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31.ウィルバートは香水が欲しい
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「なんだってこんな寒い時期に寒い場所に行かなきゃいけないんだよ」
馬車で王宮を出発してからこの台詞を聞くのは何度目だろうか。相変わらずアーノルドはめんどくさそうな表情を浮かべたまま窓の外を見ている。
アリスとの本屋デートから早2週間が過ぎた。季節は本格的な冬へ突入し、今年も残り少なくなってきた。
わたし達が向かっているのは、我が国の中でも最北に位置する村で王都よりも寒い。暖かな服を着込んではいるが、すでに馬車の中も冷えてきた。
「だいたい視察とか言いながら、目的はなんとかっていう怪しげな香水だろ。そんなのわざわざお前が行かなくても誰かに買いに行かせればいいじゃないか」
怪しげな香水……
まぁそう言われるのも無理はない。わたしが寒い思いをしてまで視察に出たのは、そう、アナベルが持っていたキス専用香水が忘れられないからだ。
アナベルは香水をプレゼントされたと言っていた。友人の故郷の村で作られているものらしい。
こんな面白いものが小さな村の土産物だなんて勿体ない。王都で商売をすれば金を持て余した貴族達が群がるに決まっている。これは早急に視察に行かなくては……っということでこの視察旅行が組まれたわけで、決してわたしが香水を買いたいからというわけではない。
「だいたいウィルバートのこんなわがままを、よくルーカスが許したよな」
「仕方ないじゃありませんか」
ルーカスは見るからに不愉快そうな顔をしている。
「他の馬鹿げた計画を実行されてしまうより、はるかにましですから」
ルーカスがはぁっとわざとらしく大きなため息をついてみせた。
「わたしは別に馬鹿げた計画なんてしていないよ」
「山賊に襲われる計画の、どこが馬鹿げてないというんです?」
ルーカスの口調に軽い怒りがにじんでいる。
「殿下はもう少しご自分の立場を考えるべきです。怪我でもしたらどうなさるんですか」
「ちょっと待てよ」
それまで黙っていたアーノルドが会話に割り込んできた。
「ぜんっぜん話がみえねーよ。山賊に襲われる計画って一体なんなんだ?」
「言葉の通りだよ」
アリスと二人でいる時に山賊に襲われる、ただそれだけだ。山賊に襲われるという危機的状況で、わたしは命がけでアリスを救う。その姿を見れば、アリスはきっと私に恋をするはずだ。
なぁに、危険なんてあるものか。本当に山賊に襲われる必要はないんだから。山賊役を雇えば、簡単且つ安全に襲われる状況を作り出せる。
「他にも雪山で遭難するという計画もありましたよね?」
ルーカスの言葉に頷いた私を見てアーノルドが首を傾げる。
これも言葉の通りで、ただ単にアリスと雪山で遭難するだけだ。もちろん本当に遭難する必要はない。アリスに遭難したと思わせればいいだけだ。
遭難した二人は雪の中をさまよい、ついには山小屋にたどり着く。そこで助けがくるまで二人身を寄せ合い、温め合って愛を深める。最高の計画じゃないか。
「お前……馬鹿だろ」
アーノルドが、何かおかしなものでも見るような冷たい目でわたしを見た。
「香水が一番現実的でしょう?」
ルーカスが諦めたような顔でアーノルドに同意を求めた。
一体何がおかしいというのか? 毎日変わらず平穏に過ごしていては、なかなか二人の絆は深まらない。山賊も遭難も、比較的安全で効果的な方法ではないか。
「それは恋愛小説においてだろ。現実の恋愛で山賊に襲われるカップルなんて、そうそういてたまるかよ」
「そんなことは分からないじゃないか。普段王宮にいるから知らないだけで、世のカップルは山賊に襲われるものかも知れないよ」
わたしの言葉に、アーノルドとルーカスが顔を見合わせた。二人息を合わせたかのように、そろって大きなため息をつく。
「あのなぁ……お前はこの国の王太子だろ。そんなに頻繁に山賊が出るようじゃ、国としてやばいと思わないのか?」
ふむ。確かにそう言われてみれば、アーノルドの言う事も納得できる。
「山賊の件は考え直す必要がありそうだね」
「雪山での遭難もお考え直しください」
まぁとりあえず今は香水だ。キスしたくなる香水があるくらいなんだから、もしかしたらつけるだけで相手を夢中にさせる、惚れ薬みたいな香水もあるかもしれない。それさえあれば、アリスをわたしのものに出来るだろう。
「そんな怪しい香水に頼らなくても、キスしたけりゃすればいいだろ。なんならさっきアリスが見送りに来た時にやっときゃよかったんだ」
アーノルドが馬鹿にしたように言うが、それができないからこうやって旅に出たんじゃないか。そもそもわたしは、キスをしていいタイミングというものが未だによく分からない。
「ところでアーノルド、質問なんだけれど……キスというものは、どのくらいの頻度でしていいものだろうか?」
「頻度? なんだそれ?」
わたしの質問の意図が分からないと眉間に皺を寄せながら、アーノルドが頭を掻いた。
「キスなんて、したい時にすればいいもんだろ」
「したい時にしていたら、毎日する事になってしまうよ」
「じゃあ毎日すりゃいいんじゃね?」
大した問題でもないといわんばかりに、サラッと返したアーノルドに対して驚愕してしまう。
「毎日していいものなのかい?」
「しちゃいけないのかよ?」
面倒くさそうに投げやりに答えたアーノルドが両腕をあげ思い切り背伸びをした。あふっと大きな欠伸をひとつした後で、首を左右に伸ばしながらアーノルドが再び口を開く。
「っていうかお前だって毎日してんじゃねぇのか? 毎晩アリスと寝室に閉じこもってんだからよ」
そんなわけないだろう。毎晩一緒にいるからといって、毎日キスなんてできるわけがない。
わたしがアリスと口付けを交わしたのは二度であることを知ったアーノルドは目を丸くして私を見つめた。「えっ!? 二度? えっ?」っと何やら独り言のように呟いている。そしてなぜだか確認するようにルーカスを見た。
アーノルドの懐疑的な視線に対して、ルーカスはいつもと同じ冷静な顔のまま無言で頷いた。アーノルドの口から「まじかよ」っという、呆れとも驚愕ともとれる呟きが漏れる。
「お前……アリスの事好きなんじゃなかったのかよ?」
「好きに決まっているじゃないか」
「じゃあなんで二人きりになって、何もしてねぇんだよ」
さっぱり理解できないとアーノルドは首を振るが、わたしとしてもなぜアーノルドが驚いているのかが理解できない。
そりゃできるものなら、わたしだってもっとアリスに触れたい。許されるなら毎晩キスだってしたい。だがそれで嫌われたらどうするのだ?
「よく本に、『ガツガツした男は嫌われる』と書いてあるからね。やはりアリスには余裕のある男らしい姿を見せたいじゃないか」
私がキスしたい時にアリスにキスをして、ガツガツしていると思われないだろうか? アリスにドン引きされたりしたら、わたしは怖くてもう一生アリスに触れることができなくなってしまう。
あぁ。アリスがわたしとキスしたいと思ってくれればいつだってキスできるのに……
そんな思いもあるからこそ、例の香水の事が気になって仕方ないのかもしれない。
アーノルドがふぅっとため息をついた。
「あのなぁ。お前は深く考えすぎなんだよ。俺は今までやりたい時にやりたいようにキスしてきたが、それで引かれた事なんかないぞ」
そういうものなのかと納得しかけたが、ちょっと待てよと思いとどまる。アーノルドが大丈夫だからといって、わたしが大丈夫だという保証は何もないじゃないか。なんせ、アーノルドの歴代彼女とアリスは全く違うタイプなのだから。
「アリスはアーノルドの元恋人達のように腹黒ではないからね。やはり純粋すぎる彼女に毎日キスをするのは難しいよ」
わたしの言葉にアーノルドは、眉間に皺を寄せた。
「おい、腹黒って何だよ。俺がいつ腹黒と付き合ったっていうんだ?」
アーノルドの味方をするように、「殿下、腹黒は言い過ぎですよ」とルーカスも口を挟む。
「アーノルド様はただ、外面のよい年上の令嬢に振り回されるのがお好きなだけですから」
小さい頃からの付き合いなのだから、当然わたしはアーノルドの好きな女性のタイプは知っている。同じくわたしに長く仕えているルーカスもアーノルドの好みは熟知していた。
全く援護にならないルーカスの言葉にズッコケながらアーノルドが叫んだ。
「だから、その言い方!! せめてミステリアスな令嬢くらいの言い方をしろよ。お前達の言い方じゃ俺の好みがおかしいみたいじゃないか」
ミステリアスねぇ……
まぁわたしの理解を越える行動をするという意味では、確かにミステリアスとも言えなくないか。
アーノルドの元恋人達を思い出しながら、物は言いようだなっとおかしく思った。
馬車で王宮を出発してからこの台詞を聞くのは何度目だろうか。相変わらずアーノルドはめんどくさそうな表情を浮かべたまま窓の外を見ている。
アリスとの本屋デートから早2週間が過ぎた。季節は本格的な冬へ突入し、今年も残り少なくなってきた。
わたし達が向かっているのは、我が国の中でも最北に位置する村で王都よりも寒い。暖かな服を着込んではいるが、すでに馬車の中も冷えてきた。
「だいたい視察とか言いながら、目的はなんとかっていう怪しげな香水だろ。そんなのわざわざお前が行かなくても誰かに買いに行かせればいいじゃないか」
怪しげな香水……
まぁそう言われるのも無理はない。わたしが寒い思いをしてまで視察に出たのは、そう、アナベルが持っていたキス専用香水が忘れられないからだ。
アナベルは香水をプレゼントされたと言っていた。友人の故郷の村で作られているものらしい。
こんな面白いものが小さな村の土産物だなんて勿体ない。王都で商売をすれば金を持て余した貴族達が群がるに決まっている。これは早急に視察に行かなくては……っということでこの視察旅行が組まれたわけで、決してわたしが香水を買いたいからというわけではない。
「だいたいウィルバートのこんなわがままを、よくルーカスが許したよな」
「仕方ないじゃありませんか」
ルーカスは見るからに不愉快そうな顔をしている。
「他の馬鹿げた計画を実行されてしまうより、はるかにましですから」
ルーカスがはぁっとわざとらしく大きなため息をついてみせた。
「わたしは別に馬鹿げた計画なんてしていないよ」
「山賊に襲われる計画の、どこが馬鹿げてないというんです?」
ルーカスの口調に軽い怒りがにじんでいる。
「殿下はもう少しご自分の立場を考えるべきです。怪我でもしたらどうなさるんですか」
「ちょっと待てよ」
それまで黙っていたアーノルドが会話に割り込んできた。
「ぜんっぜん話がみえねーよ。山賊に襲われる計画って一体なんなんだ?」
「言葉の通りだよ」
アリスと二人でいる時に山賊に襲われる、ただそれだけだ。山賊に襲われるという危機的状況で、わたしは命がけでアリスを救う。その姿を見れば、アリスはきっと私に恋をするはずだ。
なぁに、危険なんてあるものか。本当に山賊に襲われる必要はないんだから。山賊役を雇えば、簡単且つ安全に襲われる状況を作り出せる。
「他にも雪山で遭難するという計画もありましたよね?」
ルーカスの言葉に頷いた私を見てアーノルドが首を傾げる。
これも言葉の通りで、ただ単にアリスと雪山で遭難するだけだ。もちろん本当に遭難する必要はない。アリスに遭難したと思わせればいいだけだ。
遭難した二人は雪の中をさまよい、ついには山小屋にたどり着く。そこで助けがくるまで二人身を寄せ合い、温め合って愛を深める。最高の計画じゃないか。
「お前……馬鹿だろ」
アーノルドが、何かおかしなものでも見るような冷たい目でわたしを見た。
「香水が一番現実的でしょう?」
ルーカスが諦めたような顔でアーノルドに同意を求めた。
一体何がおかしいというのか? 毎日変わらず平穏に過ごしていては、なかなか二人の絆は深まらない。山賊も遭難も、比較的安全で効果的な方法ではないか。
「それは恋愛小説においてだろ。現実の恋愛で山賊に襲われるカップルなんて、そうそういてたまるかよ」
「そんなことは分からないじゃないか。普段王宮にいるから知らないだけで、世のカップルは山賊に襲われるものかも知れないよ」
わたしの言葉に、アーノルドとルーカスが顔を見合わせた。二人息を合わせたかのように、そろって大きなため息をつく。
「あのなぁ……お前はこの国の王太子だろ。そんなに頻繁に山賊が出るようじゃ、国としてやばいと思わないのか?」
ふむ。確かにそう言われてみれば、アーノルドの言う事も納得できる。
「山賊の件は考え直す必要がありそうだね」
「雪山での遭難もお考え直しください」
まぁとりあえず今は香水だ。キスしたくなる香水があるくらいなんだから、もしかしたらつけるだけで相手を夢中にさせる、惚れ薬みたいな香水もあるかもしれない。それさえあれば、アリスをわたしのものに出来るだろう。
「そんな怪しい香水に頼らなくても、キスしたけりゃすればいいだろ。なんならさっきアリスが見送りに来た時にやっときゃよかったんだ」
アーノルドが馬鹿にしたように言うが、それができないからこうやって旅に出たんじゃないか。そもそもわたしは、キスをしていいタイミングというものが未だによく分からない。
「ところでアーノルド、質問なんだけれど……キスというものは、どのくらいの頻度でしていいものだろうか?」
「頻度? なんだそれ?」
わたしの質問の意図が分からないと眉間に皺を寄せながら、アーノルドが頭を掻いた。
「キスなんて、したい時にすればいいもんだろ」
「したい時にしていたら、毎日する事になってしまうよ」
「じゃあ毎日すりゃいいんじゃね?」
大した問題でもないといわんばかりに、サラッと返したアーノルドに対して驚愕してしまう。
「毎日していいものなのかい?」
「しちゃいけないのかよ?」
面倒くさそうに投げやりに答えたアーノルドが両腕をあげ思い切り背伸びをした。あふっと大きな欠伸をひとつした後で、首を左右に伸ばしながらアーノルドが再び口を開く。
「っていうかお前だって毎日してんじゃねぇのか? 毎晩アリスと寝室に閉じこもってんだからよ」
そんなわけないだろう。毎晩一緒にいるからといって、毎日キスなんてできるわけがない。
わたしがアリスと口付けを交わしたのは二度であることを知ったアーノルドは目を丸くして私を見つめた。「えっ!? 二度? えっ?」っと何やら独り言のように呟いている。そしてなぜだか確認するようにルーカスを見た。
アーノルドの懐疑的な視線に対して、ルーカスはいつもと同じ冷静な顔のまま無言で頷いた。アーノルドの口から「まじかよ」っという、呆れとも驚愕ともとれる呟きが漏れる。
「お前……アリスの事好きなんじゃなかったのかよ?」
「好きに決まっているじゃないか」
「じゃあなんで二人きりになって、何もしてねぇんだよ」
さっぱり理解できないとアーノルドは首を振るが、わたしとしてもなぜアーノルドが驚いているのかが理解できない。
そりゃできるものなら、わたしだってもっとアリスに触れたい。許されるなら毎晩キスだってしたい。だがそれで嫌われたらどうするのだ?
「よく本に、『ガツガツした男は嫌われる』と書いてあるからね。やはりアリスには余裕のある男らしい姿を見せたいじゃないか」
私がキスしたい時にアリスにキスをして、ガツガツしていると思われないだろうか? アリスにドン引きされたりしたら、わたしは怖くてもう一生アリスに触れることができなくなってしまう。
あぁ。アリスがわたしとキスしたいと思ってくれればいつだってキスできるのに……
そんな思いもあるからこそ、例の香水の事が気になって仕方ないのかもしれない。
アーノルドがふぅっとため息をついた。
「あのなぁ。お前は深く考えすぎなんだよ。俺は今までやりたい時にやりたいようにキスしてきたが、それで引かれた事なんかないぞ」
そういうものなのかと納得しかけたが、ちょっと待てよと思いとどまる。アーノルドが大丈夫だからといって、わたしが大丈夫だという保証は何もないじゃないか。なんせ、アーノルドの歴代彼女とアリスは全く違うタイプなのだから。
「アリスはアーノルドの元恋人達のように腹黒ではないからね。やはり純粋すぎる彼女に毎日キスをするのは難しいよ」
わたしの言葉にアーノルドは、眉間に皺を寄せた。
「おい、腹黒って何だよ。俺がいつ腹黒と付き合ったっていうんだ?」
アーノルドの味方をするように、「殿下、腹黒は言い過ぎですよ」とルーカスも口を挟む。
「アーノルド様はただ、外面のよい年上の令嬢に振り回されるのがお好きなだけですから」
小さい頃からの付き合いなのだから、当然わたしはアーノルドの好きな女性のタイプは知っている。同じくわたしに長く仕えているルーカスもアーノルドの好みは熟知していた。
全く援護にならないルーカスの言葉にズッコケながらアーノルドが叫んだ。
「だから、その言い方!! せめてミステリアスな令嬢くらいの言い方をしろよ。お前達の言い方じゃ俺の好みがおかしいみたいじゃないか」
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まぁわたしの理解を越える行動をするという意味では、確かにミステリアスとも言えなくないか。
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