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30.舞踏会

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 いやぁ、頑張った頑張った。夜までに綺麗にするぞと頑張り続けて、やっとの事で満足いくレベルの仕上がりにまでもっていった。

「レイナ様、本当にお綺麗ですわ」

 私以上に頑張ってくれたビビアンも本当に嬉しそうな顔をしている。

「さぁ、エイデン様がお待ちかねですよ」

 ビビアンに促され、隣室で待つエイデンの元へ行く。

「レイナ……」
 エイデンが目を細め、ゆっくりと私に触れた。

「本当に綺麗だ」

 うっとりとしたような熱いまなざしを向けられ、何だか照れ臭くなってくる。

 よかったぁ。このためにいつもより念入りにムダ毛処理したり、パックしたり、化粧も頑張ったんだもん。

「あぁ……こんなに綺麗になってしまったら、舞踏会に連れて行くのは危険だな。よし、レイナ。今夜はここで待ってろ」

 いやいや、それは困る。エイデンの隣にいても恥ずかしくないようにって綺麗にしたのに、置いていかれるなんて冗談じゃない。

「陛下、せっかくレイナ様が綺麗に着飾っておられるのです。綺麗な婚約者がいる事を見せびらかしに行かれてはどうですか?」

 さすがはカイル。エイデンの扱い方がよく分かってる!!
 エイデンはカイルの言うことももっともだと乗り気になった。

 会場へ向かう長い廊下の途中、突然エイデンが私を見てふっと笑った。

「緊張しすぎだろ」 

 だって……エイデンには慣れっこでも、私にとっては初めてのダンスの場なのだ。

「大丈夫だ。俺がいる」
 エイデンが優しく私のほっぺを引っ張った。

「レイナはいつもの様に笑っているだけでいい」

 エイデンの言葉で少し落ちついた。
 大丈夫!! あんなに特訓したんだから、この舞踏会を完璧な形で乗り切ってみせるわ。

 色とりどりの花で飾りつけられた会場の中は、すでに多くの人で溢れていた。その会場の中、濃いグリーンのタイトなドレスを着たアイリンは一際目立つ存在だった。ドレスのスリットから見えるスラリとした長い足が何とも美しい。

「アイリン様、先程はありがとうございました」

「いいえ。あの……大丈夫ですか?」

 エイデンが他の客と挨拶を交わしているすきにアイリンがこっそりと私に尋ねた。きっと私が傷ついてないか心配しているのだろう。アイリンの綺麗な顔に翳りが見えた。

「はい、大丈夫です。始まりはどうあれ、私は今エイデンの婚約者なんですから。クリスティーナ様には申し訳ないですが、認めてもらえるよう頑張ります」

 私の言葉を聞いたアイリンは優しく微笑んだ。

「そうだレイナ様! 明日一緒にお茶しませんか? 色々とお話しましょう」

「何やら楽しそうですね」

 挨拶が終わったのか、戻ってきたエイデンが笑い合う私達を見て嬉しそうに目を細めた。

「アイリン様がお茶に誘ってくださったんです」 

「そうですか……アイリン姫、レイナと仲良くしてくださってありがとうございます」

 こういう場所でのエイデンって、やっぱり礼儀正しい好青年なのね。

 いつもの横柄な態度とはまるで違う、凛々しい姿に思わずときめきを感じてしまう。
 それは私だけではないようで、エイデンが戻った途端に皆の視線がこちらへ向けられているのを感じた。

 あっ……

 エイデンを熱い目で見つめる多くの女性の中に、クリスティーナの姿があった。薄いピンク色のふわふわしたドレスを着たクリスティーナはゆっくりとこちらへ向かってくる。その優雅さや愛らしい微笑みから目が離せない。

「レイナ、どうかしたのか?」

 私の視線の先にクリスティーナを見つけたエイデンが、一瞬動揺したのが分かった。

「エイデン様、先日はサンドピークにお越しいただきありがとうございました」

「クリスティーナ姫、あなたも来ていたんですね」

「はい。どうしてもエイデン様にお会いしたくて。兄に無理を言って連れて来てもらいました」

 頬を赤らめ恥ずかしそうにしているクリスティーナは一段と可愛らしい。

 うわぁ。なんてお似合いなの!? 
 私が画家なら、間違いなく感動するほど素敵な絵が描けるくらいに、エイデンとクリスティーナの向かい合う姿は美しかった。

 こんなの見たら、ジャスミンじゃなくても私の事を邪魔者だと思っちゃうわよね。

「アイリン様もレイナ様も、先程はご心配かけてすいませんでした」

 私に向かって頭を下げるクリスティーナに、エイデンが「えっ?」と眉間に皺を寄せた。

「その……レイナは……クリスティーナ姫と会っていたのかい?」

「はい。ランチの時にご挨拶させていただきました」

 そうかと呟いたエイデンの顔は無表情で、全く感情が読み取れない。

「エイデン様……実はシャーナ様のことでご相談したいことがあるのですが……」
 クリスティーナが私とアイリンをチラリと見た。

 シャーナって、エイデンとレオナルドのお母さんだったっけ? 確か今はサンドピーク国王と再婚してるんだよね。ということは、クリスティーナの継母ってことか。そりゃ私達がいたらできない話もあるわよね。

「話が終わるまで、私はアイリン様に会場を案内してもらってくるね」

 私は私で楽しむから、エイデンは気にせずクリスティーナの相談にのってあげればいいと思ってたんだけど……エイデンは私の手をとり、クリスティーナに向かってにっこり笑った。

「申し訳ないですが、レイナとダンスの約束をしてあるので失礼します」

「ちょ、ちょっとエイデン」

 私達ダンスの約束なんかしてたっけ?
 エイデンに引っ張られるようにして人混みの中をすすんでいく。

「ほら、踊るぞ。そのために猛特訓してきたんだろ」
 エイデンの手が私の腰にまわされた。

「すごいな。本当にうまくなったんだな」

 そりゃそうよ! 私がハードな練習に耐えたのはね、二度とダンスできない事を理由に他国についていくのを断らせないためよ。アストラスタには絶対ついて行く!! その気持ちで毎日踊り続けてきたんだから。

 完璧に踊れるという自信があるからか、エイデンと話をする余裕だってある。

「ねぇ、エイデン? クリスティーナ様の相談にのってあげなくてもよかったの?」

「別にいいだろ。だいたい俺は母の事はよく知らないんだ。相談しても無駄だからな」

 ふーん……そうなんだ……
 お母さんの事をよく知らないってなんだか変な感じもするけど、深く聞かない方が良さそうね。

「それにわけの分からない相談にのっている間に、俺の可愛いレイナが他の男に口説かれたら困るからな」

「そんな心配しなくても……皆私がエイデンの婚約者だって知ってるんだから、誰も口説いたりしないわよ」

 なぁんて事を言ってみたけど、別にエイデンの婚約者だって分からなくても、誰からも口説かれない気がする。

「何を言ってるんだ。俺の婚約者だろうが何だろうが、こんなにも綺麗なレイナを見て口説きたくならない男はいないだろう」

 そりゃ少し大袈裟じゃない? 
 でもエイデンは大真面目な顔をしてるし、もしかしたら本気なのかも……

 嬉しさと照れ臭さで顔だけじゃなく心まで熱く燃え上がってくる。

 一曲踊り終わっても、エイデンが私の手を離すことはなかった。再び音楽に乗りステップを踏む。

「そう言えば……昼はアイリン姫だけじゃなく、クリスティーナ姫とも話をしたのか?」

「えぇ。あとジャスミン様も一緒にお話ししたわ」

 エイデンが微妙な表情をしている。

「それで……何か聞いたか?」

「何かって、どんな話?」

 エイデンは何かを言いかけて、言いにくそうに口を閉じた。

 そうよね。そりゃ聞きにくいわよね。
 本当はエイデンが言いたい事は聞かなくても分かってる。エイデンは、私がエイデンとクリスティーナの関係を知っているか確認したいのよね?

 分かってるけど、分からないふりしちゃうもんね。教えてなんかあげないんだから。

 いつも私ばっかり悩まされてるお返しよ。少しはエイデンの頭の中も私のことでいっぱいになればいいのよ。

「おい、何笑ってんだ?」

「別に何でもないわ」

「……考え事なんかして余裕だな。もっと俺に集中しろよ」
 エイデンが繋いだ手に力をいれた。

 さぁ、エイデン。どうするの? 私にクリスティーナが元婚約者だって言っちゃう? それともバレなきゃいっかって黙っているの?

 何だか意地悪な自分が楽しくて、ついつい笑ってしまった。
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