【完結】転生令嬢は推しキャラのために…!!

森ノ宮 明

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領地開拓編

25.推しキャラは暗躍する 前編

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 レオネルが執務室に入ると、書類を片付けているグレニアンと、アレンダークが居た。
 数か月前までは新しい近衛隊の身元調査が終わっていなかったため、レオネルの休みも極限まで減らされていたが、ようやく週に一回は休みが貰えるようになってきた。
 元王弟派の残党や、他国の間者が紛れ込む可能性はまだ残っているため、レオネルが居ない間はグレニアンが行ける場所は限られてしまうが、グレニアンは現状をよく理解し、無闇な行動は控えてくれている。

「キャンベル商会からか?」
「ああ、どうやら上手く逃がせたらしい」

 レオネルは週に一回の休みに城下に降り、剣を砥いで貰うついでにキャンベル商会に行ってポンプの定期検査の話を聞きに行っていた。
 既に他国にまで注目され始めているポンプだ。道具の管理の方法や設計図など、それらの内容を知っている商会の職人達は現在、国の護衛対象になっている。
 もちろん、セルディもその一人だ。

「それはよかった。しかし、カザンサ侯爵は本当に鼻がいいな」
「まさか金の卵を産んでいるのが、デビュタント前の少女だとは思ってもいないだろうがな」
「私も未だに信じられませんよ」

 レオネルが肩を竦めて言うと、半年の間に大分打ち解ける事が出来た宰相のアレンダークが、グレニアンのサイン入りの書類を確認しながら口端を上げた。

「だろうな。レオネルから話を聞いた時は、私も到底信じられなかった」

 グレニアンは感慨深そうに話す。
 レオネルも、その時の事を思い出した。

*****

「は?」

 相も変わらず執務室で書類を裁いていたグレニアンに、レオネルはフォード領で見聞きした事をすべて話した。実家に帰った時に見た手紙の中身も。私信の部分も除かずにすべて。
 レオネルが伝えた話だけでも驚いていたグレニアンだったが、手紙の中身を見せると表情を取り繕う事も出来ずに口を開けた。
 レオネルはやっぱりそんな顔になるよな。と内心で頷く。

「これを、成人前の少女が考えたっていうのか?」
「そうだ」
「……本当に?」
「嘘を言っても得になることは一つもない」

 むしろ手間が増える。
 レオネルの言わなかった言葉を察したのだろう。グレニアンは書類が置かれている事を気にせずに机に突っ伏した。

「……どうする」
「どうするもこうするも……。これは秘匿にしなければならないだろう……」

 それは当たり前だ。
 こんな情報を公開してしまえば、セルディだけではなく、フォード家までもが狡猾な貴族連中に貪り食われてしまうだろう。骨も残らないかもしれない。
 グレニアンは突っ伏していた頭を上げると、溜め息を吐くように言った。

「早急に婚約者を作るべき……だろうな」

 唸るように言ったその言葉には返答出来なかった。
 なんとなく鉛を飲み込んだような気分になり、レオネルは眉間に皺を寄せる。
 そんな自分を誤魔化すように、レオネルは言い繕った。

「高位貴族なら十二で婚約者が居てもおかしい事はないが、子爵家だぞ。未だ政変のせいで婚約者不在の令嬢が多い中、子爵家の婚約を手伝った事がバレたら、面倒な事にならないか?」
「それもそうか……」

 そうだ。だから、セルディに婚約者なんてまだ早い。
 レオネルは自分に言い聞かせる。

「お前の婚約者にするのは……」
「今は無理だ」
「はぁ……、そうだったな」

 グレニアンは大きく息を吐いた。
 レオネルもその方法を考えなかった訳じゃない。
 婚約だ。婚姻じゃない。
 レオネルは高位貴族で、政略結婚が当たり前の世界で生きてきた。結婚に夢は見ていないし、相手に本当に好きな相手が出来たら破棄してもいいと思っている。
 けれど、出来ない。

 何故なら爵位の差がありすぎるから。
 貴族が減っている今、平民と結婚する貴族も居るには居る。が、そうしているのは伯爵位以下の貴族だけだ。
 高位の貴族は横と縦の繋がりを重視するため、たとえ大きな年齢差があっても家のために貴族と結婚をしなければならない場合の方が多い。
 レオネルが婚約しないのは、グレニアンの安全を一番に考えたいという気持ちもあるが、ダムド公爵家に居る兄が未だ婚約をしていないから、というのもある。

 兄には幼い頃から約束されていた婚約者が居た。
 美人という訳ではないが、笑顔の可愛いおっとりした人だった。
 しかし、父親が政変時に王太子派だったため、一族は粛清されてしまった。兄の婚約者も、悲惨な姿にされたと聞く。

 それから兄は、未だ戦線が混乱しているという理由で結婚を先延ばしにしているのだ。
 まだ前の婚約者の事が忘れられないのだろう。
 レオネルとしても、そんな兄を無理に結婚させるつもりはないが、困った事が一つ。
 レオネルの子供が公爵になれるかもしれないと考えた他の貴族が、自分の血族の娘を婚約者を付けようとしてくる事だ。レオネルにとって迷惑この上ない事だった。

 レオネルは近衛隊長という国王陛下に一番近い場所にいるため、信頼のおける家からしか嫁を取る事は出来ないと決まっているというのに、そのことを考えもせずに擦り寄ってくる家が多すぎる。

 そのため、兄が結婚してくれない事にはレオネルは結婚出来ない状況になってしまっていた。
 今将来の伴侶を探すのはリスクが高すぎる。下手に婚約者を迎えてしまえば、その婚約者の身に危険が及ぶ可能性もあるからだ。

「……でも何か対策はしてきたのだろう?」

 グレニアンの確信しているような問いかけに、レオネルは一度口を噤み、それでも聞くまでは諦めそうにないグレニアンの様子に、しぶしぶ口を開いた。

「……髪飾りを渡す約束はした」
「なるほど。それは考えたな。婚約者ではなく、婚約者候補にするのか。確かに候補者ならばわざわざ名前を明かす必要はないからな」

 婚約するつもりはあったのだな。と頷いているグレニアンの顔は、ひどくにやけている。
 レオネルは拳を握りしめた。

「セルディ嬢に好きな相手が出来れば、俺の出る幕はないがな」
「ふん。彼女はお前に求められたら断らないだろう」
「なんでだ」
「……レオネル様のお役に少しでも立てれば幸せです」

 セルディの手紙の最後の一文だ。

「こんな言葉を好きでもない男に言うものか」
「相手はまだ子供だぞ」
「子供でも女だ」
「……あと数年もしたら俺のような不作法な男の事なんて忘れて、別の奴を好きになるだろうよ」

 レオネルの吐き捨てるような言葉に、グレニアンは顔を顰めた。

「それは、恋人だった女の事を言ってるのか?」

 レオネルは口を噤む。もうこの話はしたくなかった。

「はぁ……。とりあえず、セルディ嬢の事だな。もしもの時の対策はいいとして、今後どうするか……」

 レオネルとグレニアンは、手紙に書かれたたくさんのメモ書きを見て、憂鬱になった。
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