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領地開拓編

23.手紙を待ちます

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 早いもので、レオネルが領地に来てくれた日からもう半年。
 セルディは寒くなってきたために厚手の茶色の上着を着て、家の窓からぼんやりと外を眺めていた。

 この半年で変わった事は色々とある。
 まず、ポンプは国が主体で動いて王都のあちこちに設置された。
 水の魔石がなくても水が汲めるという事で一時期水場の取り合いをする揉め事も起きてしまったらしいが、警備隊が巡回を密にし、順番を守る事、水は手持ちのバケツ二杯分までとする事を周知させる事で落ち着いたらしい。

 ポンプに関して伯父は、そこまで儲けは大きくないけれど、安定する収入を得られるのは悪くない。何より王族との伝手が出来た事が大きな成果だと言っていた。

 そんな王族にまで伝手が出来たキャンベル商会で、今一番売れているのはレオネルも認めてくれたシャンプーである。
 精油のついでに出来るフローラルウォーターで化粧水も作ってみたりして、ついでに圧搾法を使ってオレンジ等の香りづけの方法も提案してみたら、これがまた大盛況らしい。

 香りはすぐ消えてしまうし、量も多く作れないので、そっちは王都の支店で直接作ってもらって、王都限定で売るという方法を取っている。
 ついでに消費期限を蓋の上などに記載するようにしてもらったら、クレームが減り、とても助かったと感謝もされた。

 セルディは知らなかったのだが、キャンベル商会が儲かると、その分の税金が領地に入るので、フォード子爵領はじわじわと収入を増やしていて、父と母は密かに喜んでいた。
 そんな訳で、じわじわと没落の危機から遠ざかっている我が領地には、出稼ぎに行っていた領民が帰ってきてキャンベル商会に入ったりもしている。

 そんな人員の補充は、フォード家でも行われた。

「お嬢様。今日のご予定はどう致しますか?」

 部屋の中でそう問いかけてきた、こげ茶色の髪に青い目をした若い女性は新しく我が家の召使になったチエリー。
 元々は別の貴族の屋敷で働いていたのだが、領地の収入が増えた事もあって、母も父の手伝いをするようになり、家の方に手が回らなくなったため父の伝手で雇われた人だ。
 セルディの家庭教師も兼ねている。

「うーん……。出かけるのは寒いわよねぇ……」
「刺繍に致しますか?」
「ししゅう……」

 セルディは眉を寄せた。
 先日教えてもらいながら作った菫の刺繍は、それは酷いものだったからだ。

「それともマナーのお勉強に致しますか?」
「おべんきょう……」

 この国には学院という勉強する場所があるが、そこは男しか入る事が出来ない。貴族の女性は基本的に家で勉強し、その後お見合いや社交界で男性と出会い、婚約してから結婚するのが常である。
 セルディは家が貧乏で遠くない内に平民になるからと、マナー関係の勉強は放置されていた。今、チエリーの手を借りて、貴族令嬢としての心得などの勉強もしているが、進みは遅い。

(お母様よりは優しいけど、チエリーも厳しいのよね……)

 失敗しても何も言わないが、無言の圧力をかけてくるタイプだ。ちょっと父に似ているかもしれない。

「刺繍もマナーも、慣れでございますよ。お嬢様」
「うぐぅ……」
「イシュタリア語のお勉強にしますか?」
「刺繍にします!!」

 イシュタリア語というのは海を渡った大陸の言葉で、前世の世界で言う英語みたいなものだ。
 前世でも英語は大の苦手だったセルディは即座に刺繍を選んだ。

「かしこまりました。お道具をお持ち致しますので、少々お待ちください」

 チエリーは綺麗なお辞儀をすると、静かに下がった。
 あのレベルに到達するには、あと何年勉強しなければいけないのか。セルディは遠い目をして再度窓の外に目を向ける。

「あ、ジュード!」

 窓の外にある小さな庭を横切った男に、セルディは窓を開けて声をかけた。

「おー、お嬢サマどうした。さぼりか?」

 黒髪短髪に茶色の目をした優しそうな顔立ちの男。
 彼もチエリーと一緒に雇われた男で、この家の護衛だ。
 突然屋敷の人口密度が増えて驚いたが、元々順応性の高いセルディはそんな環境にもすぐ慣れた。

 チエリーは少し取っ付きにくいが父と同じで表情に出にくいだけで優しいのがわかるし、ジュードは思っていたよりも口は悪いし、意地悪な部分もあるが、概ね優しい男だ。
 実はジュードは、キャンベル商会で受付をしているミーシャの息子なのだという。
 王位奪還作戦の時に兵士として当時王太子が指揮をしていた軍に入り、そのまま騎士団に入団していたが、故郷に戻ってきたついでにキャンベル商会を介して雇われたらしい。

「違いますー。今から刺繍をするんですー」
「そうかそうか、次はちゃんと出来るといいな」
「むっ!!」

 この男、前回の紫の何かになってしまったセルディの刺繍を見て大爆笑したのである。
 あの時の屈辱は忘れない。

「ま、まだ慣れてないだけですし! チエリーも慣れれば出来るようになるって言ってたし!」
「つーか花なんて高度なもんからやらずに文字からにしたらどうだ?」

 それは確かに。

「……今日はそうしてみる」
「うんうん、それで好きな男の名前をハンカチに入れてやりな」

 好きな男、と言われてセルディはレオネルの事を思い出した。
 彼の唇の感触も……。

「お? 林檎みてーなほっぺになってんぞ。なんだ、あの手紙の主の事でも思い出したのか?」

 赤くなっているであろう頬をニヤニヤ顔で指摘され、セルディは頬を膨らませた。

「うううううるさいなっ!!」
「はっはっは。じゃあ俺は巡回の途中だから、もう行くぜー」
「むきー!」

 からかうだけからかったら満足したのか、ジュードは玄関の方へと去って行った。このまま町の巡回もするのだろう。

「はぁ……、手紙かぁ……」

 あれから、レオネルとはキャンベル商会経由で手紙のやり取りをするようになった。
 まさかあんなメモ書きの束に返事があるなんて思わず、貰った時はかなり挙動不審になってしまったが、今ではレオネルからの手紙を心待ちにしている。

 手紙は時候の挨拶から始まり、何を、とは書いていないが、セルディが頑張っている事を褒める言葉が並ぶ。
 セルディがした提案の事や、メモ書きについては一切書かれてはいなかったが、最後の方にありがとう。と書いてあっただけで、セルディの心はほっこりと温かくなった。

 それからセルディは、何かの役に立っているといいな、と思いながら、メモとして書き溜めた物を時折レオネルへと送るようになった。

 その手紙が、ここひと月ほど返ってこない。
 伯父から今は何やら王城が慌ただしい様子だと聞かされたから、忙しいのはわかっていた。
 でも寂しいものは寂しい。

(あーあ。手紙は来ないし、硫化水素を除去する方法もまだ思いつかないし。そういえば、敵国に洞窟が見つかるのっていつぐらいなのかな……。早くなんとかしないと……)

 セルディは未だ片付かない問題を思い出し、小さく溜め息を吐くと、窓を閉めた。

「お嬢様!」
「ひぇ!! ごめんなさい!!」
「何を謝っておられるのですか? まさかまた窓から脱走しようなどと……」
「思っていません!」

 慌ただしく入ってきたチエリーの鋭い声に、思わずいつもの癖で謝ってしまったが、どうやら怒られた訳ではなかったらしい。
 冤罪をかけられそうになって慌てて否定したが、前科があるためか、チエリーは疑いの眼差しでこちらを見ている。

「ホントだって! それで、どうしたの?」
「お言葉遣いも……」
「わかった! あ、いや、わかっています! それで、何かあったのですか?」
「……旦那様がお呼びです」
「お父様が?」

 はて、何かしただろうか。
 セルディは首を傾げながら、チエリーと一緒に父の執務室へと移動した。

 ――コンコン

「お嬢様をお連れしました」

 了承の声を聞いてから中に入ると、書類に囲まれた机で、いつもの無表情に拍車のかかった父が座っていた。父の後ろには母も立っている。
 なんだか物々しい雰囲気だ。

「お父様、何かあったのですか?」
「……セルディ、お前には行儀見習いに行ってもらうことになった」
「はい?」

 突然の話に、セルディは訳もわからず目を瞬かせた。
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