

「では3日はどうだい?」

「明日のアリス様のサポート役、エドワード兄様にもお手伝いしていただきましょう。きっと力になってくださいますわ」

 くそっ。キャロラインめ!!
 アリスにエドワードを近づけたくないという私の思いを分かって言ってるとしか思えない。

 ただでさえ要注意人物のエドワードだが、夜会のような場所ではさらに危険度が増してしまうのだ。非日常の場面でのエドワードは、いつも以上に華やかなで色気に溢れている。アリスがエドワードに色気にやられるなんてことがあってはたまらない。

「仕方ない。2日だ。これ以上は譲れないよ」
 そう力強く言ったわたしにキャロラインはただにっこりと微笑むのだった。
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