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1.はじまりの物語

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「マーガレット、お前が悪いんだ。お前が俺を愛さないから……」

 朦朧とする意識の中、ダリルの声が聞こえる。

 あぁ、また失敗しちゃったな。この感じだと、私が死ぬまであと数分ってところかしら。

 出血多量で立っていられない私を、ダリルが優しく抱きしめる。私を刺したくせして、なんでそんな愛おしそうに触れてくるの?

 そもそもどうして私は今死にかけているんだろう? いつもならまだ死ぬ時じゃないはずじゃないのに。

 それでも刺された痛みすら、もう感じられなくなってきた。視界もだんだん暗くなっていく。きっともうすぐ私の意識も消えるだろう。

「ダリル、どう……して? クーデター……まだ……はずでしょ?」

「マーガレット。まさかお前も……か?」

 息も絶え絶えの私には、驚いたダリルの言葉がうまく聞きとれなかった。




     ☆      ☆      ☆




「お嬢様、大丈夫ですか?」

 突然悲鳴と共に飛び起きた私の顔を心配そうに覗きこんでいるのはアネット、私の侍女だ。そしてここは……うん。間違いなく私の部屋ね。

「ねぇアネット、私は今何歳だったっけ?」

「えっ!?……お嬢様は今年16歳になられましたが……」

 アネットが不審がるのも当然だ。自分の主がいきなり叫び声をあげた上に、自分の年まで分からなくなってるんだから。だけど今はアネットのフォローをしている余裕はない。

「また戻ってきちゃったのね……」

「何かおっしゃいましたか?」

「ううん。何でもないの」

 ただまた時が巻き戻っちゃっただけだから。

 こんな異常な状況をさらっと受け入れられているのは、私、マーガレット アルバルスがこうやって16歳の今日に戻ってくるのはこれで9回目だからだ。しかも巻き戻る寸前に9回とも殺されちゃってるのよね。

 こんなことになったのは、きっと初めて殺された時に未練が残りすぎていたからだろう。その未練というのは、一回くらい誰かとキスしてみたかったっていう事!! 

 だって殺されたのは結婚式の途中、誓いのキスの直前だったんだから。きっと私はキスするまで死ぬたびに巻き戻っちゃう運命なのよ。

 でもおかしいな。前回はなんであんな風に殺されちゃったんだろ?

 これまで9回殺されちゃってるうちの8回は、婚約者であるこの国の王太子、アーサーとの結婚式の最中、クーデターに巻きこまれて死んだのよね。

 なのに前回は結婚式でもなければ、クーデターも起こってなかった。何でもない時にいきなり殺されちゃったんだから訳が分からない。

 さぁ、そろそろ私を刺した奴のお出ましかな?

 毎回こうやって前の人生の反省をしていると、私にとっの最恐人物は現れる。

「お嬢様、ダリル様がいらっしゃいました」

 ほーら、来た。

 私がパジャマ姿のままだろうと平気で寝室に通されるのは、この男が幼い頃から我が家で生活しているからだろう。

「マーガレット、具合が悪いと聞いたんだけど……」

「ごめんなさい。ちょっと怖い夢を見ちゃって」

 私は非常に過保護に育てられているので、少しでも変わったことがあればすぐにこうやって人が飛んでくる。でも珍しい。いつもなら我先に様子を見にくるはずの兄がいない。

「お兄様は一緒じゃないんですか?」

「キースは今日用があるとかで、出かけてるよ」

 へぇ。こんな事初めてね。今までは巻き戻るたびにお兄様とダリルが一緒に部屋に来ていたから。ということはダリルと二人かぁ。さっき自分を殺したばかりの相手に微笑みかけるのって、何回やっても難しい。

「怖い夢かぁ……一体どんな夢を見たんだい?」

 ベッドサイドの椅子に腰掛け、くすっと笑うダリルのカッコいいこと!! 一生本人に伝えるつもりはないけど、ダリルは私の初恋相手だ。幼い頃から優しかったダリルは、アーサーとの結婚が決まった後も、私の憧れだった。

 あーあ。この人、私を殺しさえしなければ最高なのになぁ。ダリルの顔は今でもめちゃくちゃ好みだ。

「マーガレット?」

 いけない!! 見惚れてしまうところだった。この男に9回も殺されているのに、顔を見るたびかっこいいと思ってしまう自分の愚かさが憎い。

「えーっと、何の夢だったか忘れちゃいました」

 あなたに殺される夢です、なんて言えるわけないもんね。こう言っておけば、これ以上追求されないはずなんだけど……今回は様子が違った。

「ねぇ、マリー……」
 ひどく冷ややかなダリルの声にゾクっとする。

 何でその呼び方を知ってるの!?

 驚いた私を見て、ダリルはひどく満足そうに笑った。

 マリー……私の事をそう呼ぶのは一人だけ。婚約者のアーサーだけだ。だけどまだこの人生ではアーサーに会ったことはないし、婚約もしていない。だから私がマリーと呼ばれてることをダリルが知ってるはずはない。

 アネットが見ていない事を確認し、ダリルが私の耳元に顔を寄せた。

「ねぇマリー、自分を殺した男と二人でいるのって、どんな気分?」

 どうして……?

「あら、お嬢様? 顔色がすぐれませんが、気分は悪くないですか?」

 そりゃ顔色も悪くなるわよ。なんなら恐怖で吐いちゃいそうなくらいよ。

 でもダリルがあやしいほどににっこり笑っているので、「大丈夫よ」としか返せない。

 なんかダリルが軽く首を傾げてこっちを見てる。これってきっと、「俺の言いたいこと、分かるだろ?」って言ってるんだろうな。

 分かりたくないけど、ダリルの言いたい事は分かっている。アネットを追い出して二人で話したいって事だろう。

 あぁ、ヤダヤダ。でも確かに二人で話さなきゃいけないし……

「あの……アネット……わ、私ダリルにちょっと相談したい事があるの。えーっと、そう、お兄様のことで。だからしばらくダリルと二人にしてもらえないかしら?」

 ちょっとどもっちゃったけど、アネットは全く怪しむ様子もなくすんなりと部屋を出て行った。

 ううっ。とうとう本当にダリルと二人っきり……
 ビクビクする私とは対照的に、ダリルは非常に嬉しそうだ。

「やっと二人きりになれたね」
 そう言うと、私の長い髪を手にとった。そのまま手にした髪の毛にキスをする。

 うそー!! ダリルが私にこんな事するのって、初めてじゃない?

 恐怖なのかトキメキなのか分からないけど、心臓がバクバクして胸が苦しい。

「あ、あのダリル? さっきの話なんだけど……」

「何だ? 俺がお前を殺した話か?」

 やっぱり私の聞き間違いとかじゃないのよね? ってことは……

「ダリルも時が戻ってるって事?」

「ああ。9回戻ってきたから、これで10回目の人生だな」

 えー、10回目!? 一緒じゃーん!!
 って、一緒だからって、イェーイってことにはならない。

「ねぇ、それって私を殺すたびに巻き戻ってるってこと?」

「そうだな。毎回お前が死んだ瞬間に今日に戻るな」

 悪びれもせずにさらっと言うのが腹立たしい。殺した相手が目の前にいるんだから、少しは気まずいとか思わないのかしら?

 でもダリルも巻き戻ってるって聞いて、納得する部分もあるのよね。

 ダリルがクーデターを起こすのは、騎士団長の地位についてからだ。これがまたなぜか毎回、騎士団史上最年少という若さで騎士団長の地位についているのよね。

 私が巻き戻るたびに団長に就任する年が若くなってるから不思議だったんだけど、ダリルも巻き戻るたびに知識を得ていたからなんだろうな。
 
「前回はクーデターを起こすのも面倒だからと思ってさっさと殺してみたが、正解だったな」
 
「正解だったって……」

「だってそうだろ? 早く殺したおかげでお前も俺と同じように巻き戻りの記憶があると分かったんだから」

 言ってる事は正しいのかもしれないけど、なんかモヤモヤしちゃ……えぇ!?

「ダ、ダリル!?」

 いきなりダリルが私の事を抱きしめたもんだから、声が裏返ってしまった。ダリルから抱きしめられるなんて、殺されるより信じられない出来事だ。

「マーガレット……お前は俺のもんだ」
 
「ちょ、ちょっと待って!!」
 全力でダリルを押し、腕から抜け出した。

「ダリルは私の事嫌いなんじゃなかったの?」

「何言ってんだよ。愛してるに決まってるだろ」
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