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【エイデン視点】本編40〜42

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「……下、陛下」

 カイルの声で目が覚める。どうやら俺はうたた寝をしていたようだ。

「もうすぐ街ですが……お疲れのようですし、今日はもうお帰りになってはいかがですか?」

「いや、大丈夫だ」

 生誕祭も無事に終わりひと息つくはずが、トラブル解決のために従属国に出向くはめになってしまった。やっと王都に着いたがせっかくなので久しぶりに街の様子も見ておこうと馬車を降りる。

「エイデン様、こんにちは!!」

 小さな男の子の弾むような声に思わず足が止まった。

「今日もレイナ様のジャムを買いに来たの?」

 無邪気な笑顔に戸惑う俺の様子を見て、カイルが少年に何か言葉をかけた。少年は笑いながら手を振って走って行く。

 俺に手を振っているのか?

 何度も街には来ているが、こんな風に明るい笑顔を向けられたことなど今まで一度もない。それなのに今日は街の人々がやたらと話かけてくる。

「一体なんなんだ?」

 カイルが困ったような顔をして少し笑った。

「陛下は記憶をなくされる前、よくこちらにおいででしたから」

 レイナへ贈り物をするために足繁く街へと通っていた俺は、人気のある商品などを人々に聞いていたらしい。そのため人々が親しげに話かけてくるようになったのだとカイルが説明してくれる。

「そう言えばさっきの少年もジャムがどうとか言ってたな」

「エイデン様が街から買って帰られるものの中で、レイナ様の一番のお気に入りがジャムでしたから」

 カイルが店に案内してくれるが、いまいちピンとこない。

「お土産に買っていかれますか?」
「いや、その必要はない」

 カイルはひどく残念そうな顔をしていたが、やはりジャムなど買いたいとは思わない。

 俺は本当にあいつの事が好きだったみたいだな。

 俺の机の引き出しに、見慣れない小箱が入っていることに気づいたのは数日前のことだ。開けてみると中には綺麗なダイヤのネックレスが入っていた。

「エイデン様が用意された、レイナ様へのプレゼントです。生誕祭でつけてほしくて準備されたのでしょう」

 花をモチーフとしたネックレスはたしかにレイナに似合いそうだ。喜んで笑うレイナの顔が目に浮かぶようだ。

 なぜだろう? レイナが他の男からのプレゼントで喜んでいる姿を思い浮かべるだけで胸がムカムカする。正確に言えば俺が用意したのだから、俺からのプレゼントなのだが……全く覚えてないのだから他人のような気がしてならない。

 生誕祭の時のレイナは……まぁ悪くなかったな。

 オレンジ色の明るいドレスに身を包み、フワリとした裾を持ってくるりとまわって見せるレイナはとても可愛いらしかった。

「よく似合っているな」

 その一言がどうしても口から出てこず、結局気の利いた事など何も言えないまま終わってしまった。

 緊張でガチガチになりながら踊るレイナを見ていると、自然と口元が緩む。

 なんて愛しいんだろう……

 愛しいという感情に、自分で驚いて呆然としてしまう。きっと何かの間違いだ。戸惑う俺の手をレイナがぎゅっと握った。少し潤んだ瞳で見つめられて、思わず口づけしたい衝動に駆られ、慌てて顔をそらせた。

 まさかそんな……きっと何かの間違いだ。愛しいと思ったのも、口づけしたいと思ったのも、ただこの雰囲気のせいだ。

 それを確認するために、踊ってほしいと言い寄ってきた女と踊ってみたのだが、その結果は納得のいくものではなかった。その女を愛しいと思うどころか、鬱陶しさを感じた。

 まさかあの女が昔の婚約者だったとはな……レイナに言われるまですっかり忘れていた。

 俺にとってレイナは特別なのだろうか?

 レイナに俺の誕生日を祝わせようと思い侍女に呼びに行かせたのだが、レイナはすでに寝ていると報告を受けた。

 はぁ? 何だそれは? 俺と過ごしたいと思わないのか?

 レイナが来ないことにイライラし、レイナの部屋へ向かった。寝てると言ったレイナは、起きてのんびり紅茶を飲んでいるじゃないか。

 これはまた……

 モコモコの羊のようなナイトウェア姿のレイナに何だかそわそわする。

 触れてみたい……

 ナイトウェアのモコモコに触れたいのか、レイナ自身に触れたいのかよく分からないが、とにかくレイナに触れたい欲求に負けそうになる。

 結局我慢できずにキスしてしまったんだが……
 レイナの甘い唇を思い出し、慌てて頭を振った。

「陛下?」
 突然妙な動きをした俺に驚いてカイルが心配そうな顔をする。

「なんでもない」
 コホンと咳払いをして気持ちを落ちつかせた。

 と、ショーウィンドウに飾られた可愛い動物達が目にとまる。ガラスか? いや違う……これは飴か。その可愛いらしい動物達にひかれ、気づけば店に吸い込まれていた。

 街から帰りレイナの部屋を訪ねると、突然の訪問にも嫌な顔をせずレイナが迎えてくれる。

 土産だと渡した飴細工の小さなバラの花束を手にしたレイナが嬉しそうな顔で俺を見た。幸せそうに笑う顔を見て、気づけばレイナを引き寄せていた。

 飴細工が壊れると焦ったようなレイナの声に、慌ててレイナから離れる。

 一体俺はどうしたっていうんだ?

 自分でも無意識にレイナを抱きしめていた。
 これじゃまるで……何度も頭に浮かんでは打ち消してきたその言葉が、再び頭に浮かんでくる。

 これじゃまるで、俺はレイナを好きみたいじゃないか。

 飴細工を机の上に置いたレイナが上目遣いで俺を見る。
「どうぞ」
 両腕を開き恥ずかしそうに頬を染めるレイナがあまりに可愛く、我慢できずに思い切り抱きしめた。

「エイデン……大好きよ」

 俺の胸の中でレイナが幸せそうに目を閉じている。その可愛いらしい顔を見ていると、自分まで幸せな気分になってくる。

 離したくない……

 これが愛というものなのだろうか? 今までに感じたことのない温かな思いを胸にレイナを抱きしめた。

「エイデン……」
 腕の中のレイナが上目遣いで見上げてくる。

 やばい、可愛いすぎる。
 思わずそのさくらんぼのような唇にキスをした。チュッという軽い音がして、レイナの頬がより一層赤みを増す。俺を見上げる潤んだ瞳が、静かに閉じられる。抑えきれない欲求が湧き上がってくる。

 あー、くそっ。レイナの体を抱く腕に力を入れる。

「んんっ」
 重なった唇の間からレイナの可愛らしい声がもれた。

 始めはただ鬱陶しいだけの存在だった。国のため、俺のためになるのならば、結婚相手など誰でも良かった。

 それなのに……

 レイナは俺のことを怖がりもせず、いつもまっすぐに愛情をくれた。今までに誰からも与えられたことのない安心感が胸の中を占めていく。

 気づけばこんなにもレイナは特別な存在になっていた。どんなに否定しても否定しきれない。俺はレイナが好きなのだ。

 自分の思いを自覚してからの俺は、レイナの気持ちが気になって仕方なくなってしまった。レイナは本当に俺の事が好きなのだろうか? レイナが好きなのは、記憶を失う前の俺で、今の俺ではないんじゃないか?

 そんな時だ。レイナがいつも身につけている指環が婚約指輪だと知ったのは。指輪に視線を落とし、幸せそうな表情を浮かべるレイナに苛立ちを覚える。

 やはりレイナが好きなのは俺じゃない。俺じゃない俺なんだ。

 何だかややこしいが、レイナは今の俺ではなく、きっと指輪を贈ったエイデンのことを想っているのだろう。そう思うと腹立たしくて仕方がない。

 無理矢理指輪を奪いとった時のレイナの顔に胸が痛むが、返すつもりは全くない。レイナと昔の俺との婚約はもう解消だ。レイナの愛するエイデンなどもう存在しないのだから。

 レイナ、お前は俺のものだ。

 たとえレイナが嫌がったとしても、俺はレイナを逃すつもりはない。いつか昔の俺を忘れさせてやる。そしてレイナを俺だけの婚約者にしてみせる。

 ただ今は……
 俺を責めるようなレイナの瞳がつらくて、俺はその場を逃げ出した。
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